James Cotton - 100% Cotton

James Cotton - 100% Cotton (1974)
100 Per Cent Cotton

 昔バイト漬けだった頃にそのバイト先で有線を入れててさ、割と自分一人でやってたりした時間も長かったのもあって、途中から有線も好きに流してて…、ホントなら客受けするであろう適当なBGMやポップスとか軽いのを流しておくべきものとして入れていたんだろうけど、自分がそのヘン触れるようになっちゃってからはいつもヘンなのを流してた(笑)。ヘンってもブルース専門チャンネルとかひたすらロック系とか、かと思えばなんかムード曲ばかりとかいわゆる一般的とはちょいと違うのばかりを流しててさ、結構面白い発見もあったりして自分的には楽しんでた。そんな中でのブルースチャンネルって面白くてこんなギター弾く人いるんだ、とかハープでこんだけやっちゃうんだ、とか聴いてて…、ただ、有線って曲名もアーティスト名もなくてひたすら垂れ流しだから何だか分からなくて探すのはほぼ無理なのが残念だったが…。

 James Cottonの1974年リリースの「100% Cotton」というアルバムはそんな有線で流れたのが元で探し当てた作品だった。曲名とか曲調とか単語とかそういうので探してってね、そもそもハープってのが珍しかったから割と探しやすかったのはあるけど。んで、後で色々と調べているとやっぱり名盤扱いされている作品で、ここでもファンキーさが取り上げられていたりして登場したんだが、いわゆるハープなブルースアルバムでブギ中心のアルバムだから如何にもハープブルースってこういうの、っていうのが詰め込まれている感あって代表作になっているんだろうと思う。脳天気にブルースって感じだもん。冷静に聴いていると確かにブルースなんだけど、こんだけブギばっかりでハープばっかり吹いてるのってブルースなのか?って気もするのだが、他に似合うジャンルも見当たらないし、確かにブルースのカテゴライズになるのだろう。

 ギターブルースじゃないから余計に物足りなさ感はあるんだけど、ハープでこんだけやってくれる人もそうそういない。そして見事にR&Bやファンキーな世界とも融合を果たしていて、ご機嫌なブルースが繰り広げられるのも見事。誰がどう聴いても「へぇ〜」ってなブルースになってるもん。吹きまくりもあるしバックの演奏だってしっかりファンキーになってるし…。ただなぁ、このジャケットのセンスの無さもさすがだ、って気がするわ。




Howlin' Wolf - Message To The Young

Howlin' Wolf - Message To The Young (1971)
MESSAGE TO THE YOUNG

 暑い夏を暑くならないように過ごすために爽やかなものを聴いていこうと意識した夏になったのだが、そこからの発見は実に多くのものが得られた気がする。こういう無謀な取り組みをしてみると自分が知らない世界を改めて知ることも出来るし、これまでの知識から更に発見できることもあるし、とどのつまりがロックに戻ってくる時により一層の深みを持って聴けるってことかもしれない。まだそこまで辿り着いてないけど。結局は楽器を演奏して何人かでバンド形態で音楽を奏でるという事になればジャズでもフュージョンでもブルースでもロックでも同じ構図なワケで、似たような楽器編成だし、それぞれが影響を受け合いながら切磋琢磨して更に新しい領域へチャレンジしていくってのは同じなんだし、って考えるとね、どれもこれもクロスオーヴァーしてくるんですね。

 Howlin' Wolfの1971年の問題作「Message To The Young」。前作「The Howlin' Wolf Album」の方が問題作なのだが、このアルバムもその延長で、ブルースメンという枠組みのハウリン・ウルフからしたらホント異色作だし、何でこんなの作ってるんだ?ってくらいな代物だけど、ロックへの接近、ファンキーなアルバム作り、新たな領域へのチャレンジという面からすればこんなのも出来ちゃうんだ、っていう凄さもある。大体があの図太い割れたような声質で普通の音楽が出来るワケないのだが、そこがロックとかブルースの深いところで、難なく受け入れられてしまう懐があるワケだ。だからハウリン・ウルフがあの声で少々違うことをやったって作品として面白いものとして仕上がるってのはある意味当然だったのかもしれない。だからここで聴けるハウリン・ウルフの作品ってのはブルースに根ざしたってのをあまり意識する必要はないかも。もちろんギタープレイやら何やらってのはあのまんまだからブルースなんだけど、そういうリズムの曲が少なく、ロック寄りの作風ばかりだからちょいと違って聞こえてくるって話。

 それにしてもカッコよいアルバムだ。重いロックなんだよ、これもまた。決して軽くなることのないブルースメン達の歌とギターなんだけど、バンドにしてもやっぱり重い音出すし、迫力のある、パワフルなサウンドが出てくるってのはやっぱりライブで鍛えられているからなんだろうか、これぞロック、と言わんばかりの音。かと言って白人が奏でるブルース・ロックとは全く毛色が異なるので、黒人が奏でるロックブルースという代物になるのだろうか、ユニークな作品が出来上がったものだ。やはりもっともっとこういう奥深い作品をじっくりと聴いていくべきですね。







Muddy Waters - After The Rain

Muddy Waters - After The Rain (1971)
アフター・ザ・レイン

 黒人ブルースメン達の実験精神の旺盛さってのは案外豊富だったんだな、とつくづく実感。これまでは求めていたブルースってのもあったからそこから外れているのはちょいと聞き辛い作品と言うか、実験作という位置づけでそこまで真面目に聴いてはいなかったのかもなぁと。スタンダードにロックに影響を与えたブルースってのにじっくりと取り組みたかったからそんな聴き方だったけど、黒人ブルースメンのマンネリを進化させていくために、って考えてた大御所ブルースメン達からすれば様々な実験を繰り返して新たな世界観を模索していくというミュージシャンらしいスタンスがあったのは当然か。

 Muddy Watersの1971年リリース「After The Rain」は前作の思い切り実験作となった「エレクトリック・マッド」からの続編アルバムと言われているが、それもそのハズ、ギタリストにはジャズ畑からのフィル・アップチャーチを迎えて、そしてピート・コージーというマイルス・デイヴィス門下生までも迎えての作品だったワケで、何ともマディ・ウォーターズらしからぬ作風となったアルバムだ。そもそもマディ・ウォーターズらしい、っていう言い方で彼のブルーススタイルを固定しちゃっている自分も問題ではあるんだが、そこからすれば随分と実験的だし、ロック寄りともジャズ・ファンク寄りとも言える作品にしあがっているようだ。一言で言えば重いリズムで作られている作品で、「Rollin' and Tumblin'」なんてZeppelinみたいだもんな…。それに加えてこの強烈なカエルジャケットも凄いインパクト。一体何なんだ、このアルバム?って思わせるのは絶大だもん。

 もっとファンキーでジャジーになのかと思ってたけど、ストレートにロックだった。ブルースプレイそのものやスライドプレイなんかはさすがマディ・ウォーターズだよなぁってのばかりだけど、うまく融合しているし、個性も出ているし、だからと言ってゲスト陣に埋もれるなんてことももちろん無くってひとつの異色作として出来上がっているアルバムだ。もっともっとマディ・ウォーターズって人の作品を一枚づつきちんと時代背景と共に聴いていかないとダメだなぁと知らしめられたアルバムです。その時代周辺で売れていた、影響を与えていた音楽性なんてのも意識してアルバムを聴いていくと如何に模索して作り上げていたか、ってのが分かる。ジャズでもソウルでもブルースでも皆一旗揚げたミュージシャン達は新たな世界を探り当てるのに一生懸命だったんだなと。




Albert Collins - Love Can Be Found Anywhere

Albert Collins - Love Can Be Found Anywhere (1968)
LOVE CAN BE FOUND ANYWHERE, EVEN IN A GUITAR / TRASH TALKIN'

 ブルースメンを聴いていてファンキーだな、これ、なんて思うことはそうそう無かったし、そういう融合が既に起きていたなんて事自体を意識することもなかったなぁ…。ところが数々のブルースメンは当然ながら周囲の黒人仲間達が演っている音楽や演奏ってのをやっぱり意識していた部分はあったみたいで、もちろん白人の小僧達がどうのってなる前の話が多いんだけど、それもうまく吸収して自分たちのポジション上げてったり活用していったりするんだから案外ブルースメン達の世界ってのは刺激を欲していて頑ななスタイルに拘るなんて意識も薄かったのかもしれない、なんて解釈をしている最近。

 Albert CollinsがImperialレーベルに残した2枚のオリジナルアルバムのウチの最初のヤツが1968年にリリースされた「Love Can Be Found Anywhere」だが、レーベルを変わってからの意識なのかレーベルの意向なのか、新たな音楽を取り入れてのスタイルの模索だったのかよくわからんが、要するにアルバート・コリンズってファンキーなブルース野郎だぜ、って言われ方をするようになったきっかけの作品です。自分的にも世間の人気的にもアリゲーター移籍してからのカッチョ良いテレキャス弾きまくりのテキサスブルース野郎なイメージの方が印象深いんだが、そこでもサックス奏者は大抵一緒にいたりしたのはこのヘンからの流れだろう。どういうスタイルだったかってぇと見事なまでにJames Brownの影響下にあるかのようなファンクスタイルを持ち込んでいる。冒頭の曲なんて一体何だこれ?ってくらいにファンク。掛け声からホーンまで全部そんな感じ。

 ただしどの曲もそういう要素が大きい中で、アルバート・コリンズ自身のギタースタイルは圧倒的存在感を放っているからJBの楽曲の中で超ブルースギターが炸裂しているかのような曲まである。これはこれで世界初の試みでもあるアルバムだったんだよなぁと感心する。当時誰も相手にしなかったのでそういう言われ方したことないだろうけど、ある種黒人音楽の融合体を作り上げていった革命者の一人でもあったんだよ。オルガンが入ったりもしてるしさ、むちゃくちゃプログレッシブな作品で、もっともっと評価されて然るべき作品だろう。ただ、ブルースギターの強烈さがそれを全て打ち消してしまっているってのはあるけどね。








Freddie King - Is a Blues Master

Freddie King - Is a Blues Master (1969)
フレディ・キング・イズ・ア・ブルース・マスター

 今まで自分的にブルースってのは好きだったからアレコレと聴いたり知識を得たりしていたけど、反面R&Bやソウルあたりなんてのは無頓着だったから人の名前も対して知らなかったし、だからブルースメン達がその手の連中と一緒にプレイしてたりアルバム作ったりしてたってのもあんまりピンと来てなくって、そういうのあったんだ、って程度にしか認識してなかった。聴きたかったのはブルースメン達のギターの音だったりフレーズだったから他のがどうのってあんまり気にしてなかったんだよね。つまり音楽的に聴いていたってんじゃなかったってことだ。ミュージシャンに対しては失礼ではあるんだが、ブルースってのはロックやるための肥やしでもあって、それをどんだけ身に付けてロックやるかって思ってたからある種お勉強の範囲でもあったからかな。そういう認識自体がオカシイんだろうが…(笑)。

 Freddie Kingの1969年リリースの「Is a Blues Master」はアトランティック傘下のコティリオンと言うレーベルからリリースされた、如何にも万人受けさせるぜ、って意図もあったかのようなタイトルが堂々としていて素晴らしいとすら思えるが、その背後には先日もブログ上で登場したキング・カーティスが若きフレディ・キングを気に入ってアトランティックへ引っ張って来て、なんと本人がプロデュースしてしまったのだな。そこに仲間のアラン・トゥーサンやらドニー・ハサウェイやらを引き込んでこのヘンを作り上げていくのに協力していったってんだから面白い。だからサックスとか楽曲とか物凄くメリハリ効いてて、単にフレディ・キングのいつもの弾きまくるだけのアルバムにはなってなくて、きちんとホーンにしても何にしれも楽曲の出来映えレベルが割と高く出来上がっている気がする。いや、多分そうだ。

 面白いなぁってのはだからと言ってキング・カーティスの凄さが前に出ているワケでもなく、やっぱりフレディ・キングの凄さが圧倒的なんだよね。サックスとか歌とかになるとそりゃ出てくるけど、それでももちろんゲスト的なモンで、やっぱりフレディ・キングは凄い。ブルースメンってのはやっぱり強いんだよ、どんな世界でも、っても自分のソロアルバムだから当たり前か(笑)。自分的にはシェルター時代のフレディ・キングのインパクトが強いからアレだけど、この時代のもやっぱりフレディ・キングはそのままだった。そこにファンクジャズ野郎達も絡んでいたという…、興味をきちんと持っていればもっともっと早くにああいう名盤達を聴いていたのにな。








Albert King - Truckload of Lovin'

Albert King - Truckload of Lovin' (1976)
Truckload of Lovin'

 もしかして…ってちょこっとブルース系統とフュージョンとの融合なんてのを探してみたんだが、やっぱりB.B.Kingだけじゃなくってそういう事をやってみようって思うミュージシャンってのはいるもんなんだな。本人がそう思ったのか売る側がそう焚き付けていったのかはよく分からないけど、そういう作品が残されているってのはやっぱり貴重なソースでもあり資料でもある。時代の波に迎合してうまく世の中を渡っていくのも仕事だぞ、ってな感じが大きくするんで、安直に喜ばしい作品というワケでもなさそうだけど…。

 我らがAlbert Kingが1976年にリリースした「Truckload of Lovin'」だ。ただ、このリリースの背景ってなると、実はアルバート・キングも所属していたStaxレーベルがその前年くらいに倒産してしまったんだな。まぁ、一時代を築き上げたスタックス時代の終焉というのも大きな歴史の流れではあるのだが、それが故、アルバート・キングも仕事にあぶれ始めたのかどうかは知らない。ただ、そこでユートピアっていうマイナーなレーベルへと移籍した時の第一作目のアルバムがこの「Truckload of Lovin'」なのだな。んで、この頃持て囃されていたのがフュージョンの面々で、じゃ、一緒にやっちゃえよ、ってな事なのか、このアルバムでもクルセイダーズの面々を始めとしたその手のメンツがアレコレと参加してのアルバム。しかもB.B.kingのよりも早くに着手しているから、まだそこまでの融合感はなくって、アルバート・キングの作品に参加している、という次元ではあるか。それが救いでもあって、聴いている側としてはどうなるのか気が気でならない状態だったんだが…。まぁ、何曲かそりゃ無いだろってアレンジもあるんで、よくそんなんで弾いてるな、って考えちゃうけどさ(笑)。

 そんな融合もありつつも、やっぱりここでもアルバート・キングの個性が引き立ちまくってて、バックがどんな状況であろうともあの独特のギタープレイは思い切り前に出てくる。ブルースは強い。そりゃもうね、こういうのと一緒にやってても全然ビクともしないでバンドを単なるバックの音としちゃうくらいのインパクトを持ってるんだよ。やっぱりスゲェよなぁ…とつくづく思う。そんな時代の作品だからか、未だまともにCD化されてないしSpotifyにも出てこない。そういうのもあるんだよね。だからこそコレクターってのは面白かったんだが…。これがまた聴き応えのあるアルバムとギターってのが最高。アルバート・キングもこういうのと組ませられた以上は圧倒的に勝ってやるぜ、って意気込みがあったのか、かなり気合の入ったプレイを聞かせてくれる裏名盤かもしれない。

B.B.King - Take It Home

B.B.King - Take It Home (1979)
テイク・イット・ホーム

 黒人音楽の主なものってジャズからソウル、R&Bあたりとブルースってのがあるんだよね。んで、ジャズやソウル、R&Bはファンクなんかと融合したりしてって、スライなんかだと白人のロックとも融合を果たしていったりしてどんどんとその世界でも進化し続けていったのだが、ブルースってのは頑なにブルースの世界が今でも繰り広げられている。ロックとの癒合はあるけど、それでも他との融合はあまり多くはない。ソウルやファンクとの融合はあるけど、そんなに強烈にはならない、ってのはやっぱりブルース自体がシンプルで音楽と言うよりも人に依存する方が大きいからかもしれない。だから今でも結局あのスタイルのまま脈々と続いているんだろうな。

 1979年のB.B.Kingの「Take It Home」というアルバムはそんなクロスオーヴァーな時代のアルバムで、なんとB.B.Kingがクロスオーヴァーなバンド、クルセイダーズをバックに従えてのB.B.King作品としてリリースした異色なアルバム。ここでブルースとフュージョン…ジャズとの融合を果たしているのだが、これがまた…、B.B.Kingが強烈な個性だからかなるほどこうなるんだ、という感触を得られた事くらいはあるが、どうにも肯定的な目線ではなかなか見られない。自分的にこのアルバムってジャケットが最高でね、それで昔手に入れて聴いてたんだけど、全然受け付けなかった(笑)。求めてたB.B.Kingのブルースじゃなかったし、妙に軽やかでフュージョンみたいなところにブルースギターが入っている程度という認識で、何回も聴かなかったアルバムのひとつ。それでもこのアルバムジャケットの夢ってのは良いなぁって思ってて、その意味では相当好きなジャケット。見れば分かるけど、少年がルシールってギターにへばりついて見てるワケよ。もうこれ絶対ほしい、って感じで。んでB.B.Kingの影が見えててさ…、それでね、裏ジャケですよ。ここじゃ見せられないけどどっかで探して見てみると言いたいこと分かるかも。まぁ、そんな少年がだな、意気揚々とルシールを背中に担いで家に帰っていく様子が描かれているんですよ。うん、夢があっていいなぁ…って。

 そんな感慨深さがあったんで今回の流れで久々にチャレンジしてみました。クルセイダーズってのも分かったし。そうするとさ、アルバムの曲によっては明らかにフュージョンなトコにB.B.Kingが入っているのもあれば(多分クルセイダーズの曲?)、もう完全にB.B.Kingの世界そのままをゴージャスにしている、ってのもあってやっぱり良く出来てるな、と。試しに融合してやってみたけど、出来る部分は出来る、ただ思ったほどの化学反応は起きなかったのかもね、っていう感じか。






Anna Maria Jopek & Pat Metheny - Upojenie

Anna Maria Jopek & Pat Metheny - Upojenie (2002)
Upojenie

 車でアチコチ出かける時ってのは当然何かしら音楽を流しているのだが、これが結構季節ごとに気分ごとに選ばれる代物になってて、間違っても車の中で流すべき音楽ではないってのがある。この辺を意識するまでは車の中で結構妙なのも聴いてたりしたんだけど、アルバム一枚聴くのと走る距離や気分を考えてみると、やっぱりヘンなのはダメだ、となる。んで今の夏の時期なんからは明らかにNGなのが多数あったりして、それこそブログで書かれているようなのを爽やかに聴きながら、なんて思うんだけどこれがまた案外似合わなくて(笑)。軽やかながいのないフュージョンみたいなのは別に良いんだけど、ちょっとヒネったりしたのが好きだからそういうのを聴くとやっぱり合わない。そもそもジャズ系ってのは合わないんで、はて困った…みたいになる。ファンキーなのも結構しんどくて、じゃ、何が一体?みたいにはなるのだな…。

 ブログ仲間のphotofloydさんからご紹介頂いていたAnna Maria Jopek & Pat Methenyの2002年のアルバム「Upojenie」だ。photofloydさんは女性歌モノが大好きでして、そりゃもうアルバムジャケットから歌までひとつの芸術作品として探求なさっているので、そりゃオススメされれば当然気になるワケですよ。そうでなくても日夜チェックして気になるものは山のようにあるのに…。で、このアルバム、元々はヨペックの方がパット・メセニーの楽曲にポーランド語で歌を乗せてアルバムにするんで、というコンセプトだったようで、二言返事で快諾のパット・メセニーも大したモンだが、ヨペックの心意気も立派なものだ。自国ポーランドではそれなりに絶大な人気を築いていたヨペックではあるらしいが、それがパット・メセニーにも通じたのかどうか‥、それよりも名刺代わりのアルバムなり歌声なり写真なりに興味を覚えたんだろうとは思う。

 掛け値なしにヨペックのアルバム。パット・メセニーは脇役、と言うか話題性のために存在している、とは言い過ぎだが、それくらい地味になってる。いや、地味じゃなくてそれこそパット・メセニーと言わんばかりのプレイはアチコチで聴けるんだけど、それよりも圧倒的にヨペックの雰囲気がアルバムを彩っていて、ジャケットの切なさそのままに可憐な歌声が響いてくる。ジャズボーカル作品、と言うには無国籍すぎるか、かと言ってポーランドってんでもない雰囲気は何故だろう?そこまでポーランドに詳しくないけど、自分的な意識ではもっと硬質で切羽詰まり感あるテンションがポーランド、って思ってるからかな。ある種そういう側面はあるんだけど…、いや、美しい。夜のドライブには最適なサウンドだったりします。ひとりで悶ながら聴いているととっても素敵です。

 女性ジャズボーカルの世界も深いからなぁ…、違いをきちんと文章で書ける自信がないからいつもつまみ食いして次に移っていくという聴き方ばかりしている。それでもヨペックの場合は唯一無二な透明感と無国籍感が特徴的で、これからもいくつかつまみ食いしていく人になりそうですね。




James Brown - Hell

James Brown - Hell (1974)
Hell

 著名なミュージシャンであればあるほどに自分が築き上げてきたこれまでの音楽的軌跡とスタンスってのを変化させていくってのが難しくなる、というかその勇気ってかなりなモノになるんじゃないだろうか、ってのは素人考えでもあるか。何しても売れる、自分の音楽には自信がある、みたいなトコロまで行けばどんな実験でもガンガンやっていけちゃうのだろうが、そこは商業主義との絡みも出てくるのでどんだけそういう戦いが出来るかにもかかってくる部分は大きいだろう。もっとも売る側もマンネリなモノ出してても売れないから変化や実験、チャレンジみたいなものは必要になるのだろうが、その振れ幅の妥協ラインがどこに出てくるかってな話になるのだろう。世の中で問題作と言われる作品はその振れ幅が想定よりも大きすぎた場合に言われるものなのかもな。

 ファンクの帝王James Brownにも問題作と呼ばれるアルバムがあったんだな。1974年全盛期にリリースされた「Hell」というアルバム。これまでのジェームズ・ブラウンを聴いた事あればなんじゃこりゃ?になるんだろうなぁという問題作の意味で、決して宇宙に飛び出していってしまったアルバムというワケではない。ただ、JB自身が作り上げてきた世界観を拡張させた、と言うのか思い切り別の方向性に舵を切ったと言うのか、ものすごい発展感を感じる作品なので確かに問題作と言われるレベルだろう。先のマイルスのアレほどの衝撃ではないが…。それでもJBがラテンをこれだけプッシュして取り入れてファンクやジャズなんかもまぜこぜにして一時間以上の二枚組のアルバムとしてリリースしているってのは驚異だ。

 凄いなぁってのはどこまで行ってもJBはJBでしかないってことか。バックの演奏や音楽スタイルはとんでもなくぶっ飛んでるんだけど、JBが歌って掛け声入れればそれはもうJBの世界にとどまってしまうレベルの存在感。更にメイシオ・パーカーなんかも含めてジャズ畑のミュージシャンも交えての一大セッションにもなってて気合の作品とも言えるアルバムに仕上げていて、曲間が全て銅鑼で繋がれているのが何かショウっぽくて面白い。全編聴いてて思うのは、やっぱり凄い人だ、ってのとプリンスはこのへんのJBをモチーフにしていたのか、っていう新たな気付きだった。いやはや、暑苦しいアルバムだが気合の一枚。






Miles Davis - On The Corner

Miles Davis - On The Corner (1972)
ON THE CORNER

 夏の夜にとんでもないブツを聴いてると絶対自分、アタマおかしいわ、って思う瞬間がある。それでもまともに白熱して文章にできるレベルのものなら、そしてここで紹介しきれるものならまだ良いのだが、今までブログ書いててここまで何をどう書いたら良いんだろ?って思ったのは初めてかもしれない。書ける言葉が見当たらなくってさ、何か困ったな…思いながらず〜っとこのアルバム聴いている次第。何かね、圧倒されっぱなしなんです。

 Miles Davisの1972年リリースの超問題作「On The Corner」。知っている方は知っているんだろうけど、マイルス・デイヴィス史上最も無視されているアルバム、とでも言うべきか、元々ジャズ界のマイルス・デイヴィスとして知られている人で、そのマイルス・デイヴィスを知っている人達からしたらこのアルバムは一体何なんだ?って頭の中真っ白になって無視するのが一番、って回答になった作品なのだ。いわゆるマイルス・デイヴィスがファンクに出会ったおかげでやってみたらこうなった、ってアルバムなんだけど、当然そんなイージーになるハズもなく、根底から全てがぶっ壊されてる。ファンクというのもソウルってのも、もちろんジャズやマイルス・デイヴィスってのもぶっ壊されてる。このブログを何回か覗きに来ている人でコレ聴いたことなければ、ちょっと聴いてみて。プログレの世界観でもかなり左に寄ってる世界だろうし、それよりも凄いだろうし、ロックの世界での問題作とは次元が違う。なんせシラフで超多数のプロミュージシャン使ってやってるんだから。

 冒頭の曲でのジョン・マクラフリンのギターが凄まじい。もちろんマイルス・デイヴィスのペットもワウ掛かってて何か凄まじい。ビートやベースはミニマルで繰り返し繰り返し…、それだけならロック的に分かるんだけど、ここに収められている何とも言えない研ぎ澄まされた熱気と言うのか、緊張感の高さとか爆発しそうな空気というか、その怖さが全編に漲ってて、これまで世界に無かったものを出しているっていうプレイヤー達の気迫、マイルス・デイヴィスの音楽家、コンポーザーとしての力量発揮、既にペッターとしてではなくシーンに投げ込んだ爆弾を作り出す姿、そういうのが全部出てきてて、ひたすらに聴きまくれる問題作。天才が作る恐るべし音楽、ジャンルを超越した圧倒的な作品はもっと早く出会いたかった。10代でコレ聴いてたら…、理解できなかっただろうし、怖かっただろうけど、凄いトラウマ残って印象深かっただろうな。出会えて良かったぶっ飛びの作品。




Herbie Hancock - Headhunters

Herbie Hancock - Headhunters (1973)
Headhunters

 ジャズの世界からすると電子楽器を取り入れたジャズというのは大きな変革で、認められる認められないという議論が今でもあるようだ。そういう自分だってジャズって言えばそりゃ昔のあの電子楽器なんぞない世界のジャズのことでしょ、って思ってるし、そこに女性ボーカルありってのは認めるけど他のボーカルはあり得ないし、エレキギターでもソリッドギターだったら違うだろ、って思う。まぁ、リスナーの偏見なんてそんなもんだ。こういうのはジャズに限らずロックでもブルースでもソウルでも何でもそういうもんだろうと思う。だからと言って進化を取り入れたサウンドがダメかというとそんなワケなくって、新しい時代を切り開いていくにはどんなジャンルであっても必要な実験精神なワケだ。

 Herbie Hancockの1973年のエレクトリックファンク転向最初の実験アルバム「Headhunters」。それでいて今じゃ名盤と謳われている傑作。で、これがジャズなのか、ってのは冒頭の議論となるのだが、ジャズだろうし、そうじゃないかもしれない。でも、ジャズベースで出来上がっているのは確かで、そこにいわゆるソウルやファンクと言ったビートをきちんと加えて聴きやすくしているという代物、曲によっては完全にジャズでしょ、って思うけどね。ただ、冒頭の曲を聴き始めるとこれはジャズじゃない、となるだろう。ミニマルミュージックに代表されるベース音のループがひたすら続き、効果的な鍵盤系がリズム的に音を鳴らす、そのループも不安定さが情緒を煽る。ん〜、なんかヘン。それでいてだんだん心地良くなってきてトリップした感出てくるんだから面白い。途中からは目一杯ジャズ的エッセンスの演奏のぶつけ合いになるんだからこれはもう…ってな作品。

 アルバム通して、っても4曲しかないけどさ、ほとんどジャズなんだよ。完全に。エレキ化してるけど、アプローチはジャズだし別にありだろ、こういうのってさ、って今なら思う。ただ、ほんとに当時ジャズ好きだったら迫害してたとは思う。今だから冷静に聴いていられるけどね。逆に純粋にこのアルバムに触れた方々はものすごく純粋に影響を受けたんじゃないだろうか。だって驚くほどに斬新だったろうし。こんなん聴いたことない、って音だったろうし。今でも斬新だもんな。いや、凄いアルバムです。



Donald Byrd - Blackbyrd

Donald Byrd - Blackbyrd (1973)
Blackbyrd

 夏の暑い中でも無理をしない程度に暑さに慣れる意味もあって外に出ておく…、それなりの時間外で活動していると暑さに慣れるものだ。もちろんずっと炎天下の下にいるというワケじゃなくて、適度に日陰に入って休んでたり暑かったら涼を取って休憩したりってのもありで、別に過酷な体育会系の縛りがあるもんじゃない。そうこうして数時間外にいるとね、うん、慣れるんだよ。その間はエアコンのあるところは入らないし。感嘆に言えば適度な時間お散歩する、って感じか。何でまたそんな暑い中を、って話だが、そうでもしないと夏の暑さをホント、実感しないんだよ。エアコン三昧になっちゃうから(笑)。やっぱね、何だかんだと夏ってのは暑いのが夏であって、それを体に染み込ませるのも必要かな、と。

 そんな暑苦しいサウンドを醸し出してくれているDonald Byrdの1973年の問題際「Blackbyrd」。問題作ながらも当時のブルーノートからのリリースアルバムでは一番の売上を誇ったと言うんだから、その問題作という意味合いも分かろうと言うものだ。大抵そういうのはコアなリスナーからすると問題なだけであって、一般的な、もしくは別のリスナーからしたら超ウェルカムなサウンドだったって事なんだな。だから売れたって事でそれが証明されたのだな。故にこういうサウンドがどんどんと市場に広まっていくワケで、それがクロスオーバーサウンド、その先にはフュージョンへと進化していく源泉ともなったようだ。だからと言ってこのアルバムがフュージョンというワケでは全くなく、かと言ってもメンツを見ると後のフュージョンシーンを彩るメンツが並んでいるのだからその関係性は自ずと測られるって話だろう。ところがここで聴けるのは圧倒的な実験的ジャズ・ファンク・ソウルの融合作で、どれはもうドナルド・バードって人がメインでやっていながらこの音?ってトコロで既に答えは出ている。

 ドナルド・バードって50年代のハードバップなトランペッターな人で、ジャズのペットしか吹かなかった人なんだよ。それが70年代になってこんなソウルやファンクとの融合で、リーダー作ながらもどっちかっつうとバンドの一員みたいな存在感でペットを吹いててアンサンブルありきのアルバムになってる、即ちクロスオーバーサウンドが出来上がっていて、しかもそれがバンドアンサンブル完璧だったりね。そんな不思議を操ったのはこれまた著名らしいミセル兄弟という方々のお力らしいけど、そこはどうも自分的にはまだよく理解していないので、そういう人たちの実験的なスタイルとドナルド・バードが意気投合して出来上がった異色作、ながらも新基軸の作品として君臨している一枚になったってことだ。聴いてるとね、面白い。何でもゴチャゴチャに入っててジャズなのかソウルなのか何なのかよく分からん。ただ、ひたすら熱くて密度が異常に濃いアルバムが出来上がっている。








Jimmy McGriff & Richard Holmed - Giants Of The Organ In Concert

Jimmy McGriff & Richard Holmed - Giants Of The Organ In Concert (1973)
Giants Of The Organ In Concert

 ロック聴いてて好きだなぁ〜ってののひとつに強烈なアドリブプレイによる各メンバー間での音のぶつけ合いっつうか、とある時には同時に戻ってきたりするのもそうだし、激しくバトルする時もあるし、みたいな白熱のライブならではのぶつかり合いが好きで、有り体い言ってしまえばライブでのクリームやツェッペリンやフーなんかがその最たる例になるのだが、もちろんその発想自体はジャズにあって、ロックもブルースから発展しているからどうしたってそういうフリーフォームな部分がクローズアップされていくことも多く、そこを激しくバンド内でやりあって高尚な域にまで持ち上げていったのが上述のバンド達とも言える。クリムゾンなんかもそうか。だからそういう世界観が他のジャンルでも出てくるとついつい聴いてても熱くなってくるんだよね。

 Jimmy McGriffとRichard Holmedの2つのバンドが一緒にライブやろうぜってことで実現した「Giants Of The Organ In Concert」。強烈なまでのインタープレイだけのライブ。もちろんジャズ上がりな方々だからそういうのが当たり前なのだが、ここで面白いのはふたつのバンドが一緒にやってるからかオルガンは二台、ギターは3台あってパーカッションとドラムってのもいたりすて、それぞれが全員でしゃばってくるというとんでもないライブの瞬間を切り取っているアルバム。大体メインがオルガン2台だからそれだけで70年代のアシッド風味を増しているし、そこに入るギターカッティングもあのファンク的なスタイルでチャカポコくるし、間を縫ってのパーカッションがこれまた自己主張強くて…、と思えばオルガンが…とかキリが無い。多分全曲単なるセッションで出来上がっているアドリブプレイの塊だと思う。テーマやらフレーズなどはその場で出来上がってるんじゃないだろうか?モチーフはあったのかもしれないけど、基本的にはもうやりっ放しの演奏し放題というとんでもないライブアルバム。

 そのくせに元々がジャズ上がりだからか、きちんとパートを回すようなところもあって、しっかりしている。もっともその間でも自己主張する人はしてくるんだけどさ、いや〜、オルガンがこんだけ出てくるとジャズ聴いてる感はほぼなくなるわ。サイケロック聴いてるような気がしてくるもんな。ベースがいなくてアレ?って思ったけど、オルガンで代用してるから良いのか、って気づいた。ここにベーシストまでいたらさらいうるさくなってただろうし…、いやぁ、面白い。こういうのが出来上がっちゃうんだ、って。んで、ある程度のリスナーからは当然評価されているという仕上がりなんだからさ、見事なライブアルバムです。




Grant Green - Live At The Lighthouse

Grant Green - Live At The Lighthouse (1972)
グラント・グリーン・ライヴ・アット・ザ・ライトハウス

 ロックにしてもジャズにしてもファンクにしてもやっぱり新しい試みだったり何かとの融合だったりしてどんどんと進化させていくのがミュージシャンだろうし時代はそういうのを求め続けている。今でもそういうセンスを持った人たちってのがやはり評価されているし、売れていくのだろう。古いことの繰り返しなんてのはあまり求められていなくて、それを踏まえての新しい感性ってのを求められている。だから珍しいもの、ってのが売れていくし時代の寵児になったりもする。自分もそういうの聴いたりするとハッとすることあるし、虜になっちゃうパターンも10年に一つくらいはあったりする。だから面白い。

 Grant Greenの1972年のライブアルバム「Live At The Lighthouse」。何せこのジャケットだからとてもライブアルバムには見えないし、どんだけ格好良いライブが収められていたにしてもこれではなかなか出が出せない。だからこそこんなジャケットなんだろうか、罪な作品である。何よりも中身のライブが最高、とは言わないけどブルーノートのギタリストがまさかこんなスタイルでライブをやっててアルバム出しちゃうのか、ってくらいにはジャズギタリストではない作品。ジャズファンクの走りってんだろうかね、ジャズソウルとでも言うべきか、しっかりとリードはギターとサックスの2枚看板で走ってて、リズムはもちろんジャズ上がりなんだけど、きっちりとしたビートを刻んでいるからその意味ではファンク寄り。オルガンなんかもこの音色だし、ファンク系に近づいてるんだろうな。それでいてグラント・グリーンのギターがパキパキと鳴ってたりするんだから不思議なものだ。

 白熱のライブ、っていうのとはちょっと違うかな、って自分的には思ったり。もちろん演奏自体は凄く熱いし、見事なインタープレイをしているんだけど、ぶつけ合ってるっていう感じではなくってもっとクールにプレイされているってのか、その意味ではジャズ的にきちんと分けられているというのかな、クールに激しいプレイって感じ。その割に掛け声や叫び声がそこかしこで入っているんだからしっかりと燃え上がっているのはよく分かるのだが(笑)。ジャケットに騙されなければ無茶苦茶良いライブアルバム、ま、この際だから名作ライブアルバムとしてきちんと聴いていこう。




Jimmy Smith - Root Down

Jimmy Smith - Root Down (1972)
Root Down

 ジャズからソウル・ファンク、クロスオーヴァー、フュージョンってのはどうもそれなりに繋がっているようで、ミュージシャンが進化していく間にそういう音楽カテゴリというか新たな融合サウンドに飛びつくヤツもたくさんいたとか、それはロックでも同じ事が言えるし、当然黒人系の音楽家でも同じように70年代ってのは発展したり融合したり実験したりしていったのだろう。有名なのマイルス・デイヴィスのエレキ化ってトコロだけど、その実同じようなスタイルの変化・実験は様々なミュージシャンが試していたのだった。やっぱり幅を広げていくと色々知ることが増えてくるね。

 Jimmy Smithって自分の中ではジャズピアニストでブルーノートからリリースしていたジャズメンっていうふうにしか捉えていなかった。ところがアレコレ漁ってみると何とも意外なトコロから、即ち今回までの流れの中から辿り着いてしまったワケだ。Jimmy Smithって人はハモンドB3を操るオルガン奏者で名を馳せていて、70年代にはソウルジャズの第一人者として知られている、みたいにね。この人50年代の人じゃなかったっけ?ってのがあったから同一人物に思ってなかったんだが…、いや驚くばかりだ。そのJimmy Smithのライブアルバムもかなり熱いらしいってことで、「Root Down」。1972年のアルバムになるんだけど、オイオイオイ、いきなりブルースそのままじゃないかコレ、ってくらいに普通のジャズでもないしソウル・ファンクでもなくブルース。ハモンドの入ったブルースでベースとドラムとギターによるプレイ、何か凄いセッションだなぁって聴いてた。

 その後もインストがひたすら続くんだけど、やっぱりジミー・スミスのオルガンの目立ち方が凄くて、それも音だけじゃなくてアグレッシブなプレイのユニークさなんだろうね。全然黒人の云々ってんじゃなくて面白いスタイルでついつい聞き入ってしまうプレイ。アンサンブルももちろん意識しているからそれぞれの楽器陣営との辛味は抜群だし、クールだけど熱いライブアルバムっていう感じかな、白熱ってよりは青白い炎の激突ってかさ、面白い世界があったもんだ。




Donny Hathaway - Live

Donny Hathaway - Live (1972)
Live

 久々に家電量販店散策しながら買い物をしたのだが、やっぱり店舗での買い物って好き嫌いが出ちゃうな。プロらしい対応してくれると、さすがだな、ネット店とは違うサービスをきちんと認識して対処してるわ、って思うけど、そうでもない対応されるとやっぱりネットで買っときゃ良かったな、って思う。価格だけの話すればどうしたって店舗の方が高いワケだから、それでも店舗に買いに来たのは現物触るとか見れるとか細かいトコロを確認するみたいな意味合いがあって、その御礼に多少なら高くても別に良いか、って思ってその場で買うんだけどその対応が結局は決めることになる。向こうからしたら単なる一人のお客さんでしかないからそこまで気にしてないだろうが。まぁ、あんまり心地良い買い物にはならなかったって話。

 Donny Hathawayの1972年の名盤「Live」。ギターにはA面のトルバドールではPhil Upchurch、B面のニューヨークではコーネル・ヂュプリーが入っているが、他はそのままの布陣によるライブ。まぁ、そういうメンツの面白さがあるのは事実だけど、圧倒的に全編を支配しているのは明らかにドニー・ハサウェイその人そのもの。どっからどう聴いてもそうしか聞こえない。オーディエンスの扱いにしても手拍子の鳴り方から男女別コーラスまでやらせてしまうというのも見事な支配者、カリスマ。マーヴィン・ゲイにしてもドニー・ハサウェイにしてもこういうのを聴いているとリスナーからするとこの時点だけは少なくとも限りなく彼らの髪に近い存在になっているように心地良く一体となっている様が目に浮かぶ。こういうのはロックでは聴かれないことなので、ある種ソウル・ファンクならではの世界観なのかもなぁと。

 さて、この銘板ライブアルバムではいきなりマーヴィン・ゲイの「What's Going On」のカバーからスタートだけど、その時点で既に圧巻。本家に負けず劣らずの歌いっぷりとムード、それに加えて12分超えのインストに近い「The Ghetto」でのムーディなプレイと一体感。これが凄い。エレピメインな人だからそうなるんだけど当然メンバーの演奏力もともかくながら完全に宗教チックなまでの融合感がね、素晴らしくて、最後のコーラスがホント、何で?ってくらいに凄い。そのままの勢いで圧巻のライブパフォーマンスが続いているように聞こえるし、多分そうだったんだろう。もちろん素晴らしい演奏の編集なんだろうけど凄さはましている。ジョン・レノンの「Jealous Guy」にしても完全に本家を超えている、っても過言じゃないでしょ。

 凄い密度の濃いライブアルバム…、時代もあるだろうけど、ドニー・ハサウェイの魂がたっぷり詰め込まれて発散されているそのままをパックしているからか素晴らしい作品に仕上がってる。ロックファンだろうがソウルだろうがこの熱さ、一体感ってのは感動できるんじゃないかなぁ。ただ、濃すぎるからなぁってのはあるだろうが。んでも、こういう白熱のライブってのが70年代の特権でもあったしね、やっぱり凄いです。






The Mar-Keys & Booker T & MG's - Back To Back

The Mar-Keys & Booker T & MG's - Back To Back (1967)
バック・トゥ・バック

 黒人音楽の世界ってやっぱり奥深いんだなぁ…。これまで何となく知ってた黒人系のR&Bやソウル系なんてのはホントに表面だけので、ロックに迫る白熱のサウンドなんてさほど多くないように思ってたけど、裏側から入ってくるとそんなのたくさんあるじゃないか、って事でね、入り方間違えてたんだってことに気づきました。ってことはまだまだ深い闇がず〜っと待っているということになるんだけど、そこまで行きたくないというのもあるんで、どっかでこういうのまとめて紹介しててくれないだろうか。暑く激しくソウルフルにファンキーに白熱したアルバムなんてのが良い。

 The Mar-Keys & Booker T & MG'sの1967年のライブアルバム「Back To Back」。もちろんギターはスティーブ・クロッパーでして、って言いつつもそこまでスティーブ・クロッパーのプレイをマジマジと聴いていた事はなくて、何かのセッションとかでくらいしかまともに聴いてないんじゃないだろうか。それがここででスタックスのど真ん中時代のプレイが炸裂していて、ようやくにしてスティーブ・クロッパーのカッコよさと言うか、このバランスの中でのギターの位置づけを決めた役割とか音色、もちろんカッティングやフレーズの豊富さなんてのも味わっていたんだが、こうして聴くと当然ギターだけのバンドじゃないからバンドアンサンブルの中での目立ち方というのもさすがだなぁと感嘆する次第。んでもってこの強烈なグルーブ感。こういうの求めてたんです、昔から。ただ、そういうのが何かってのがわからずに探せてなかったってのもある。やっぱり長々と音楽聴いていたり、こうして探していたりすると面白い事あります。まさかここでこういうのに出会えるってね。ロックだけじゃ聴けなかったし、良かった。

 コイツを流すと冒頭から有名な「Green Onions」でしょ、それにしては妙に分厚い音で、これがブッカー・Tのサウンドと言われるヤツですかと改めてその音に感心しましたね。んで出てくる出てくるスティーブ・クロッパーの驚異のカッティング。そしてあのトーンの前に出るスタイル、実にユニークで60年代後期のライブ盤とは到底思えない白熱の録音ぶり。ライブが繋げられてるのは歓声の入り方聴いてりゃ分かるが、それでもやっぱり凄いライブアルバムを作り上げているし、全くぶっ飛ぶ音の厚さと演奏の白熱ぶりが堪らん。途中ホーンセクションが入ってくると更にゴージャスに楽しめるんだから更にかっ飛ぶ。いいねぇ、この暑苦しさ。






Aretha Franklin & King Curtis - Don't Fight The Feeling

Aretha Franklin & King Curtis - Don't Fight The Feeling: The Complete Live At Fillmore West
Don't Fight The Feeling: The Complete Aretha Franklin & King Curtis Live At Fillmore West

 そこまで熱くさせられてしまったら当然の如く同じライブでのアレサ・フランクリンのライブも聴きたくなるわな…、ってことで有名な「アレサ・ライヴ・アット・フィルモア・ウェスト」に手を伸ばして聴いてみるのだが、どうも違う…、何かこれじゃないんか?って思いながら聴いててクレジットとか調べてたらこのライブは2月のだったんで、やっぱり違ってたんだ、ってことに気づいてまた探す。なるほど、こっちか…ってことで見つけたんだが…、さすがSpotify、簡単に見つかるし聴けるし、いいのかそれで?って思いながらもこの手軽さにすっかり馴染んでしまったという有様…。

 Aretha Franklinメインではあるけど、実はKing Curtisのライブも三日間丸ごと入っているという何とも凄まじいライブアルバム全61曲のとんでもないブツ「Don't Fight The Feeling: The Complete Live At Fillmore West」。もちろん全部聴き倒してて…なんてハズはなく、最終日のだけじっくりと今の所は聴いているところ・キング・カーティスのあの「Memphis Stew」が実は彼らの演奏の最後の曲だったんだが、それであの凄さ…、その余韻を引きずったままのアレサのライブが始まる。冒頭は勢いをそのまま削がないかのような「Respect」で、いやはやあのプレイそのままでバックの演奏陣営がプレイしまくる。これだコレ、このすごいグルーブだよ、って思って聴いてたんだけど、だんだんアレサの歌の凄さが出てきてさ、バンドがアレサのバックバンドになっていくのは凄い。アレサの方もこの頃にはすっかりメジャーだった曲をいくつかカバーして曲を喜ばせながらその歌声を披露していて、ってことはキング・カーティスのバンド、キングピンズもそのまま演奏できちゃうってことで、ってことは多分キング・カーティスもサックス吹けちゃうだろうし、何でも出来る人たちなんだな、と。この頃のフィルモアに出てた人たちってホント、凄いのばかりで、名ライブが繰り広げられていたのはもう今からじゃ伝説。その断片がこうして聴けるのはホント頼もしいよ。

 そしてアレサ・フランクリン、いまさら何を語るなかれと言わんばかりの絶頂期、もう艶やかさも清涼も歌いこなしもこの時点で既に女王様。このライブアルバム凄いわ…。やっぱり初日から順番に聴きまくらないとイカン作品ですね。適度に曲目が変えられているからその日ごとの楽しみもあるし、いやはやこの暑苦しさ、まさに魂の白熱ぶり。こういうのあるから音楽は面白い。




King Curtis - Live At Fillmore West

King Curtis - Live At Fillmore West (1971)
ライヴ・アット・フィルモア・ウェスト

 暑苦しい夜に暑苦しい音楽を…、じゃない方が良いってことで爽やかなのを求めて彷徨っていたのだが、どうしてもそうは進み切れない、っつうのかちょこっと気にして聴いてみたら暑苦しくて暑苦しくて格好良い、なんてのもある。まぁ、ボチボチ白熱したのに戻りたいなって欲求もあったんだろうし、熱い夜にも慣れてきたから対して変わりはなかろうというのもあるのかもしれない。もっともお盆休みってのも大きいんだけどね。じっくりと音楽三昧出来るし、この暑苦しい時に外に出ていこうなんて気にもならないし、オタな趣味を持つ自分には良い事ずくめの夏。夏である必要性もないのだが…。

 King Curtisの1971年のライブアルバム超名盤「Live At Fillmore West 」。ご存知このバンドメンバーのままこのイベントで後に出演するアレサ・フランクリンのバックも努めたというライブそのままなんだが、アルバム自体は3月5-7日の演奏から選りすぐっての収録なので実際こういう演奏順のライブでもないし、同一日の流れそのままのライブでもない。きちんと編集されたライブアルバムだ。そして偏見なしに書けば、生々しいライブをそのまま収録したライブ盤よりもきちんと作り込まれたライブアルバムの方が名盤になっている。どっちも聞けるのが一番なんだけど、やっぱりこの時代のライブアルバムは名演奏ばかりを編集して収録しているからその寄せ集めライブアルバムが名盤になるのは当たり前だ。そしてこの作品はその斜め上を行く超名盤、超名ライブアルバムと言って良い作品で、どこをどう見ても悪い評判なんてのはない。ロックファンだろうとジャズファンだろうとファンクファンであろうとこのプレイの凄さは響くはず。響かなかったら聴く音楽世界が全く違う基準な人たちだろう。

 ロックな話題的にはProcol Harumの「青い影」Led Zeppelinの「Whole Lotta Love」ジミヘンもやってる「Changes」なんかのカバーがあって手を伸ばしやすい。ところがアルバムを最初から流すといきなりメンバー紹介からの「Memphis Soul Stew」の凄さ。実際のライブではもちろんアンコール一発目の曲だったらしいけどアルバムでは初っ端に配置されていて見事なインパクトを放っている。このベースライン、すげぇ格好良い。これぞファンク、ってな感じでね。んで、どの曲もどの曲もバンドアンサンブルがすごいんだけど、やっぱりキング・カーティスのサックスの凄さも絶品。こんだけ息続けて吹けるんか?ってくらいにエモーショナルに吹き続け、もちろんスピーディなのからメロウなのまで、ただ、他ではあまり聴くことのないようなプレイなのは確か。自分の聞く範囲が狭いから分からんが、命削って吹いてるって気がするもん。

 この暑い夏にこんなハードなジャズ?ファンク?なんかを聴けて嬉しいですね。ギターのコーネル・ヂュプリーの思いっ切りファンキーなカッティングから乾き切ったギターの音色もメリハリ効いてて印象深いし、とにかくどこからどう斬っても素晴らしき名盤。暑苦しいジャケットそのままの濃い〜サウンドが楽しめます。








Marlena Shaw - Who Is This Bitch, Anyway?

Marlena Shaw - Who Is This Bitch, Anyway? (1974)
フー・イズ・ジス・ビッチ、エニウェイ?

 世の中iPhoneやらケータイやらの普及でほぼそれだけあれば生きていけるってくらいにコンパクトな時代になったと思っていたけど、それに反して皆が皆カバンとかを持つようになっている。昔は男なんてほとんどカバンとか持ち歩かなかったんじゃないか、という気がしているけど、どうだろ?今じゃ皆が皆それなりにデカいカバン持っていて、かなり不思議。スマホ以外になにがいるんだろ?財布やタバコならともかく、他には何なんだろ?絶対日常から持っていなくても問題ないものが入っているんだろうなぁなどと勝手に想像しているが、そんな自分は全く手ぶら状態。ほぼすべてポケットやらに入れておくだけでカバンってキライなんだよな。だから余計に世の中の人が何をそんなにカバンに入れて歩いてるのかが不思議。もっとも中身を知ろうなんて思うこともないんだが。

 Malrena Shawの名盤と呼ばれる1974年リリースの傑作アルバム「Who Is This Bitch, Anyway?」。Blue Noteなんだよね、これ。んで、バックはジャズメンばかりで、ラリー・カールトンなんかも弾いている。他にもね、聴いてて良いねぇ〜ってのがベースのチャック・レイニーのプレイとかさ、フェンダーローズの音色もなかなか素敵だし、とにかく歌モノって聞こうとしていたらバックのプロフェッショナルぶりに驚きながら二重に楽しめる一枚。いや〜、知らなかったなぁ…、こういうの好きだわ。冒頭からどっかのバーでの男女の会話が続く…、そういうストーリー仕立てのアルバムらしく、なかなか粋なアルバム。んで、やさぐれた感のあるマレーナ・ショウの歌声が素敵に響き渡る。今で言うならばジョス・ストーン的な感覚か、ソウルともジャズとも言える雰囲気での歌モノ。なんかねぇ、ダークな場末のバーでタバコ吸いながらバーボン飲んで聴いていられる雰囲気の作品で実に良い。今更そんなこと言わんでも知られているアルバムなんだろうけど、聴いたことなかったからかなりその良さに痺れてます。こういうのあるってもっと早く誰か教えてよ、ってくらい。気に入っちゃって何回も何回も流してるもんね。

 有名なのは「Feel Like Makin' Love」なんだけど、これはこれでそのムードを楽しむには最高な一曲だけどね、それ以外のもかなり味わえるアルバムで、別に一曲が突出してるモンでもない。アルバムトータルで痺れる。それでバックミュージシャンがこれだからその楽しみもあるという贅沢な一枚。まさにニューヨークの大人のオンナの作品、と言った傑作。「Davy」の終盤のギターソロの一部がジャニスの「Summertime」からのパクリなんじゃないかなぁ…。






Jeff Lorber Fusion - Wizard Island

Jeff Lorber Fusion - Wizard Island (1980)
ウィザード・アイランド

 既に一ヶ月くらいフュージョン的なのをひたすら聴いてるが、もちろんその合間合間にはもっといろいろ聴いているからそれだけではないんだけど、一つの方向性だけでないフュージョンと呼ばれる世界の広さを多少分かった気がする。まだまだ聴けてないアルバムやバンドも多いし、それを混んでこれからも聴くか、と言われると何とも言えないんだが、ただこの暑さの中にこういうのを聞くってのはなかなか快感ではあるんで、夏ごとに聴く音になるのかも、とは言えるか。レゲエやダブだけでもなく、こういうのもありだね、って。もちろん暑苦しいハードロックってのもありだろうし、そりゃもう気分次第。知ってるなら知ってる方が聴くものの幅が広がるって話だ。

 Jeff Lorber Fusionの1980年リリース作「Wizard Island」、ケニー・G参加の名盤と謳われている作品らしいが、ベースのダニー・ウィルソンの時代を感じるチョッパーバリバリのフュージョンベースもかなり素晴らしい。もちろんリーダーのジェフ・ローバーの割と変態的ですらある鍵盤プレイも目立ちまくっててユニークな作品なのが分かる。聴いてて思ったのは、これこそフュージョンって感じの曲がズラリと並ぶことだ。ギターがほとんど目立たないのが残念だけど、曲とか雰囲気とかベースやドラム、編曲や鍵盤の音色なんかも含めてまさに自分が認識していたフュージョンそのまま。もしかして彼らを聴いてフュージョンを知ったんじゃないか、ってくらいにそのままなのが面白い。

 最後の最後にチック・コリアが参加しているのが多少話題になるくらいなんだろうが、それ抜きでもアルバム的にはかなり存在感あるものだろうし、各プレイヤーのフュージョンチックぶりが聴き応えある。細かいトコロがものすごく凝ってるんで、それこそケニー・Gのプレイにしても目立つんだが、そのバックでの演奏陣のプレイがこれまたなかなかに凄いとか、そんなんばっか。それでもさほどメジャーなバンドじゃなかったんだから面白い。元来もっと知られて良いバンドなんだろうけど、スタープレイヤーがいなかったからかちょいと地味に映るバンドではある。それでもこんだけの作品なんだからジャズ界ってのは深いです。

Stuff - Stuff

Stuff - Stuff (1976)
スタッフ!!<FUSION 1000>

 譜面が読めて音楽理論を熟知して、しかも音感やリズム感もしっかりしていて当然楽器も上手く演奏できるテクニックを持っていて初めてミュージシャンと言える、そういう当然の要素を持っているのがジャズやソウル、R&Bの世界、もちろんフュージョンもそうだろうけど、そういうのを無視したもの、即ち初期衝動だけでなんとな成り立ってしまうのがロック。メタルなんかは上述のミュージシャン的な要素が無いと出来ないのでもうちょっと上位に位置するのだろうけど、パンクなんてのはもちろん一番下の方のラインに位置しているのだろうと思う。もちろんその中でも天才的なミュージシャンもいるんだろうけど、多くはそうでもなくって、ってのが多いのがロック。だからロックってのは子供騙しなんだ、と言われるもので歴史に残るような音楽には値しない、というのもある。今はそうでもなくって単に好きな人が多いから歴史に残っていくのもあるんだろうけど。あ、もちろん全部がそういう話じゃないですが。

 Stuffの1976年のデビューアルバム「Stuff」。アメリカのセッション・ミュージシャンで名を馳せることになる面々が参加しており、と言うかそういうメンツで結成したバンドなのでテクニックは申し分ないしやってる音楽も高尚な世界感でのアドリブやぶつかり合いでもあるが、激しいぶつかり合いではなくアンサンブルが整った中での応酬、だからアルバムの密度が濃いものに仕上がっていて、音色も含めて独特の音世界が出来上がっている。いやいや、凄いグルーブ感にメロウでフワフワな鍵盤、ギターも甘い香りでのメロディを鳴らしてくれるし、ドラムは要所要所のキメが凄い。やっぱりスティーブ・ガッドの凄さがヒシヒシと滲み出てくる。リチャード・ティーの鍵盤の躍動感も見事で、こういう世界があるってのを初めて知った。

 ジャズやフュージョンという世界での括りではないような気がするんだよな。R&Bやソウル、ファンクの流れの中でのインストバンドという感じで、これをフュージョンと呼ぶには少々熱すぎるのでは?なんて気がする。爽やかに流れていかないんだよ。暑い夏に聞くとより一層熱くなる感じもするし、暑苦しい、とも言うか、そんな音。だから割と好みな感触感はある。実にエモーショナルなんだよね。






Richard Tee - Strokin'

Richard Tee - Strokin' (1979)
ストローキン

 ジャズから派生したフュージョンという世界観かという認識だったけど、AORが入ってきたり黒人音楽の要素もかなり入って来てて、そういえば白人がそこに入る余地っていう方が実際は少ないハズなんだから、どうしたって黒人系のリズムが強烈になってメロディが楽器で奏でられるみたいな図式になるのだろう。白人ギタリストがその世界で活躍出来ていた方が稀有な存在なワケで、それこそギター好きって観点からみたら珍しいんだろうけど、フュージョンという認識だったから、こうしていろいろとちょこっと聴き始めるとその現実の違いを実感しているトコロ。まだまだですね。

 Richard Teeの1979年ソロ名義のアルバム「Strokin'」だけど実際はStuffのメンツが相当に参加していて、特にスティーブ・ガッドとのコンビネーションの高さを誇るこのアルバムは実に躍動感溢れるリズムと秀逸なメロディを鍵盤で奏でるという傑作で、フュージョンという失礼ながら軽やかな世界とは異なり、ドライブ感溢れ、更に縦ノリ感すら漂う特異な世界観を聞かせてくれる作品になっている。どっちかっつうと高等テクニックを持った黒人同士が競い合って白熱したプレイを繰り広げているに近い世界で、決してフュージョンという類の音でもなさそう。元々がモータウンの出身でStuffからの流れだから当然ポップス界への影響もあるし、ジャズ畑との絡みの方がないんだからそりゃそうだろう。

 特に短いながらもものすごく研ぎ澄まされたビートと鍵盤を聞かせてくれるのが「Take The A Train」で鍵盤の躍動感はともかくながらもスティーブ・ガッドの入りからドラミングから凄いセンスがビシビシと聞ける見事さ。今ではロックの世界でも名前を普通に聞くスティーブ・ガッド、やっぱり凄いドラミングです。キレが良いんだよねぇ。



Spyro Gyra - Morning Dance

Spyro Gyra - Morning Dance (1979)
モーニング・ダンス(期間生産限定盤)

 ここ最近聴きまくっているフュージョン系の作品って名盤って呼ばれるものがホント幾つも幾つも転がっていて、これまで人生で触れることが無かったから余計に刺激的ではあって、まだまだ面白いのはいくらでもあるもんだ、と楽しんでいる。そのウチもしかしたら黒人系の音楽にもハマっていくのかもしれないな、同じ理由で。そういう意味では実はアメリカのロックバンドってのもさほど真面目に聴けてはいないからまだまだ知らない世界への探求はいくらでもありそうだ。好む好まないっていうのは持ち音あるけど、それなりに名を成しているものってのはそんなにひどいモンでもないだろうから、聴いてみれば味わえる部分は多いんじゃないかと。だからと言ってすぐにそっちまで行けるかってんでもないから、まぁじっくりとアレコレしながらか。

 自分でも聴くことがあるとは思っていなかったSpyro Gyraっつうフュージョン代表格のバンドの1979年リリースのセカンドアルバム「Morning Dance」。スパイロジャイラと言えばコレってくらいに定着しているアルバム、ジャケットの印象という作品だけど、中身は聴いたことがなかった。プログレの方でSpirogyraってのがあって、そっちを探している時に何度となく出会ってしまっていたことで覚えているんだけど、ものの見事にその2つのバンドの方向性は異なっているからさ、間違って買うととっても損しただろうし、そうならないように気をつけてたからさ。それが意図的にこっちを聴くんだから面白い。

 聴いてみれば、なんとも南国チックな軽快な作品で、フュージョンっていうのかな、もっと南国寄りサウンドで、ギターが目立つもんでもないから自分的にはちょっとフュージョン感少ないけど、そのスジの名盤の一枚になるようだ。それはむちゃくちゃ売れたからというのが理由らしいがその意味ではシャカタクなんかと同じようなものか。パッと聴いて軽快な南国色なんだけど、アルバムを通して聴いてみるとそこまで脳天気なサウンドばかりが入ってるワケでもなく、しっとりしたのもあるしジャケットの印象も脳天気な南国感はあるものの、よく見れば結構節語で不気味だったりというダブルミーニング的なのもあって、ちょっとヒネてるか。ちょっとロック色強めたらロック的に面白いバンドにもなったかも、という感触はする。



The Crusaders - Street Life

The Crusaders - Street Life (1979)
Street Life

 フュージョン的なのってどうも黒人系の昔で言うブラコンってのが入ってるのが多くなるのだろうか。そういう印象もあまりなかったけどいろいろ聴いているとそっちからの方が入り方がイージーだったのかもな、とも感じる。そういうフュージョンなんてのもある、っていうことなんだろうけど、当初ギターインスト的なのから入ってきている自分的感覚からするといつしかコンテンポラリーなものに差し掛かってきてしまっているというトコロか。そうなってくると本来苦手な分野になるはずなんだが、フュージョン的な目線からだとこの黒人系でも爽やかで軽快に聞けるんなら良いのか、とも思えるから不思議。

 そのスジでは名バンドとして知られているであろうThe Crusadersの1979年ヒットアルバム「Street Life」。ご存知若かりしランディ・クロフォードがボーカルでヒット作となったタイトル曲、こいつがこのアルバム全てだ、とまで言われているようだけど、そうなるわな…と聴いてて思う。何だろな、まさにブラコンそのもの、でバンドも歌もテクニック満載で突っ込めるトコロが全くない位の完璧さ。だから売れても当然だろうし、そういう評価も当然。今の気分ではその爽やかさや軽快さを求めているから聴けちゃう自分もいい加減だなとは思うんだが、なるほど11分以上もの大作でこんだけ軽快に聞かせてしまうってのはなかなか出来ない。歌が少ないワケでもなく、楽器陣営が目立たないワケでもなくバランスよく流れてくる、まるでひとつのドラマが描かれているかのような展開で、それも展開が多いわけじゃなくてシーンの情景だけが変わっていくというような感覚での長時間楽曲。個々の楽器の面白さもしっかりとあるんで、なるほど名作と言われる曲でしょうな、と。

 これ、映画の「ジャッキー・ブラウン」でカバーされて流れていたってことなんだが、そうなんだ?あまり記憶にないからまた今度見てみようかなとは思うが、確かにマッチするかも。しかしクルセイダーズってメインはトロンボーンとかサックスで、ラリー・カールトンがいた頃はともかく、この時期は既に脱退してブラコン一直線なスタンスだから取り立てて聞けるトコロが多くないのはちょいと選定ミス。ま、そういうのもあるんだな、ってジャズ的BGMとして聴いていたけど、心地良いのはあって、どこかドラマや映画やテレビなんかで使われやすそうなサウンドという感覚だったね。




George Benson - Breezin'

George Benson - Breezin' (1976)
Breezin'

 相変わらず暑い日々が全国的に続いているが、自分がその暑さに慣れてしまうってことは無いほどの暑さ、人間の住む世界を超えている灼熱の暑さになりつつある気がしてて、もうじき地球は滅亡するのでは?みたいな気もする(笑)。異常気象に天候異変など世の終わりを予感させる出来事が続いて起きている、なんていい方をすれば時代が異なれば新興宗教的に世紀末を訴えてきてもおかしくない近況。そんなことを一切無視してエアコンの中に居続けることで外界との接触を絶っていればそれなりに快適な生活、ではあるがちょいと物足りない…、なんてことは出来るはずもなく、世間並みにこの灼熱の中を生きている日々。暑苦しい音楽からは離れて軽快なのを聴いている事も多くなったが、案外面白いなって思っていて、昔のロック小僧からしたら信じられないものばかりを聴けているのはなかなか不思議。それでも発見はいくつもあるし、へぇ〜ってな事も多い。

 George Bensonの1976年の出世作「Breezin'」。何が出世作ってレオン・ラッセルの「The Masquerade」のカバーで見事なボーカルを披露してからというもの、フュージョン系ギタリストのジョージ・ベンソンからR&Bシンガーのジョージ・ベンソンってギターも上手いよね、になるワケだ。この「The Masquerade」ではギターとボーカルをユニゾンさせた展開が印象に残るスタイルで、確かにソウルフルなボーカルを聞かせてくれていることで殊更に評判が高まったようだ。それ以前のボビー・ウォーマックのカバータイトル曲「Breazin'」だって爽やかなAORムードのフュージョンで、これぞBGMって言わんばかりの快活で軽快な作品が聞けるんだから面白い。ギターの音が凄く聞こえてくるんでついついこのギター何だろう?って気になってくる。ハコギターなんだろうなぁとは思うけど、ハコ系って全然音がわからないから何、って特定できないけど、ムーディな音色だなって聴いてた。

 他の曲にしてもギターだけでなく、ボーカルも他の楽器類もきちんとフューチャーしてあくまでも軽快で軽やかな雰囲気で作られている作品。時代的にはフュージョンからAOR、そしてポップス領域への進出を目論んだ意欲作として知られているらしいが、それならジャケットもうちょっと何とかしろよ、とか思うのはともかく、中身の音はなるほど、見事な一枚。こんな暑い日々に聴いていても爽やかに聞ける。




Chuck Mangione - Feel So Good

Chuck Mangione - Feel So Good (1977)
フィール・ソー・グッド

 しかしアレだな、暑い夏に聴く音楽としてのレゲエ・ダブから始まりフュージョンなんてのはやっぱりなかなか快適ですな。自分の音楽の好みが変化したって思うくらいにこの快活さにハマってるもん(笑)。でもさ、やっぱり凄いよね、どれもこれも。ハイレベルのミュージシャンが時代を作り上げながら一生懸命音楽を奏でているアルバムなんだから良いモンいっぱいあるんだよ。魂の出し方がロックとは違うけど、でもやっぱり楽器って人の心を映し出すモノだから見事に出てくるもん。だからそのヘンはロックもブルースもジャズも一緒だし、こういう進化系なフュージョンなんかでも同じだ。そこを上手く聞けると面白い。後は音楽形態の好みだが、メロディ楽器がきちんと歌い上げてくれればそれはそれで響くしさ。

 Chuck Mangioneの1977年の大ヒットアルバム「Feel So Good」を初めて聴いた。大ヒットアルバムって言われてもさ、縁がなきゃ聞かないし、ましてやジャズ・フュージョンなんて世界は軽々しくは手を出してもいなかったし。とは言え、このアルバムジャケット、見たことあるわ。レンタルレコード屋でも結構見たし、もちろん普通のレコード屋でも見かけたし。ただ、見るからにトランペットを吹いている人のアルバムだろうっての分かるから、全然興味を抱かなかったというのもわかりやすい。こういう機会だから色々と聴いてみる中で着手してるんだけどさ、やっぱりよく出来てるよね、ホント。ペットでメロディを奏でているんで心地良く聞けるし、いわゆる軽やかなBGMとでも言うような曲ばかりになるんだけど、それがいちいち格好良い、というか気持ち良い。そういう意味ではフュージョンというジャンルの世間の明るさへの貢献度はかなり高いよね。オシャレなカフェやちょっとしたバーやホテルのBGMなんてのもあるしテレビ辺りでも相当使われてただろうし、割と耳にしているもんな。

 実に快活で聴きやすい。んで聴いてるとペットとかだけでもなく、ギターやベースももちろんユニークな部分が多数あって、当然のことなんだがかなりハイレベルな作品ばかり。大抵こういうのって飽きるから途中でやめちゃうんだけどそれが無いんだから、しっかりと出来上がっているアルバムなんだろう。聞きまくったって人も多いんじゃないかな。ロックの世界では味わえないムードでもあるね。




Mike Mainieri - Love Play

Mike Mainieri - Love Play (1977)
ラヴ・プレイ

 つくづく音楽というモノの幅の広さを実感する。ロックを多少知ってるなんてのはホントに氷山の一角でしかないし、それでもその中でトップを走るバンドってのはホントに凄いんだなってのもマジマジと実感する。ちょいと片足突っ込んでみただけのフュージョン的世界を見渡すとなんかとんでもないのがゴロゴロいるんだもんな。ミュージシャンとしての育ち方が違うからってのは大きいけどやっぱりホントに音楽している。演奏が上手くなきゃ出来ないし、それが当たり前で且つ音楽的にどんだけ面白いことができるのかってトコだからね、世界が違います。その分これはこの世界で普通にできるレベルが高いってことはその上を目指して楽しませるモノ凄いものってのを出すのはなかなかしんどいんだろう。

 Mike Mainieriの1977年リリースのアルバム「Love Play」はなかなか粋なフュージョンアルバムだ、って事だったんで耳にしてみるのだが、本人はヴィブラフォンって話なので、それってどんなん??ってトコからなんだが(笑)、要するに鉄琴だ。ロックの世界では効果音的にプログレなんかで出てくるくらいのモンだから、ステージで鳴らされることはほぼないんじゃないだろうか。なるほど、そうか、ってことなんだが、アルバムの参加メンバーを見てびっくり。ロック畑しか知らない自分でもほとんどの人の名を知っているというメンツ。一体どんなんだ?って話でさ、聴いてみたワケ。スティーヴ・ガッド(ドラムス、マイケル・ブレッカー(テナー・サックス)、デヴィッド・サンボーン(アルト・サックス)、トニー・レヴィン(ベース)なんてトコですよ。ロックとフュージョンの境目くらいのメンツではあるが、そりゃそいつらの若かりし頃の参加作品なんだから面白いんだろうな、って期待です。

 これがまた初っ端から凄い。軽快でドライブ感溢れるサウンドで、ラテンノリってのかね、なんかスティーブ・ガッドかスゲェんだよ。いや、みんな凄いんだけど、キラキラとドライブしたアルバム。静かな曲でもゴージャスにキラキラしている感じで、このヘンはサンボーンの華なんだろうか、とにかくオシャレでゴージャスに楽しむシーンでは最高に輝くアルバムというようなイメージ。自分的にはBGMでしかないんだけど、聞き惚れるBGMってトコか。いや、多分相当贅沢だ、それは(笑)。マジに興味なかったけど、こんだけのメンツが奏でるサウンド、アルバム、しかも時期的に勢いのある作品ってのはやっぱりとんでもなく強烈なエネルギーを発散していて、ロックとは趣が異なるけど素晴らしきアルバムが出来上がっている。圧巻だわ。


Earl Klaugh - Finger Paintings

Earl Klaugh - Finger Paintings (1977)
フィンガー・ペインティングス

 自分の偏見だと思うがフュージョンってのは基本的に自分にとってはBGMレベルnサウンド。BGMレベルってのはBGMになるくらいに軽快で軽やかで害がなくってもちろん様々な気分が駆け巡る時のBGMなんだから多種多様のテクニックがないと聴いている方が心地良くならないんだから、演奏する側の技術はそれこそプロ級であるものだし、あまりにも個性を主張することのない音である、みたいなのも重要だろう。だからBGMとして成り立つんだが、だからこそサラリと流れていってしまうものが多い。それを狙ってるんだからそうなんだが…。プレイヤー目線だとそっちへの面白さに惹かれる人が多いのは分かる。ただ、リスナーでいるとどうしてもBGM。そのBGMってどうやって作ってるんだろ?ってなると面白くなるものだ。

 Earl Klaughというギタリストのソロ作品「Finger Paintings」、1977年リリースアルバムだが、フュージョンという位置づけで、アコースティックギターでそれを奏でたという第一人者らしい。そういう書かれ方すると気になってさ、フュージョンのあのギターをアコギでやるってどうなるんだろ?って想像通りか確かめたくなって聴いてみたんだが、なるほどなるほど、こうなるのか、と妙に納得。簡単に言えば紅茶の美味しい喫茶店あたりで天井の小さなスピーカーから流れてくる軽快でオシャレなBGMそのもの。こういう音楽ってそうか、誰かが作るんだから、こういうアルバム作ってる人のが流れていたんだ、ってことに気づいた。BGMだってそりゃ誰かが作ってるんだもんな…。その源流に出会うってのは想像もしなかった。アルバム単位で自分がそれを聴く、なんてことが起こりうるとはね、いや、大きな勘違いと言ってしまえばそうなんだが、じゃ、BGMってなんだ?って話だし、いや、そういう音楽、アルバムを意識して聴くことがあるってのを思わなかったって意味です。

 見事なまでにアコギで軽快に雰囲気を表しているアルバムで、とてもブルーノートの作品とは思えないジャケットからして自分的には怪しげな雰囲気…と穿って聴いてみたけど、出てきた音は驚くばかりにクセのない絶対に誰でも聞ける軽快な作品。冷静に聴いてみれば多種多様な楽器を用いて雰囲気を色々と醸し出して、そこをうるさくもなく、まるでピアノやバイオリンの戦慄のようにアコギの音色でメロディを生み出しているという、やっぱりBGMとしてしか言えない作品。こういう音楽がいちばん需要が高いのかもしれないな。ジャケットがもっと雰囲気モノだったら良かったのに、とつくづく思う。





Cornell Dupree - Teasin'

Cornell Dupree - Teasin' (1974)
ティージン<FUSION 1000>

 フュージョンってのはジャズに電子楽器が入ってきた流れからギターもクローズアップされてどんどんと洗練されたもののひとつ、というような流れなのだが、こうして聴いていると割と源流がひとつに絞れないところもあるんだなと。ソウル・ファンクのインストから出てきたアルバムなんかでもかなりフュージョンに近いサウンドが出てきているのを聴いているし、ブラジル音楽との融合なんてのも出てきているんだから、そっか、だからクロスオーバーって言うようになってきたワケか。そこに商業化された要素ってのが入ってくるとフュージョンって言われるようになったとのこと。ん〜、じゃ、今聴いてるのはクロスオーバーサウンドってことだな。

 Cornell Dupreeの1974年作「Teasin'」。こちらもギターインストなアルバムで、ソウルフルなバックにギターを乗せてっていうのはそうなんだけど、もっともっとずっと洗練されててオシャレなサウンドに軽快にギターを乗せた感じのアルバム。この時代にこういうの出来てたってかなり先端なサウンドだったんじゃないか。やっぱりロック側にも影響与えてったんだろうなぁとは思うがそのヘンを意識したのはジェフ・ベックくらいってのは知られた話。もっともアラン・ホールズワースとかテクニカルなギタリスト達はそのヘンあったんだろうけど。この辺だけを切り取ると何ら境目はなく似たような世界の音をやっている気もするし、ソフツの最後なんてフュージョンに近かったワケだし、このコーネル・ヂュプリーのもそれよりも洗練されてるってだけで、ややジャズ寄りみたいな言い方になるのだろう。

 ホーンセクションを上手く活用してその中でのギターインストっていうようなサウンド、だから結構軽快でゴージャスな作品。なので、良くも悪くもBGM的に使われやすい音が出来上がってる。1974年時点でこれなんだからジャズの進化は凄いな。ある種ジャズとロックの融合でもある作品なのでロック側からなんでそんなに話題にならないんだろ?って不思議に思うくらいのアルバムだ。もちっとロック側の方から評価してみようよ。



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