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06« 2008/07 »08

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Author:フレ
物心付いた時からロックが好きでいつぞや何でも聴き漁るようになり、多趣味な生活を過ごしているロックマニア。

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Patti Smith Group - Radio Ethiopia 

 ニューヨークパンクの発祥は決してロンドンパンクの波と関わり合いがあるモノではない。それこそMC5やストゥージーズというわかりやすいモチーフがあって、そこに英国の王道ビート、The WhoやStonesなどの反骨的なロック魂をぶち込んで、そして更にアンダーグラウンドなアート、芸術性をその世界に持ち込み、ロンドンパンクのファッション性に飛んだ煌びやかなパンクの世界とは異なり、芸術性の高い、説得力のあるサウンドを打ち出していったものだ。しかし、そこはアメリカ、やはり深みの部分については一瞬の深さになってしまって継続的には出来ないジレンマもある。そしてパティ・スミスだ。MC5のギタリストであるフレッド・スミスを夫に迎えることで音楽活動から引退をもしたという潔さが彼女を伝説化させている部分かも。

ラジオ・エチオピア(紙ジャケット仕様) ホーセス

 そんなパティ・スミスが1976年、ロンドンパンク誕生前夜には既に市場にリリースしていたセカンドアルバム「ラジオ・エチオピア」。もちろんジャケット写真はロバート・メイプルソープの手によるモノでしっかりと見据えたパティ・スミスの表情が印象的。そして中味。何がそんなに良いのかわからないけれど、素晴らしい。メロディとかもあるんだろうけど、やっぱりパティ・スミスの歌声の説得力というのか、意志の強さなのか、伝わってくるものが凄く大きくて最初から最後まで感動しながら聴ける代物。くだらない曲がないんだよね。1976年だからホント、パンクという概念が一般化していない頃でしょ?だからこのアルバムも別にパンクの女王として言われるけれど、そういう音でもない。激しい曲があるワケでもないし。ただ説得力のある女性が歌を歌っているというだけで、楽曲的には言われるほどパンクらしいところは全くない。だから偏見なしに聴く方が正しい姿に痺れるんじゃないかな。ま、これは彼女の作品すべてに言えると思うけど。

 この頃のパティ・スミスってパティ・スミス・グループっていうバンド形式の名義にしていて、しかも最初のアルバム「ホーセス」をカーステで聴いたらえらくしょぼい音だったということに気付いてジャック・ダグラスをプロデューサーに迎えて分厚いサウンドを目指したってことだけど、そういう意味では確かに迫力のあるサウンドに仕上がっているかな。でも、そんなの今となってはあまり関係ないけど、そういうところにも気が付くのは本人のこだわりだろうね。確かに音の厚みってのは小さい音で聴いたときにもよくわかるし大きい音で聴いてもパンチが足りないわけで、その辺はファーストをプロデュースしたジョン・ケイルにはわからなかった、というかパティ・スミスの持つガレージ的なイメージには当てはめなかったところか。

 今の時代は幸せだよねぇ。昔この頃のパティ・スミスの映像なんて見れることなかったけど当然YouTubeにて見れる。そんなライブを繰り広げていたんだ…。もっと早く見たかったよねぇ。

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