60年代花のサンフランシスコを代表する歌い手と言ったらやっぱりジャニス・ジョプリンに行き着く。フラワー・ムーヴメント、ヒッピー文化、セックス・ドラッグ&ロックンロールの旗手となったあまりにも有名なブルースの女王。その存在を知らしめたのは1968年発表のアルバム「Cheap Thrills」からだが、ここではまだBig Brother & The Holding Companyという名義でのリリースで、彼女の存在をクローズアップしたものではなかった。しかしアルバムを一聴すればわかるように彼女の圧倒的な歌唱力と魂が全てを支配しており、シスコサウンドやドラッグの影響、ヒッピームーブメント的な音というものは特に感じられず、純粋にブルースを追求した、そして新たなるムーブメントに取り組みサウンドが打ち出されていることに言及した記事は多くない。まあギターの音色自体はこの時期のシスコサウンドと同じだけどね。
アルバム「Cheap Thrills」は実況録音編集盤なので冒頭のアナウンスの下りからライブ会場にいるような錯覚を起こしてアルバムを聴けるのが良い。「Combination Of The Two」は冒頭いきなり洗濯板を鳴らす音がリズムを刻み、サム・アンドリューの軽快なギターが切り込み、コーラス部隊から歌が始まり真打ちジャニスの叫びからロックンロール開始、みたいな感じで、かなり特殊なサウンド。ジャニスの歌声だけでなくロックサウンドとしてもかなり革新的な音だった。「I Need A Man To Love」でもサイケデリック調なギターサウンドがオープニングを飾るけど、それよりもベースのリズムがもの凄く心地良い…。曲の盛り上がり方もかなり良質の出来映えで、そこにジャニスとコーラス部隊の掛け合いが入るから見事に出来上がってる。ここでのギターソロの音色も乾き切ったサウンドで、かなりクラプトン的って感じもするけど、なかなか曲にマッチしていて良い。そして真打ち「Summertime」。散々ギターでコピーしたけど、ロック界であまり出てこないスケールで始まるフレーズが心地良く、その流れからジャニスのかすれた声が入ってくるのが最高。ギターのオブリガードもひとつひとつが曲に華を添えていて実に素晴らしい名曲名演名唱。ギターソロも最高だし、聴かないと損する曲だよ、これ。 続く名曲「Piece Of My Heart」も骨格は「Combination...」と同じようなアレンジになってるけど、何と云うのか、曲中を通して凄く暖かい空気が流れていて、ゆとりと云うのか余裕と言うのか、非常に愛が溢れるサウンドと歌い方。多分ジャニスの歌唱力がこの空気感を出しているのだろう。後半のかすれた叫び声のところが心打つポイントか。スタンダードブルースになぞらえた「Turtle Blues」は伝統のアコースティックブルースを実現した曲で、こういう曲がいわゆるシスコサウンドとは大きく異なる面だろう。「Oh, Sweet Mary」は逆にシスコサウンド的側面の強い作品で、かなり独特のサイケ色が出ている。ジャニスにはあまり関係のない曲で、バンドのメンバーが自己主張するために収録してあるかのような印象だ。そして「Ball And Chain」だ。冒頭から強烈なブレイクとエグいギターサウンドがその存在を主張していて、一瞬雰囲気を沈めたところでエモーショナルな歌が入る。その後の曲展開と共にジャニスの歌声が一緒になって感情を表現していく様は見事の一言に尽きる。そして最後の最後でのジャニスだけの歌声によるエンディングは涙無くして聴けない瞬間。
Big Brother & the Holding Companyのアルバム『Cheap Thrills(チープ・スリル)』。1968年発表。
まさに1968年。あの時代にしか鳴らなかった音でしょう。まるで当時の空気を真空パックにしたかのような歌声、演奏。CDの解説を読むと、どうやら擬似ライヴ形式のアルバ...