Nico - in Tokyo

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Nico - in Tokyo
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 前衛的なアーティストの作品は普通に聴いているとかなり辛いし、どこが良いのだ、と疑問を感じる事も多いので若い頃はアルバムにハマり込むのに苦労した。好きじゃなきゃ、気に入っているのじゃなければわざわざ聴く必要もないのが音楽だが、やはり良いと評されている作品を自分が良い、と感じられないのはどこか異なる、もしくは自分がセンスないかも、と感上げてもいたから理解できるまで聴こうとしていた。結果その後に好きか嫌いかは自ずと答えが出てくるので、まずは理解してみよう、理解する努力をしようと聴いていたが、正しかったかどうかは分からない。そんな事しなくても普通に聴きたい音楽を聴いていれば良いだけなのはそのままだし、そんな作品から何かを得たのかも分からないから。

 Nicoの「in Tokyo」は1986年4月11日に渋谷のライブハウスで行われた唯一の日本ツアーからの音源をアルバム化、さらにビデオ化した貴重中の貴重作だ。しかも他の発掘ライブアルバム系や映像と比べてみてもダントツに出来映えが良く、さすが日本産と唸らされるレベルがこうして残されているのはありがたい。と言いつつもそれはニコに触れてみたい人達にしてみればとの注釈が付くのはいつもの事。この頃のニコは独自のアンビエント系バックサウンドにあの歌声を載せてひたすらにアンダーグランウンドに地下の水道管な歌声を響かせてくるスタイルでライブを行っていたからだ。自身の作品から大抵中盤以降は往年の名曲、知られた楽曲が歌われるので、その雰囲気に圧倒されてしまうが、本作で見られる、聴けるライブ音源はその中後半のムードと言うか空気感が異常に重く荘厳で素晴らしく、これこそがニコの世界と圧倒される姿が見れて聴ける。

 アンビエントなスタイルでのライブだが、一応バンド形式にメンバーは揃えられており、ニコ自身がハーモニウムを操りながら歌うシーンが圧巻だが、無機質なドラムサウンドともうひとりのキーボーディストと更にタブラ兼任奏者と妙なバンド形式で重苦しいライブを繰り広げている、と言うかただただ前衛的な音をひたすら垂れ流してくれる。ところが聴いているとこの世界にハマってしまって、やはりとんでもなく引き込まれてしまうのはサングラスをしながらハーモニウムを鳴らし、単担当重苦しく歌い上げるドアーズの「The End」に尽きる。ジム・モリソンの激しくもパンキッシュなスタイルがオリジナルで圧巻なのはあるが、ニコの「The End」も古くからプレイされているように、もうひとつの凄まじいパフォーマンスと言えよう。オリジナルを超えたとは言わないが明らかに別世界でオリジナル以上の音世界を創り上げているのは確か。それを本作でじっくりと再体現出来るのは何ともありがたくまた貴重な体験だ。



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フレ
Posted byフレ

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