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フレ

Author:フレ
物心付いた時からロックが好きでいつぞや何でも聴き漁るようになり、多趣味な生活を過ごしているロックマニア。

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鮎川 誠 - Kool Solo 

 日本でギターヒーローと呼ばれる人ってのは時代時代で存在していたとは思うし、ラウドネスの高崎晃ってのはその世界じゃ多分かなりのギターヒーローなんだと思う。が、やはり一般的に、そしてギターヒーローというかロックンロールのアイコン的にクールにかっこよく現役で存在している人と言えば、鮎川誠さんではないかい?昔何かの雑誌で鮎川さんが紹介されていた時の文章に「国籍不明のギタリスト」って書いてあって、この人って日本人じゃないのか?って思った記憶があるのだが(笑)、まぁ、それくらい色々なモノを吸収して出来上がったギタースタイルってことだったんだよな。れっきとした博多モンの方です。

クール・ソロ (紙ジャケット仕様) CRAZY DIAMONDS

 そんな鮎川さんもシーナ&ロケッツのライブでは何曲かソロで歌ってロケッツというバンド形態になるんだけど、その時の模様をそのまま記録してしまったに等しいアルバム「クール・ソロ」、それでもロケッツ名義じゃないのが不思議だが(笑)、だってバックはロケッツのメンバーだし、バックコーラスはシーナだし、そもそも1981年の野音でのライブをそのまま記録したものなんだから当たり前にライブの抜粋版のハズだが、何故か鮎川さんのソロアルバムとしてしっかりと名盤的に扱われている。聴いてみればわかるんだけど、これは紛れもなく鮎川さんのソロライブなんだよね。そして個人的にはシナロケよりも男臭いこっちの方が好き。

 初っ端からロックンロールで飛ばしまくってて、何か理屈とか分析とかレビューとかどうでも良くなるんだよね、こういうかっこいいの聴くと。三曲目くらいからはもうひとりサンハウスって感じで、柴山さんの声じゃないだけで思い切りサンハウス。それがまたかっこよい歌声だからなぁ、この人。ギター的にどうなの?ってのは別にどっちでも良くって、存在がかっこよい。もちろん60年代末期から博多では名前をとどろかせていたくらい巧いギタリストなので、当然ソツないギターフレーズもビシバシ入ってくる。A面ラストの「アイ・ラブ・ユー」ではカウントからシーナの声も入ってくるのでシナロケにちょこっとだけ戻る気がするが、それでもやっぱ鮎川さんのソロって雰囲気は変わらない。B面はもうさぁ、最初から最後までサンハウスよ、はっきり言って(笑)。「ぶちこわせ」は予想通り「爆弾」です、はい。

 ギタリストの作品っつうよりは鮎川さんのソロアルバムとして普通に成り立ってるので、この人存在自体がロック。何回かあちこちで出逢ったことがある人で、下北とか誰かのライブに行ったらいたとか、レコード屋とか、変な遭遇が合って、その度に背がデカイしかっこよいなぁ〜と。黒のレスポールもいいしね。このジャケットもオトコだよな(笑)。ついでにロケッツのアルバムもCD化してもらいたいもんだ。

子供ばんど - We Love 子供ばんど 


 英国でパンクロックが勃発した1976年、日本でも若干遅れながらも同じシーンがアンダーグラウンドで生まれていた。もちろん英国のそれに触発されたものも多かったが、70年代後半は正にアンダーグラウンドシーンが盛り上がっていた時期だ。しかし、その中でも英国の流れを一切無視するようにバリバリのアメリカンロックでライブハウスを盛り上げていたのが今や落ちぶれた…とは云わないが、うじきつよし率いる子供ばんどだ。

 メジャーになるきっかけはヤマハのイーストウェストと呼ばれるイベントだったが、その前からパワフルさが売りでしっかりとファンを増やしていた。ある意味ではどこか退廃的になっていた日本というシーンを全く別のところから盛り上げていたのではないかという時代性も手伝っているとは思うが(笑)。

 で、気を満たしてメジャーに躍り出たのが1980年。アルバム「WE LOVE 子供ばんど」だったわけ。これがまた、目一杯ロックンロールしているこのアルバムは子供ばんど史上最高傑作のひとつであることは間違いない。ライブで本領発揮するシーンもラストの「踊ろじゃないか」で凄く盛り上げている。ザ・フーに影響された今では日本語版の「サマータイム・ブルース」っつうのは彼等を於いて右に出るモノはない。それくらい直接的且つロックンロール的にカバーしていたものだ。あとさ、A面ラストの「ロックンロール・トゥナイト」はホントに最高のロックンロールだと思うし、ギター的にも結構面白いんだよね。これがロックンロールだ〜って思うくらいのパワーと全ての要素を詰め込んでる曲だし彼等もこの曲には自信を持っていると思う。

 他のアルバム、例えばさ、「ダイナマイト・ライブ」なんかでは正に本領発揮なんだけど、LPでは45分で勿体ないなぁ、って感じだけどカセットテープ盤だと90分のライブ盤で、これがまた凄い。CDで出てないのが残念だけど、ロックンロールって楽しいな、と感じる一枚。他にも根、色々あるけどさ、やっぱ初期のは面白いな。気合いを感じたのは「ROCK&ROLL WILL NEVER DIE!!」の自費出版。う〜ん、このアルバムも良いなぁ…。

カルメン・マキ&OZ - ファースト 


 カルメン・マキさんのウェブサイトをちょくちょく覗く。ライブ情報を確認して見れる日時で見たいなぁという思いが強いのだが、未だにその機会に巡り会えていない。今彼女は色々なプロジェクトで歌っているようで、アコースティックモノだったりゲストものだったりと多様な活動をしている。まだまだ全国行脚も行っているようだし、なかなかタイミングが合わないのだ。しかし近いうちに見に行きたいなぁと思っている。一番観たいし聴きたいのはもちろんカルメン・マキ&オズの頃の歌だ。特にあんなハードロック調でなくても良いが、やっぱり聴いてみたいな。

 そんなことで、70年代ロック…と云うかこの人の場合は60年代末期のフォークからロックに転向して全てを捨て去り、と云うか本能のままに歌ったらそれがロックと呼ばれるジャンルだったという言い方になるのかな。アルバム聴いてるだけでその声量の凄さとか感じてくるし、繊細な心と云うのも歌詞からよく伝わってくる。で、今でもそのままのクセが付いているのか、先ほどのマキさんのウェブサイトを観るとメッセージのとこがあってさ、直筆で色々と書いてある。そのメッセージってのがやっぱ重くてねぇ、さすがロックな姉御の書くセリフだ〜って思う。多分本人は普通に書いているだけで、自然体だろうけど(笑)。いや、全てじゃないけどさ、良い文章多いんだ、ほんと。

 そんなマキさんとの出会いはやっぱりファーストアルバム「カルメン・マキ&OZ」。ジャケットの裏腹さとは異なった「六月の雨」から始まる大掛かりな、っつうのか英国ハードロック的なとも云える展開を持った曲で、やっぱり70年代初頭からシーンに出てき始めた日本のロックの叫びの中でも最も激しくインパクトのあるバンドサウンドとシャウトする歌にノックアウトされるよね。最初っから8分の曲なんだからさ(笑)。続く「朝の風景」は激しい起伏と優しいメロディーが交錯する名曲だね。A面ラストの「Image Song」はある意味この頃のマキオズを代表するような曲調のひとつで、これも10分オーバーの作品。それでいて決してプログレには聞こえない、美しいメロディーとマキさんの心の籠もった歌がしっかりと伝わるパートに導かれて聴かせてくれる作品。最初と最後の繋がりがループしていて心地良いね。B面に入ると「午後のスケッチ」っつうストラトらしいハードロックなリフが引っ張っていく曲でね、いや、なんか時代を感じさせる「連れ込み宿屋の…」とかいいなぁ(笑)。この時代で面白いのはさ、単なるサビみたいなところで言葉を羅列することっってなくて、しっかりとメロディを持ってさびのラインを組み立てているってトコがさ、やっぱ売れ線でもないし、かと云って垂れ流しでもなくってポリシー感じるんだよ。うん、で、2分半の小曲「きのう酒場で見た女」みたいな可愛らしいのもいいなぁ、と。次ぎに続くマキオズ最大の傑作「私は風」の序章曲としては大いに喜ばれるべきラグタイムソング♪ 最後は、「カルメン・マキ & Oz - カルメン・マキ & Oz - 私は風 私は風」。書くことないくらいに凄まじいロックのあらゆる曲調が押し込まれていて更には強烈なエネルギーとパワーと悲しみが込められている名曲。イントロからして展開は読めないし、歌に入ってからもアレンジはもの凄いものがある。それでいてやっぱり歌を聴かせるバンドってことでメロディは滅茶苦茶かっこいいしね…。

 これをね、生で聴いてみたいんだよな。だからやりそうな時にライブに行きたいな、と。多分、もの凄い感動を記憶に溜めていけるんじゃないかと。70年代だけでなく今でも通じる、決して風化しないマキオズのロックはやっぱ凄い。

カルメン・マキ & Oz - カルメン・マキ & Oz カルメン・マキ & Oz
カルメン・マキ & Oz - 閉ざされた町 閉ざされた町
カルメン・マキ & Oz - III III
5X - カルメン・マキ’s 5X カルメン・マキ’s 5X

頭脳警察 - 1 


 これまたクリスマスに聴く音楽でもないし、書く音楽でもないのだが、自分的に行きがかり上しょうがないなぁ〜ってのもあって今のところ書き進めないと気が済まないだけなんだが(笑)。まぁ、いいじゃないか、クリスマスで世間が浮かれているのもありだが、そういう時代は自然に来たのではなく然るべき過程を経てこそできたものなのだという事実に気付いてみるのも面白いでしょ。そんな時代の旗手ともなり、そして「ロック」という定義を大きく疑問視させたパフォーマンスとその音楽が伝説として語られているパンタ率いる頭脳警察

 昔、全く手に入れられないレコードだった。ファーストセカンドもジャケットすら見たことがなかった。しかしバンドの名前は有名でね、よく云われるようにザッパの曲のタイトルから和訳されたバンド名、ってのとジム・モリソン並みに過激なステージパフォーマンス、そしてアルバムは発禁品だったり市場回収品だったりとあり得ないだろう、ってくらいの話だけが伝わってきた。で、どんな音なんだ?ってのが凄く気になってたね。

 で、その音に巡り会えたのはレコードでもCDでもなくって、たまたま何かのイベントのライブを見に行った時にパンタ氏が客演していて、その時に昔々の歌ですってことで頭脳警察の初期ナンバーを一人でアコギで歌ったワケ。それで初めて頭脳警察ってバンドの音を知った。もちろん初期以外だったらレコードもあったんだろうけど、何かそのヘンは聴こうと思わなくてさ、聴くなら初期って決めてたしね。で、聴けたのがその生ライブ。

 そうだな、ロックって色々ある。例えば頭脳警察の場合なら、ギター一本とパーカッションしかないそんなに上手いわけでもないライブ盤が伝説のアルバムになっているワケで、構成的にはやっぱその後に流行してくるフォークの流れでしょ。長渕剛や吉田拓郎だってフォークで相当反戦歌や政治的アジテーションを含んだ歌だってあっただろうに。しかし彼等はフォークシンガーの革命者として讃えられている。しかし頭脳警察は?パーカッションがいたからロックか?いや、関係ないよな〜。で、やっぱりパンタ氏の持つパワーや気合いっつうかエネルギーっつうか直接的なスタイルと云うか、そういうのがロックで、当時の定義からは大きく逸脱するスタイルだったのにどう聴いてもロックだったというワケだ。

 今の時代にこの音が響くかと云えば響かないだろうし、歌詞にしてもそんなに過激なのかと云われても今では既にそういう世の中になっていると思うとそんなに気にすることもないのだろう、だからこそ20世紀に入って全ての音源がリリースされたのだ。が、勘違いしてはいけない、その反発したエネルギーとパワーを生々しくぶつけることがこの時代のロックの、そして今でもそれが本質なのだ、うん。

村八分 - Live 


 世の中クリスマスイブってことで相変わらずのクリスマス商戦と、カップルのデートが盛んな良い時期に、何故にかしらんが、クリスマスなんぞとは全く無縁としか思えない退廃的な70年代初頭の日本のロックを書いている自分…、う〜む、ま、いいや(笑)。しかもよりによってその中でも最もツマハジキな日本の伝説のロックバンド、村八分だ。ある意味で奇跡のバンドとしか思えないのだが、ま、世の中には無頓着っつうことでクリスマスイブに村八分、良い組み合わせじゃないか。

 ライブこそがロックバンドだという至極当たり前のスタンスを貫き通した日本で唯一のメジャーなロックバンドではないだろうか?そう、スタジオ録音盤というものを制作して販売してプロモーションしてツアーやる、という過程ではなく単にライブを繰り広げてその知名度を日本中に知らしめた、そしてロックとはこういうものだという印象をも植え付けたのだ。だからこそ今でも村八分というバンドの名前は何となく知っているけど、実態はよく知らないという輩が多いワケで、そりゃそうだ、名盤とかアルバムとかでのこされてないんだから。

 とは言え、1973年の解散間際に録音された「ライブ」というアルバム、京都大学西部講堂で録音されたもので、今では聴ける他のライブアルバムと比べてみても圧倒的に出来が良く、またボーカルのチャー坊のラリ具合が適度なテンションを維持していたためか素晴らしいロック伝説を生み出す程のライブを収録した一枚がリリースされている。…っつうかそれだけ。ここ何年かでいくつか発掘音源がリリースされたりボックスセットがリリースされたりして、短い活動期間に行われたライブの音源のいくつかが聴けるみたいね。そこまで手を出してはいないけど、やっぱ最初の「ライブ」でしょ。なんてったって富士夫ちゃんのギターの鋭さったらありゃしない。ギターにロックの魂が乗っかってるもん。問答無用、って感じでさ、いいんだよ、こういうので、ロックってのは、みたいなね。

 富士夫ちゃんのバンド、ティアドロップスになってからは当然普通のメジャーシーンと同様の展開になるんだけど、チャー坊はそのままだったみたいで、94年にオーヴァードーズで亡くなっている。時代に取り残された人だったのかもしれないな。サンハウス、村八分、外道、このあたりはやっぱ本気でロックだよ。うん。

外道 - Live 


 1970年代半ば日本のロックが栄え始めていた黎明期には多くのアウトローな連中がひしめいていた。そしてどれもこれも筋金入りのロッカーばかりで一般人には近寄れない譜に気とカリスマ性を持った人間だけがその和の中に入ることを許されていたが、中でも非常に危険な存在であると思われるバンドがいくつか存在しており、その中のひとつに「外道」が君臨していた。そもそもはメインとなる加納秀人が警察官に「この、外道!」と怒鳴られたことから「外道」というバンド名を決定してあちこちに出没してライブを行っていたことがきっかけで、決して彼等はデビューしたいとか売れたいとか一切考えていた訳ではなく全てが偶然の産物だったようだ。

 トリオ編成でライブを行っていた時、既に地元では話題になっていたようで、そこへミッキー・カーティス登場、そのまま8トラックのリールを回したものがファーストアルバム「外道」という屈指の名作ライブアルバムになったワケだな。まぁ、それ以降の奇行というか話題は尽きなくて、オフィシャルHPでも見てもらえば良いのだが、何と言っても今では伝説的な話として1975年1月にハワイで行われたフェスティバルで10万人を集めたライブを行い、世界的に話題になったということだろうか。そこから世界に進出を目論んだようだが進む前に断念という残念な結果がもったいない。彼等の実力を持ってるればまだまだ世界は近かったはず!その75年の後楽園で行われたフェスではベックやニューヨーク・ドールズ達と競演し、話題をさらったようだ。ん?ドールズってここで来日してたんだなぁ…。なるほど。

 と、まぁ、何となくその辺までは漁れるんで良いけど、やっぱね、京都で行われたライブを収録した「拾得ライブ」が一番インパクトあるだろうな。アマゾンにないけど。こないだ再結成した時のライブをたまたまテレビで見たんだけどすげぇかっこよくってさ、伝説的に聞いていたままのスタイルでプレイしていて、もちろん鳥居もあるし着物だし。そして音が、ハードロックなんだけどジミヘンみたいに荒々しい加納氏のプレイ、そしてえらくキャッチーなメロディセンス、当時何処かで聞いたり見たりしたらハマるだろうなぁと思う。その頃に出たベスト盤あたりが入手しやすいし、DVD付きの初回版もまだあるのでオススメだなぁ。

 この頃の日本のロックは実に気合いが入っていたし、世界レベルで張り合えるバンドもあったので今聴いてもやっぱり面白い。短命というのも特徴的なんだけどね(笑)。

Flower Travellin' Band - Satori 


 60年代末期、日本発ながらも真っ向から英国ロックと渡り合い、そしてカナダやアメリカに乗り込んでいった果敢なバンドがいた。元々は内田裕也が参加していたフラワーズと云うバンドが走りとなったものの裕也氏は裏方業に回り、フロントはジョー山中氏をメインとする正に英国然とした重いハードロックを演奏するバンドとして、そして世界進出を目標として作られたバンドがフラワー・トラベリン・バンドである。デビューは1969年、ファーストアルバム「ANYWHERE」でデビュー。これがまた…サバスだのアニマルズだのクリムゾンだののカバー曲で占められていて、その独自の重さというか解釈というか混沌さというか、日本人的な解釈がその後のバンドの足取りを掴むにはうってつけのアルバムで、ジャケットがこれまた良い。ふざけていて素晴らしいと思う。ダブルジャケットだから開くと更に面白く見れるんだけどね。

 で、やっぱりこのバンドの真髄が聴けた日本のロック史に燦然と輝く、そして世界にターゲットを定めて放たれたアルバムが「サトリ」だ。この頃の日本は日本発というバンドの売り方を知っていたと思う。そこかしこに日本風な味付けは出てきているんだけど、決して和風なのではない。仏をあしらったジャケットにしても和風ではない、日本を売っている。音の中身も同じで演歌的な日本的なものではなく、明らかに英国ロックをベースにしたハードロック調且つ日本風の独特のおどろおどろ感みたいなものと間合いをうまく紡ぎ出して音世界を作っているのだ。このセンスはホントに素晴らしいし、今でもやっぱり燦然と輝くレベルのロック。媚びることもなく、出し過ぎることもなく、自然体で真っ向勝負。長く続けば結構いけたんじゃないかなぁと思うけど…、ま、それはそれ。

 この「サトリ」というアルバムだが、全5曲、曲のタイトルは「Satori 1〜5」です。うん。組曲。このアルバムが出たのが1970年。その時代に既にハードロック調で組曲なわけ。日本ね。凄いんだ、これがホントに。でさ、日本人だからなんかこう、余計にその間合いってのがわかっちゃうからツボにハマルんだよ(笑)。シャレにもならないけど、ホントに悟りたくなるもん(笑)。日本のロックなんてさ、って思ってる人も多いと思うし、自分もそうだけど、このバンドは正直に世界のバンドとしてまっとうに通じるレベルだよなぁ、と今でも思う。凄い。

 ストーンズの幻の日本公演、1974年だっけ?この時の前座バンドはこのフラワー・トラベリン・バンドと決まっていたらしい。もしストーンズが来日していたら、このバンドも解散しなかったかもしれない、そう思う。うん、英国の同時期のバンドと一緒に聴いていてこれほど違和感なく聴けるバンドってない。騙されたと思って聴いてみてよ。

Marchosias Vamp - 薔薇が好き 

 
 ギブソンEBシリーズを使ってるってことで思い出した人が一人。我が日本に王道ロックから影響を受け、それをそのまま体現していた凄いベーシストがいたんだな。マルコシアス・ヴァンプってバンドのベース、佐藤研二氏。イカ天の頃に出てきたバンドだから何のかんので既に20年近く前になっちゃうのか? テレビで見たときは狂喜乱舞したもんなぁ。バンドの音も凄く好きだったし姿勢も好きだったし、でもってこのベースの音♪ EBシリーズだからもちろん歪みまくっててね、もうブイブイ云ってるワケさ。しかもこの人両手に手袋はめて弾いているから何だかよくわかんないけどかっこよい(笑)。ボーカルの秋間氏も完全にマーク・ボランに成り切っていて凄い世界だったしさ。でもこの人達が単なるモノマネで終わらなかったのは秋間氏の見事に毒のある歌詞とベースのインパクトじゃないかな、と。

 う〜ん、かと云ってそんなに一生懸命聴いたバンドかと問われるとちと返答に困るくらい聴いたアルバムが限られている(笑)。初期オンリーなんだもん。いや、「薔薇が好き」が好きでねぇ…。歌詞がとにかくいやらしくて良いセンスだなぁ、と。他にもいくつか好きなのあったけど、あんまり覚えてない(笑)。「Fake」とか聴いたな。アルバムだと「乙姫鏡」あたりか。初期のはすごくグラマラスでグルーブ感が好きだね。そのグルーブ感ってのが多分この佐藤研二氏のベースから生まれてくるものなんだよ。

 しかし、アマゾン、見事に何もないな(笑)。イカ天なんてどーでもいいしバカにしてるんだけど、このバンドはイカ天を踏み台に使って上手くメジャーに出てきたな、っていう印象かな。実力派だっただけに今どうしてるのか…、多分今でも9月16日のマーク・ボラン追悼ライブには必ず出てきてるんじゃないだろうか。佐藤氏何してるんだろ?

Yellow Magic Orchestra - Solid State Surviver 


 日本が世界に誇る最もメジャーなバンドと言えばやはりイエロー・マジック・オーケストラ=YMOではないだろうか。まぁ、いまではパフィー・アミユミと言うアメリカのコミックにもなってしまうアメリカでのメジャーさは負けるのかも知れないが(笑)、ヨーロッパからも絶賛される、正に世界中に衝撃を与えたバンドであることに変わりはない。それは多分世界的に類を見ない革新的なサウンドとファッション、完璧に独自のポリシーに従った音に尽きる。類似品としてはよくクラフトワークやディーヴォが挙げられるが、なまじ日本のポップスという側面に対するサウンドの作り込みというのも仕掛けられているためか聴きやすさと云うポイントが高かったんじゃないかな。

 中学生くらいの時にすごくYMOが流行していて、子供だったので何それ?って感じで、音を聴いても全然ピンとこなくて興味もなくて、でも周りのほとんどは聴いていて会話してるんだよ。まだその頃なんて他にもいっぱいロック的なものに出会うことが多いからそんな軽いインストもののBGMよりももっとハードでアクの強い音楽を求めてたんだよね。だからリアルタイムでも結構聴いたんだけど別に好きで聴いてたワケじゃない。そう言う意味では新しいモノに鈍感だったという言い方もできるのか…。ま、でもさすがにアルバム「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」に入っていた「テクノポリス」とか「ライディーン」ってのはあちこちで耳にしたこともあって面白いなぁとは思っていたけどね。その前の「イエロー・マジック・オーケストラ」に入ってた「東風」も良かった。他にもいろいろあるんだろうけど、アルバム的にはやっぱ「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」が一番耳にしたのかなぁ。あ、それよりももっと単純にわかりやすかったのがスネークマンショーだよ(笑)。YMO的には「増殖」の曲間に入っててさ、やっぱこれも友達のところで聴いたりして…、結局スネークマンショーのテープをあちこちで聴いてたような感じ。この頃こういうユーモアがあって面白かったな。「8ビートギャグ」とかさ…。

 …本題に戻ろう(笑)。いや、ま、本題って程でもないからいいんだが(笑)。そういうことでつかず離れずの状態で聴いていたYMOだったけど、「君に、胸キュン。」のポップさと忌野清志朗と坂本龍一の「い・け・な・い ルージュマジック」でのインパクトは相当なものだった。特に後者がなかったらYMOなんて無視してたかもしれない。でもあんだけ変態を見せられるとどんなん?って思うじゃん。全国放送のテレビで男同士のキスなんだもん。メディアを逆手に取るロック的アジテーションが刺激されたんだろうなぁ…。そしたら散開ライブ〜ってなって、アララ、早いなぁ〜って感じ。その時の刺激はドラムだね。シモンズっつうメーカーのエレクトリックドラム…今ならパソコンですぐに出てくる音なんだけど、あの六角形のプラスティックのドラムよ。これがなんか新鮮でねぇ、そういう意味でこの人達は音楽はともかく機材の新鮮さを前に出してきてたね。シンセサイザーによるサウンドも含めてさ。無機的な音の中にどこかユーモアが取り混ぜられたサウンドで世界中を唸らせたテクノの元祖。今やテクノも多岐に渡る展開になってるけど、こういうオーソドックスなものはいつの時代にもまた取り上げられるんだろうなぁ。ヨーロッパ行った時に見知らぬ外人と話してる時にYMOはいいよな、って自然に話が出てくるところが凄いと思った。