Led Zeppelin - IV


 2006年最後のレビューはやっぱりロックの名盤で締めよう。過去から未来に於いて史上最大最高のロックバンドと云えばひとつしかない。レッド・ツェッペリン。その中でも今回は最高傑作として誉れ高いアルバム「Led Zeppelin IV」を書き連ねてみようか。いや、Zepに関してはファーストから順番に機会がある毎に書いているのでたまたま四枚目の順番になっているのだが、年明けも多分ロック名盤をいくつか乱列していこうかな、と。

 そうだなぁ、書いていくとキリがないのでサラリと(笑)。自分的にはこれを高校入ってすぐくらいの頃に聴いたのが最初でその前にもセカンドあたりは聴いたことがあるかな、っていうレベルだった。名前だけはよく知っていたツェッペリンの最高傑作だって云うことで聴いたんだけど、何かピンとこなくて、凄い偉大なモノを聴いたのにピンと来ない自分が未熟だと感じて何度も何度も聴いたもんな。もちろん「Black Dog」や「Rock And Roll」っていうナンバーはわかりやすかったんだけどB面がさ、キツイからねぇ…。アルバムが名盤だと云われるとどれも素晴らしい曲ばかりなのだ、という認識だったから制覇仕切れなかったっていうのがダメだったワケ。ま、今となればそれでもいいんだけど(笑)。

 「Black Dog」…、なんだこのリフは(笑)。中間のリフはジョンジーが考案したもので譜面にすると別に普通の音符が並ぶだけで全然問題のない拍子なのだが、ひとつのまとまったリフという構成からすると妙に聴きにくい、そして弾きにくいリフなのだよ。ドラマーがこれをコピーする時は真価を問われるもので(笑)、如何に他のパートの音を聴かないでリズムを叩けるか、みたいな(笑)。メロディー隊は如何にリズムに忠実にリフが弾けるか、みたいなね、そんな試験石でさ、慣れると簡単なんだけど最初はワケわからない状態になる(笑)。で、まぁ、Zepの面々も初期のリハーサルなんかでは間違えまくったり止まってしまったりしているので、ああ、彼等も人間だったんだ…と安心したこともあった(笑)。「Rock And Roll」もねぇ、ドラムのイントロから始まるんだけどさ、あのタイミングでぴたりと全員が入るって難しいんだよ、ホント。これも素人が集まってやったくらいでは絶対にできないっつう、何ともZepらしいヒネくれ感(笑)。だからZepの曲っってセッションでやろうぜ、っていうのがないんだよな(笑)。それとさ、まぁ、前の「Black Dog」もそうだし他の曲もそうだけど、とにかくこのギターの音ってかなり不思議でね、レスポールなんだろうけど、えらくトーンもマイルドだしそもそも歪み具合が妙で、ちょっと出ない音なんだよ。ま、普通にはね。そういうトコもこのアルバム全体では凄く凝ってて、一時期はこのアルバムの音作りとかリバーブ感とか音の重ね方とかエフェクトの使い方とか楽器とマイクの距離感とか、そういうとこばっかりを聴く聴き方していてさ、やっぱり凄く勉強になったし、さすがジミー・ペイジだ、って唸ったもん。一般的な評論で彼等が崩れないのはこういうプロ的な側面があるからだろうと思う。音楽だけではなくって、創作する過程ってのもプロデュースできてるワケだからね。いわゆるペイジ氏のアタマの中にある音が全て鳴っているっていうことでさ、それが人任せじゃないってのが凄いんだ。…いかん、やっぱり長くなりそうだ(笑)。で、「限りなき戦い」ね。Zepのアルバム中唯一ゲストが参加した作品で、それがまたサンディ・デニーっつうトコが英国的♪ Zep結成直前、ペイジはZepをアコースティックバンドからにするかハードロックからにするか悩んだと言う。もしアコースティックバンドからだったらこれほどの評価にはならなかったかもしれないが、ハードロックからアコースティックに行ったため、もの凄い評価になったワケだな。そんな過程があるから、当然アコースティックにも自信があったワケで、だからこそサンディ・デニーなんていう素晴らしい女性ボーカルをゲストに迎えても全く彼女が燻ることなくプラントと共に曲の激しさを奏でてくれたものだ。これもねぇ、ギター、凄く難しい。っつうかマンドリンなんだけどさ、こういう楽器をさらりとアルバムに入れられるってことはやっぱりそれなりに普段からマンドリンに接してないと無理なワケで、そういう面もやっぱり凄いんだよな。で、ギターはアレでしょ?う~ん、やっぱり音楽家なんだよな。で、A面最後…、あ、何も書けません。

 「天国への階段」

 これだけで三日間語れるかもしれないので、何も書かないことにしよう(笑)。全てが詰まった名曲です。

 やっぱりね、アナログレコードってのはよく出来ていてさ、「天国への階段」で終わったあとターンテーブルに向かってレコードをB面にひっくり返すっていう作業の「間」と言うのはこのアルバムでは絶対に必要。CDでこのまま「ミスティ・マウンテン・ホップ」に行くとやっぱ物足りないっつうか、違和感あるもん。で、その「ミスティ・マウンテン・ホップ」だが、最初は全然面白くないと思ってたなぁ。何でZepがこれを好んでライブでやってたのか理解できなかったくらいだもん。それは今でもなんだけどさ(笑)。で、次の「Four Sticks」。うん、ペープラで再度スポットを浴びた時にこの曲の持つ本来のゴージャスさと言うのを知らしめたっていうのはあるね。Zep流変拍子的な曲で最早完全にプログレッシヴな世界に入っているんだけど、土着的なリズムで盛り上げながらストリングスっぽい美しさも持っているという、しかもそれがギターで奏でられているところが妙な雰囲気を出していて、独特の味付け。これこそZep時代にライブでやってもらいたかったものだが…、ま、何度かやってうまくいかなかったからセット落ちしたみたいだけどさ。そしてまたもやアコースティックの名曲「カリフォルニア」。英国が憧れるアメリカへの郷愁と云った様相を見事に表したもので、最初のギターのアルペジオっつうかフレーズの使い方がいいんだよ。プラントの歌も歌詞は大したこと言ってないけどどこか幻想的な雰囲気になっているしねぇ…。最後の「リヴィー・ブレイクス」は、これもヘンな曲でさ。後半のトコで一小節多いとか(笑)、ドラムセットをどこかに置いてマイク一本で録音したとか、そのおかげでとんでもない迫力の音に仕上がったとか…、確かにもの凄いベードラの音でボンゾのけたたましさがよくわかる。しかしドラミングは決して派手なものではなく力強く迫り来るだけだ。そして楽曲そのものもとんでもなくヘヴィーなもので、冒頭からうわぁ~って引き込まれるし、何と言ってもペイジのギターのカラフルさが圧巻。最後まで迫力満点なんだよな、これ。凄く好きだなぁ。

 まぁ、てなことで軽~く書いてもこれだもん…(笑)。ジャケットとか紫盤とかキリがないよなぁ…。うん、そんなことで、一年の締め括りにはやっぱり最高のロックを大音量で流して全ての垢を落としたいね。やっぱZep最高だ~!

Loudness - Disillusion


 80年代のHMシーンが盛り上がってきた中、アメリカではLAメタル全盛期、それまでの英国から発祥したNWOBHMの流れは完全にアメリカで市場になっていた頃、日本代表としてキッズの声援を背に負いながら世界進出を果たしたラウドネス。日本風のアレンジや戦略は一切なしで正に向こうの土俵で勝負を賭けた心意気は見事なもの。しかもまだ駆け出しだったモトリー・クルーあたりとジョイントしたりしていて、さすがに世界戦略を担うバンドは違うものだと特別なファンではなかったけど、やっぱりどこか頑張って欲しいっていう気持ちはあったな。

 アメリカ進出する手前までのアルバムはどちらかと云うと往年の英国ハードロックに影響を受けたサウンドが中心で、明るいノリのHMではなかったのだが、アメリカ進出で意気込んだ「THUNDER IN THE EAST」ではジャケットだけ唯一日本らしさを出しているのだが、音も正にアメリカ狙いのサウンドに変化させて望んだ気合い作。個人的にはやっぱりこの手前の「DISILLUSION(撃剣霊化)」が一番好みではある。特にこれの英語版の方を聴いたな。そうすると日本のバンドっていう印象はあまりしなくなるし、かと云ってヨーロッパのバンドかと云われるとちと違うんだけどね。その辺が面白くってさ、実際海外進出してからの彼等はアメリカでの評価も高かったようだが、今でも根強い人気を誇っているのはヨーロッパ、特にオランダ周辺って云うから面白い。文化的にサウンド的に合ったんだろうなぁ、ああいうのが。

 名曲って何があるのかって言われるとなかなか難しいんだけど…ってのはやっぱりボーカルの声が好き嫌いってなるとあんまり好みではないからかもしれない。なんか無理が感じられちゃうからかもしれないけど…。でもギターの凄さはなぁ、世界レベルだおな、やっぱ。ルックスは別として。ドラムもだけどさ。ラウドネスって凄く曲にキメが多いバンドで、それでもタイトにしているのは多分レインボーの影響なんだろうなぁと今ならわかる。ギターヒーローという図式のかっこよさも正にそのままだし。ましてやこの頃既にヴァン・ヘイレンとかいたしね。やっぱギターってあれくらい弾けないとダメなんだ、なんて思ったこともある(笑)。

 うん、やっぱ世界に出ていって、色々なバンドメンバーの変換もあって、それでも今またオリジナルメンバーに戻って新しいサウンドを模索しているっていう姿は面白いし、昔からのファンもやっぱ聴いてみようって気になるってもんだ。それでもビデオ「EUROBOUNDS remastered」なんて見てみると、あの頃のラウドネスはやっぱり凄い、って思うんだけどね。

Flatbacker - 戦争


 様式美こそがヘヴィメタルの美しさとも思われていた時代、ジャパメタブームもかなり盛り上がり、一連のバンドが出揃った中で北海道からとんでもないサウンドを引っ提げたバンドが出てきた。北海道出身のメタルバンド代表と云えばサーベル・タイガーが筆頭になるのだが、それよりも遅くシーンに登場してきた割にはその骨太な音で世界進出までしてしまったフラットバッカー。当時はもの凄い衝撃を与えたモノだ。

 元々パンクやハードコアというものもインディーズシーンでにわかに活気付いていた時代だし、ジャパメタも盛り上がっていた時代で、ある意味この両種のジャンルは交わることなくシーンを二分していたものだ。ガスタンクがメジャーに躍り出た際にはかなりメタル寄りのサウンドだったりして反感を買っていたり、デッド・エンドなどはヘヴィメタルというジャンルに属していたモノのどこかガスタンクとの交流のせいかどこかパンクスにも認められている雰囲気があったりしたが、基本的に両種は別の次元のものという認識でシーンに浸透していたハズ。しかし80年代半ばにデビューしたフラットバッカーというバンドはその両者のエッセンスをたっぷりと持ちながらどちらにも属さないサウンドでシーンに登場。ヘヴィメタルの様式美とハードコアパンクの骨太さを併せ持っていた音で、何よりも歌詞がハードコアだった部分とメタル的な部分を持っていたからこそかもしれない。当時スラッシュメタルなんてのはまだ出てきていなくて、せいぜいメタリカが出始めるかそこらの頃だったが、我が日本でのこのバンドの音の方が鮮明に響いたものだ。

 デビューアルバム「戦争」の一曲目「ハード・ブロウ」から、なんだこりゃ?っていうくらいどぎついサウンドとスピードで「ミミズ」とかなんか凄いタイトルで、音もホント濃い~って感じ。セカンドの「餌(ESA)」ではもうちょっと落ち着いた感じがするけど、それでもやっぱ重いしね、この二枚だけでジャパメタの常識を変えたってのも過言じゃない。そしたらどういうワケかアメリカデビューまでそそくさと決定してしまい、ジーン・シモンズのプロデュースという素晴らしい栄光を勝ち取り、バンド名もEZOと変えたものの、ファーストアルバム「EZO」で全米デビュー。アメリカでのツアーもまずまずの成功だったと伝え聞くが、フラットバッカー時代からしてみても日本でのライブがあまり多くなかったので見れた人も少ないんじゃないかな。EZOは結局来日公演なかったし。このアルバムの音はかなり重厚で、スピード感は全く殺されているけど独特の雰囲気はしっかりと持っているし、それが多分日本的なモノだったようで、上手くジーン・シモンズが引き出している感じ。

 フラットバッカーの音は今聴くとかなり幼稚な感じもするんだけど、やっぱ凄いなぁ~ってのはあるし、EZOは今聴くと今でも通じるんじゃないか?っていうサウンド。ハードコアでなかなか面白い時代だったな。

Earthshaker - Fugitive


 日本のロックも洗練されてきた1980年代、関西ヘヴィメタルシーンが密やかに盛り上がりつつある中、一足先に躍り出てきたのがアースシェイカーだ。この時期の通称ジャパメタ一連のサウンドは70年代後期を一世風靡したレインボウに代表されるシンプルなリフとドラムによるサウンドがモチーフになっていることは明らかで、当然あのサウンドにやられた連中がこぞってバンドを組んだ結果のひとつとして捉えられる。中でもアースシェイカーはその走りでもあり、また日本人独特の演歌メロディをしっかりと採り入れた正にジャパメタと呼ばれるに相応しいバンドだろう。

 アルバム…っつうか、どういうワケか「モア」とか「ラジオ・マジック」ってのが有名なんだけど、アルバム的には「フュージティヴ(逃亡者)」や「ミッドナイト・フライト」あたりが一番それらしいし今でも聴き続けている人も多いはず。洋楽のホンモノばかりを聴いている耳からはどうしてもクサイ部分が気になってしまうんだけど、日本人である以上やっぱりこうなるだろうし、それが悪いかと言われれば決してそんなことはなくってね、割と心地良かったりする(笑)。ま、演歌入ってるからなぁ(笑)。まぁ、ギターの音とかもいい音してるし、テクニックっつうか音の使い方っつうか出し方ってのはやっぱり繊細な日本人なだけあって、細かく使い分けられているし、フレージングも多分ジャパメタバンドの中ではダントツの美しさを持っているんじゃないかな。コーラスワークもしっかりしているし、うん、今聴くと懐かしさもあるけどよく出来てる。時代の古さはしょうがないが(笑)。

 「T-O-K-I-O」とか「ミッドナイト・フライト」、「記憶の中」や「フュージティブ」なんてのは良いなぁ。歌っているのを聴くと思い切り歌っていて気持ち良いし、歌詞もクサイんだけどなんかね、悪くない。カラオケで歌うならかなり気持ち良いかもしれないな(笑)。

アースシェイカー - Twin Best: アースシェイカー Twin Best
アースシェイカー - Earthshaker Earthshaker



子供ばんど - We Love 子供ばんど


 英国でパンクロックが勃発した1976年、日本でも若干遅れながらも同じシーンがアンダーグラウンドで生まれていた。もちろん英国のそれに触発されたものも多かったが、70年代後半は正にアンダーグラウンドシーンが盛り上がっていた時期だ。しかし、その中でも英国の流れを一切無視するようにバリバリのアメリカンロックでライブハウスを盛り上げていたのが今や落ちぶれた…とは云わないが、うじきつよし率いる子供ばんどだ。

 メジャーになるきっかけはヤマハのイーストウェストと呼ばれるイベントだったが、その前からパワフルさが売りでしっかりとファンを増やしていた。ある意味ではどこか退廃的になっていた日本というシーンを全く別のところから盛り上げていたのではないかという時代性も手伝っているとは思うが(笑)。

 で、気を満たしてメジャーに躍り出たのが1980年。アルバム「WE LOVE 子供ばんど」だったわけ。これがまた、目一杯ロックンロールしているこのアルバムは子供ばんど史上最高傑作のひとつであることは間違いない。ライブで本領発揮するシーンもラストの「踊ろじゃないか」で凄く盛り上げている。ザ・フーに影響された今では日本語版の「サマータイム・ブルース」っつうのは彼等を於いて右に出るモノはない。それくらい直接的且つロックンロール的にカバーしていたものだ。あとさ、A面ラストの「ロックンロール・トゥナイト」はホントに最高のロックンロールだと思うし、ギター的にも結構面白いんだよね。これがロックンロールだ~って思うくらいのパワーと全ての要素を詰め込んでる曲だし彼等もこの曲には自信を持っていると思う。

 他のアルバム、例えばさ、「ダイナマイト・ライブ」なんかでは正に本領発揮なんだけど、LPでは45分で勿体ないなぁ、って感じだけどカセットテープ盤だと90分のライブ盤で、これがまた凄い。CDで出てないのが残念だけど、ロックンロールって楽しいな、と感じる一枚。他にも根、色々あるけどさ、やっぱ初期のは面白いな。気合いを感じたのは「ROCK&ROLL WILL NEVER DIE!!」の自費出版。う~ん、このアルバムも良いなぁ…。

カルメン・マキ&OZ - ファースト


 カルメン・マキさんのウェブサイトをちょくちょく覗く。ライブ情報を確認して見れる日時で見たいなぁという思いが強いのだが、未だにその機会に巡り会えていない。今彼女は色々なプロジェクトで歌っているようで、アコースティックモノだったりゲストものだったりと多様な活動をしている。まだまだ全国行脚も行っているようだし、なかなかタイミングが合わないのだ。しかし近いうちに見に行きたいなぁと思っている。一番観たいし聴きたいのはもちろんカルメン・マキ&オズの頃の歌だ。特にあんなハードロック調でなくても良いが、やっぱり聴いてみたいな。

 そんなことで、70年代ロック…と云うかこの人の場合は60年代末期のフォークからロックに転向して全てを捨て去り、と云うか本能のままに歌ったらそれがロックと呼ばれるジャンルだったという言い方になるのかな。アルバム聴いてるだけでその声量の凄さとか感じてくるし、繊細な心と云うのも歌詞からよく伝わってくる。で、今でもそのままのクセが付いているのか、先ほどのマキさんのウェブサイトを観るとメッセージのとこがあってさ、直筆で色々と書いてある。そのメッセージってのがやっぱ重くてねぇ、さすがロックな姉御の書くセリフだ~って思う。多分本人は普通に書いているだけで、自然体だろうけど(笑)。いや、全てじゃないけどさ、良い文章多いんだ、ほんと。

 そんなマキさんとの出会いはやっぱりファーストアルバム「カルメン・マキ&OZ」。ジャケットの裏腹さとは異なった「六月の雨」から始まる大掛かりな、っつうのか英国ハードロック的なとも云える展開を持った曲で、やっぱり70年代初頭からシーンに出てき始めた日本のロックの叫びの中でも最も激しくインパクトのあるバンドサウンドとシャウトする歌にノックアウトされるよね。最初っから8分の曲なんだからさ(笑)。続く「朝の風景」は激しい起伏と優しいメロディーが交錯する名曲だね。A面ラストの「Image Song」はある意味この頃のマキオズを代表するような曲調のひとつで、これも10分オーバーの作品。それでいて決してプログレには聞こえない、美しいメロディーとマキさんの心の籠もった歌がしっかりと伝わるパートに導かれて聴かせてくれる作品。最初と最後の繋がりがループしていて心地良いね。B面に入ると「午後のスケッチ」っつうストラトらしいハードロックなリフが引っ張っていく曲でね、いや、なんか時代を感じさせる「連れ込み宿屋の…」とかいいなぁ(笑)。この時代で面白いのはさ、単なるサビみたいなところで言葉を羅列することっってなくて、しっかりとメロディを持ってさびのラインを組み立てているってトコがさ、やっぱ売れ線でもないし、かと云って垂れ流しでもなくってポリシー感じるんだよ。うん、で、2分半の小曲「きのう酒場で見た女」みたいな可愛らしいのもいいなぁ、と。次ぎに続くマキオズ最大の傑作「私は風」の序章曲としては大いに喜ばれるべきラグタイムソング♪ 最後は、「カルメン・マキ & Oz - カルメン・マキ & Oz - 私は風 私は風」。書くことないくらいに凄まじいロックのあらゆる曲調が押し込まれていて更には強烈なエネルギーとパワーと悲しみが込められている名曲。イントロからして展開は読めないし、歌に入ってからもアレンジはもの凄いものがある。それでいてやっぱり歌を聴かせるバンドってことでメロディは滅茶苦茶かっこいいしね…。

 これをね、生で聴いてみたいんだよな。だからやりそうな時にライブに行きたいな、と。多分、もの凄い感動を記憶に溜めていけるんじゃないかと。70年代だけでなく今でも通じる、決して風化しないマキオズのロックはやっぱ凄い。

カルメン・マキ & Oz - カルメン・マキ & Oz カルメン・マキ & Oz
カルメン・マキ & Oz - 閉ざされた町 閉ざされた町
カルメン・マキ & Oz - III III
5X - カルメン・マキ’s 5X カルメン・マキ’s 5X



頭脳警察 - 1


 これまたクリスマスに聴く音楽でもないし、書く音楽でもないのだが、自分的に行きがかり上しょうがないなぁ~ってのもあって今のところ書き進めないと気が済まないだけなんだが(笑)。まぁ、いいじゃないか、クリスマスで世間が浮かれているのもありだが、そういう時代は自然に来たのではなく然るべき過程を経てこそできたものなのだという事実に気付いてみるのも面白いでしょ。そんな時代の旗手ともなり、そして「ロック」という定義を大きく疑問視させたパフォーマンスとその音楽が伝説として語られているパンタ率いる頭脳警察。

 昔、全く手に入れられないレコードだった。ファーストセカンドもジャケットすら見たことがなかった。しかしバンドの名前は有名でね、よく云われるようにザッパの曲のタイトルから和訳されたバンド名、ってのとジム・モリソン並みに過激なステージパフォーマンス、そしてアルバムは発禁品だったり市場回収品だったりとあり得ないだろう、ってくらいの話だけが伝わってきた。で、どんな音なんだ?ってのが凄く気になってたね。

 で、その音に巡り会えたのはレコードでもCDでもなくって、たまたま何かのイベントのライブを見に行った時にパンタ氏が客演していて、その時に昔々の歌ですってことで頭脳警察の初期ナンバーを一人でアコギで歌ったワケ。それで初めて頭脳警察ってバンドの音を知った。もちろん初期以外だったらレコードもあったんだろうけど、何かそのヘンは聴こうと思わなくてさ、聴くなら初期って決めてたしね。で、聴けたのがその生ライブ。

 そうだな、ロックって色々ある。例えば頭脳警察の場合なら、ギター一本とパーカッションしかないそんなに上手いわけでもないライブ盤が伝説のアルバムになっているワケで、構成的にはやっぱその後に流行してくるフォークの流れでしょ。長渕剛や吉田拓郎だってフォークで相当反戦歌や政治的アジテーションを含んだ歌だってあっただろうに。しかし彼等はフォークシンガーの革命者として讃えられている。しかし頭脳警察は?パーカッションがいたからロックか?いや、関係ないよな~。で、やっぱりパンタ氏の持つパワーや気合いっつうかエネルギーっつうか直接的なスタイルと云うか、そういうのがロックで、当時の定義からは大きく逸脱するスタイルだったのにどう聴いてもロックだったというワケだ。

 今の時代にこの音が響くかと云えば響かないだろうし、歌詞にしてもそんなに過激なのかと云われても今では既にそういう世の中になっていると思うとそんなに気にすることもないのだろう、だからこそ20世紀に入って全ての音源がリリースされたのだ。が、勘違いしてはいけない、その反発したエネルギーとパワーを生々しくぶつけることがこの時代のロックの、そして今でもそれが本質なのだ、うん。

村八分 - Live


 世の中クリスマスイブってことで相変わらずのクリスマス商戦と、カップルのデートが盛んな良い時期に、何故にかしらんが、クリスマスなんぞとは全く無縁としか思えない退廃的な70年代初頭の日本のロックを書いている自分…、う~む、ま、いいや(笑)。しかもよりによってその中でも最もツマハジキな日本の伝説のロックバンド、村八分だ。ある意味で奇跡のバンドとしか思えないのだが、ま、世の中には無頓着っつうことでクリスマスイブに村八分、良い組み合わせじゃないか。

 ライブこそがロックバンドだという至極当たり前のスタンスを貫き通した日本で唯一のメジャーなロックバンドではないだろうか?そう、スタジオ録音盤というものを制作して販売してプロモーションしてツアーやる、という過程ではなく単にライブを繰り広げてその知名度を日本中に知らしめた、そしてロックとはこういうものだという印象をも植え付けたのだ。だからこそ今でも村八分というバンドの名前は何となく知っているけど、実態はよく知らないという輩が多いワケで、そりゃそうだ、名盤とかアルバムとかでのこされてないんだから。

 とは言え、1973年の解散間際に録音された「ライブ」というアルバム、京都大学西部講堂で録音されたもので、今では聴ける他のライブアルバムと比べてみても圧倒的に出来が良く、またボーカルのチャー坊のラリ具合が適度なテンションを維持していたためか素晴らしいロック伝説を生み出す程のライブを収録した一枚がリリースされている。…っつうかそれだけ。ここ何年かでいくつか発掘音源がリリースされたりボックスセットがリリースされたりして、短い活動期間に行われたライブの音源のいくつかが聴けるみたいね。そこまで手を出してはいないけど、やっぱ最初の「ライブ」でしょ。なんてったって富士夫ちゃんのギターの鋭さったらありゃしない。ギターにロックの魂が乗っかってるもん。問答無用、って感じでさ、いいんだよ、こういうので、ロックってのは、みたいなね。

 富士夫ちゃんのバンド、ティアドロップスになってからは当然普通のメジャーシーンと同様の展開になるんだけど、チャー坊はそのままだったみたいで、94年にオーヴァードーズで亡くなっている。時代に取り残された人だったのかもしれないな。サンハウス、村八分、外道、このあたりはやっぱ本気でロックだよ。うん。

外道 - Live


 1970年代半ば日本のロックが栄え始めていた黎明期には多くのアウトローな連中がひしめいていた。そしてどれもこれも筋金入りのロッカーばかりで一般人には近寄れない譜に気とカリスマ性を持った人間だけがその和の中に入ることを許されていたが、中でも非常に危険な存在であると思われるバンドがいくつか存在しており、その中のひとつに「外道」が君臨していた。そもそもはメインとなる加納秀人が警察官に「この、外道!」と怒鳴られたことから「外道」というバンド名を決定してあちこちに出没してライブを行っていたことがきっかけで、決して彼等はデビューしたいとか売れたいとか一切考えていた訳ではなく全てが偶然の産物だったようだ。

 トリオ編成でライブを行っていた時、既に地元では話題になっていたようで、そこへミッキー・カーティス登場、そのまま8トラックのリールを回したものがファーストアルバム「外道」という屈指の名作ライブアルバムになったワケだな。まぁ、それ以降の奇行というか話題は尽きなくて、オフィシャルHPでも見てもらえば良いのだが、何と言っても今では伝説的な話として1975年1月にハワイで行われたフェスティバルで10万人を集めたライブを行い、世界的に話題になったということだろうか。そこから世界に進出を目論んだようだが進む前に断念という残念な結果がもったいない。彼等の実力を持ってるればまだまだ世界は近かったはず!その75年の後楽園で行われたフェスではベックやニューヨーク・ドールズ達と競演し、話題をさらったようだ。ん?ドールズってここで来日してたんだなぁ…。なるほど。

 と、まぁ、何となくその辺までは漁れるんで良いけど、やっぱね、京都で行われたライブを収録した「拾得ライブ」が一番インパクトあるだろうな。アマゾンにないけど。こないだ再結成した時のライブをたまたまテレビで見たんだけどすげぇかっこよくってさ、伝説的に聞いていたままのスタイルでプレイしていて、もちろん鳥居もあるし着物だし。そして音が、ハードロックなんだけどジミヘンみたいに荒々しい加納氏のプレイ、そしてえらくキャッチーなメロディセンス、当時何処かで聞いたり見たりしたらハマるだろうなぁと思う。その頃に出たベスト盤あたりが入手しやすいし、DVD付きの初回版もまだあるのでオススメだなぁ。

 この頃の日本のロックは実に気合いが入っていたし、世界レベルで張り合えるバンドもあったので今聴いてもやっぱり面白い。短命というのも特徴的なんだけどね(笑)。

Flower Travellin' Band - Satori


 60年代末期、日本発ながらも真っ向から英国ロックと渡り合い、そしてカナダやアメリカに乗り込んでいった果敢なバンドがいた。元々は内田裕也が参加していたフラワーズと云うバンドが走りとなったものの裕也氏は裏方業に回り、フロントはジョー山中氏をメインとする正に英国然とした重いハードロックを演奏するバンドとして、そして世界進出を目標として作られたバンドがフラワー・トラベリン・バンドである。デビューは1969年、ファーストアルバム「ANYWHERE」でデビュー。これがまた…サバスだのアニマルズだのクリムゾンだののカバー曲で占められていて、その独自の重さというか解釈というか混沌さというか、日本人的な解釈がその後のバンドの足取りを掴むにはうってつけのアルバムで、ジャケットがこれまた良い。ふざけていて素晴らしいと思う。ダブルジャケットだから開くと更に面白く見れるんだけどね。

 で、やっぱりこのバンドの真髄が聴けた日本のロック史に燦然と輝く、そして世界にターゲットを定めて放たれたアルバムが「サトリ」だ。この頃の日本は日本発というバンドの売り方を知っていたと思う。そこかしこに日本風な味付けは出てきているんだけど、決して和風なのではない。仏をあしらったジャケットにしても和風ではない、日本を売っている。音の中身も同じで演歌的な日本的なものではなく、明らかに英国ロックをベースにしたハードロック調且つ日本風の独特のおどろおどろ感みたいなものと間合いをうまく紡ぎ出して音世界を作っているのだ。このセンスはホントに素晴らしいし、今でもやっぱり燦然と輝くレベルのロック。媚びることもなく、出し過ぎることもなく、自然体で真っ向勝負。長く続けば結構いけたんじゃないかなぁと思うけど…、ま、それはそれ。

 この「サトリ」というアルバムだが、全5曲、曲のタイトルは「Satori 1~5」です。うん。組曲。このアルバムが出たのが1970年。その時代に既にハードロック調で組曲なわけ。日本ね。凄いんだ、これがホントに。でさ、日本人だからなんかこう、余計にその間合いってのがわかっちゃうからツボにハマルんだよ(笑)。シャレにもならないけど、ホントに悟りたくなるもん(笑)。日本のロックなんてさ、って思ってる人も多いと思うし、自分もそうだけど、このバンドは正直に世界のバンドとしてまっとうに通じるレベルだよなぁ、と今でも思う。凄い。

 ストーンズの幻の日本公演、1974年だっけ?この時の前座バンドはこのフラワー・トラベリン・バンドと決まっていたらしい。もしストーンズが来日していたら、このバンドも解散しなかったかもしれない、そう思う。うん、英国の同時期のバンドと一緒に聴いていてこれほど違和感なく聴けるバンドってない。騙されたと思って聴いてみてよ。

山内テツ - 伝説のベーシスト



 70年代初頭の英国ロックこそが最も刺激的でロックらしい雰囲気を出していたという点に於いては多くの人が賛同することだと思う。そしてその中に一人の日本人ベーシストが二つの大きなバンドを渡り歩いたという事実も広く知れ渡っているはずだ。
 
そう、フリーのアンディ・フレイザーの後任者、そしてフリー解散後にフェイセスに加入、こちらはロニー・レイン後任者としてバンドに君臨する。どちらも前任者が強烈な個性とカリスマ的音楽センスを持っていたため、どうしても影に隠れてしまう面が大きいが、日本人としてやっぱりこういった功績は嬉しい限りだね。それがあるおかげで、普通ならあまりメインメンバーの欠けた後のバンドってのをあんまり聞くこともないのが、聴いてみよう、ってことになるし。そもそもはミッキー・カーティス達と一緒にプレイしており、フリーが来日した際にどうやらメンバーと意気投合したってのが山内テツさんが渡英するきっかけになったようで、アンディ・フレイザーが脱退後、声がかかったようだ。ま、その後にはご存じ「コゾフ/カーク/テツ/ラビット」っつうフリーらしきアルバムに参加していたりするが。その後は人柄と的確なテクニックを買われてロニー・レイン脱退後のフェイセスに参加し、アルバムだと「ロッド・スチュワート & フェイセズ / ライヴ」で彼のベースが聴けるのは有名な話。

 で、まぁ、英国ロック黄金期を最も間近で体験していた伝説のベーシストはその後どうしていたのだろうか?帰国した頃の1974~5年に日本でスーパーセッション的な作品「フレンズ」を残しているようだ。もちろん聴いたことないんだけど。その後には自身のソロアルバム「ききょう」をリリースしていて、これはちょっとだけメジャーなハズ。で、驚くことに最近…っても90年代になってなんだけど、いくつか作品をリリースしているようで、アマゾンにも置いてあるみたい。どうやら、フリージャズ的なセッションという方向性に行き着いている様子で、まだまだ勇姿が聴けるんだ~って思うとちょっと嬉しい。

Marchosias Vamp - 薔薇が好き

 
 ギブソンEBシリーズを使ってるってことで思い出した人が一人。我が日本に王道ロックから影響を受け、それをそのまま体現していた凄いベーシストがいたんだな。マルコシアス・ヴァンプってバンドのベース、佐藤研二氏。イカ天の頃に出てきたバンドだから何のかんので既に20年近く前になっちゃうのか? テレビで見たときは狂喜乱舞したもんなぁ。バンドの音も凄く好きだったし姿勢も好きだったし、でもってこのベースの音♪ EBシリーズだからもちろん歪みまくっててね、もうブイブイ云ってるワケさ。しかもこの人両手に手袋はめて弾いているから何だかよくわかんないけどかっこよい(笑)。ボーカルの秋間氏も完全にマーク・ボランに成り切っていて凄い世界だったしさ。でもこの人達が単なるモノマネで終わらなかったのは秋間氏の見事に毒のある歌詞とベースのインパクトじゃないかな、と。

 う~ん、かと云ってそんなに一生懸命聴いたバンドかと問われるとちと返答に困るくらい聴いたアルバムが限られている(笑)。初期オンリーなんだもん。いや、「薔薇が好き」が好きでねぇ…。歌詞がとにかくいやらしくて良いセンスだなぁ、と。他にもいくつか好きなのあったけど、あんまり覚えてない(笑)。「Fake」とか聴いたな。アルバムだと「乙姫鏡」あたりか。初期のはすごくグラマラスでグルーブ感が好きだね。そのグルーブ感ってのが多分この佐藤研二氏のベースから生まれてくるものなんだよ。

 しかし、アマゾン、見事に何もないな(笑)。イカ天なんてどーでもいいしバカにしてるんだけど、このバンドはイカ天を踏み台に使って上手くメジャーに出てきたな、っていう印象かな。実力派だっただけに今どうしてるのか…、多分今でも9月16日のマーク・ボラン追悼ライブには必ず出てきてるんじゃないだろうか。佐藤氏何してるんだろ?

Andy Fraser - Free


 ロック界にベーシスト数多くいるものの、アンディ・フレイザーの独特のリズムとベースラインは完全にオリジナルで今でも唯一無二のベースサウンドだ。もちろんこないだのBBCのライブ総集編DVDがリリースされた伝説のフリーのベーシスト♪ そういえばあのDVDも全部の映像を押し込んだっつうけど、他にもまだ残ってる映像ってあるんだろうなぁ…どうえならホントに全部詰め込んでもらいたいものだ。そしてBBCライブの方も2枚組でボリュームたっぷりとは云うモノのまだまだ残されているだろうから第二弾を期待したいね。

 で、アンディ・フレイザーだが、ご存じのように独特の横ノリで展開していくベース…と云うかリズムで、これほどスカスカでヘヴィーなサウンドを創り出したのがこの人。フリーの中でロジャースと共に曲を作っていた人なのでモロにフリーのサウンドを作っていたわけだ。ブルースに拘ることもなく作っていたハズだけど、コソフのギターがあれだし、元々がアレクシス・コーナーのトコロにいた人なのでブルースが自然に身に付いていたってのもあるだろうな。でもさ、実はアンディの自作のバラードとかが凄く綺麗だったりするんだよ。

 で、まぁ、フリーが若くしてゴタゴタとなった時にはトビーっつうバンドを作るけど、全く鳴かず飛ばずで、フリー再結成、その後すぐに離脱してからはシャークスやったりしたけど、これもすぐに脱退して結局ソロ作をリリース。ファーストは期待して聴いたもののやっぱりなぁ、フリーのあれは幻だったんだろうか。セカンドにしても唸ってしまう作品で、やっぱ見放してしまうよな。それ以来シーンで名前を聞かなくなってしまったのが残念。先日リリースされた総集編DVDでのインタビューでようやく久々に顔を見て、しかもエイズだって云うから困ったもんだ。

 やっぱり天才ってのは紙一重なんだな、と改めて思う。でもね、やっぱフリーの全作品は燦然と輝いているし、個人的にはシャークスのファーストも好きだし、なんつってもギブソンEBシリーズのベースを使ってる人、好きなんだよ(笑)。音が歪んでてかっこいいんだもん~。

Free - Free: Live At the BBC Live At the BBC

Greg Lake - From the Beginning


 キング・クリムゾンのオリジナルメンバーだったグレッグ・レイクと同じくプログレの代表格となっているEL&Pのグレッグ・レイクというのが同一人物だというのは最初は驚きだった。もちろん後追いなのでその辺の歴史的な部分が結構ごっちゃになっていて、クリムゾンやEL&Pってのは同時代のバンドだと思ってたからかな。それに気付いた時、グレッグ・レイクって凄い人だなぁ、ふたつの偉大なバンドのオリジナルメンバーだったんだ…などと感激していたことがある。なんかね、バンドってさ、それまでは一回組んだらもうずっとそのまま、みたいなモンだと思ってたからジャズみたいにリーダーが変わってメンバーが替わるっていう感覚はなかったんだよな。ところがクリムゾンの歴史を垣間見ると全アルバム同じメンバーってことがほとんどないワケでさ、なんじゃこりゃ?ってのが先だったね。

 そんな中、グレッグ・レイクのベーシストとしての認識はジョン・ウェットンのそれと似ている部分は多いのかもしれない。ベーシストだけどギター弾いて歌も歌うっていうミュージシャンだしさ。この人もキャリア長いから色々やってるけどやっぱクリムゾンの最初のベースの凄さが印象的で、まぁ、そういうべーシストの走りだよね。EL&Pになってからもプログレベース路線なんだけど、結構この人がロックしてたっていうの大きいんじゃないかな。音楽的と言うよりも何かロック。でさ、面白いコトに80年代のスーパーグループとなってもうじき来日するエイジアにも一瞬だけ参加しているんだな。ジョン・ウェットンが来日公演前に離脱して、その代役を務めたのがグレッグ・レイク。で、すぐレイクも脱退してしまうとまたジョン・ウェットンが復活するという顛末があり、どことなく二人の役割が似通っているってのも面白いね。

 しかしこの人、ハードロッカー達からも引っ張りだこ状態でゲイリー・ムーアともアルバム作っちゃうし、エマーソン・レイク&コージー・パウエルってバンドもあったりする…。で、リンゴ・スターのオールスターバンドにも参加してて、やっぱ昔の名前の人になっちゃってるんだな。面白いトコロではザ・フーのベスト盤に収録された新曲に参加しているっつう、やっぱりロッカーの血が騒ぐのか、はたまたどういう繋がりがあったのか結構疑問だが、驚いたものだ。

John Wetton - Session Man


 放浪のベーシスト、ジョン・ウェットンというイメージだが深みにはまって追いかけてみると実はこの人歌が歌いたいベーシストだったり、ポップなのが好きな人だったりという結構よくわからない人。まぁ、本気で追いかけてない自分がいけないんだろうけど、それでもやっぱ凄い人だなぁ~ってのはそのキャリアが物語っている。で、もちろんベースもブイブイ鳴らしてて、そのかっこよさが印象的なんだよね。

 で、まぁ、メジャー所ではもちろんキング・クリムゾンの「太陽と戦慄」から「暗黒の世界」「レッド」とこの時期のライブ盤が強烈なわけだ。うん、この辺は言わずもがなってトコなんだけど、この前には後期ファミリーに参加している。ロジャー・チャップマン率いるあのファミリーね。個性的かと云われるとそんなでもない気もするけど、それでもこのバンドに参加しているっつうのはやっぱ驚き。で、その後ピート・シンフィールドのソロ作やピーター・バンクスのソロ作に参加しているんだよね。だからクリムゾンよりも先にクリムゾンを抜けた人とやってたり、元イエスの肩書きの人とやってたりする特異な人。まぁ、どちらも目立たないっちゃ目立たないんだが。

 で、クリムゾン解散後には驚くことに今度はユーライア・ヒープに参加するんだよな…。この転身はかなり意外だけど、どうだったんだろう?実はこの頃の「Return to Fantasy」「High and Mighty」って云うヒープって全然聴いたことないからウェットンがどんな感じなのか知らないんだけどさ、まぁ、ハマるって感じもあるけど…。しかしケン・ヘンズレーとウェットンってどっちもうるさそうだな(笑)。で、UKか。ま、これはいずれ…。そして驚くことパート2、ウィッシュボーン・アッシュに参加だよ…。ま、こっちは一曲だけの参加だからまだ納得できるんだが(笑)。アルバム「Number The Brave」だね。で、アトール参加もさることながら待ちに待ったエイジア♪ これが話題中の話題でねぇ。個人的にはどうしても「Asia - Alpha - Don't Cry Don't Cry」なんだけど、驚くべきポップさ。これぞウェットンの真骨頂って感じかな。

 んなことで、ベーシストとしての語りのハズなんだが、この人の場合はどうしてもあちこちに話が行ってしまう(笑)。ベーシストとしての究極はクリムゾン時代でしょ、やっぱ。ジャック・ブルースとかと全く差がないくらいのプレイだもんね。

Jaco Pastrius - Jaco Pastrius


 ベースという楽器が注目を浴びるのは何もロックに限ったことではないのだが、それでもロックのフィールドにいる人間に訴え出てくるくらいの人ってのはあんまりいないよなぁ。ジャズの世界だって、そりゃいっぱい凄いベース弾きいるんだけど、普通にロック話している中ではやっぱ名前も知らないっていう感じだもんな。が、しかし、ロックの世界だろうと何だろうと多くの人が知っている人がいる。

 ジャコ・パストリアスだ。

 ベース一本で世に出てきた人だ。自分ももちろん全作品聴いたワケじゃないけど、やっぱベーシストっつったらこの人の名前が出るでしょ。ベースという楽器を最大限に活用して単品でも音楽が成立することを証明した稀代の天才。ファーストアルバム「ジャコ・パストリアスの肖像」をよく聴く。超絶早弾きにしてもメロディーセンスにしてもロック界で云えばヴァン・ヘイレンのギター並みのインパクトがあったハズの作品だもん。当時在籍していたウェザー・リポートってのはあんまり聴かないけどジャコ・パストリアスの入った時期の「ヘヴィー・ウェザー」とか聴いたことあってね。音楽のジャンル分けについて拘ることはないんだけど、ジャズではなくフュージョン系列のサウンドは個人的にはあまり好みではないので聴かない。でもこの人のはそういうの関係なしに聴けるね。いや、今ではまぁ、それなりにフュージョンも聴けるけど、さわやか過ぎてダメだったんだよな、前はさ(笑)。でも、ジャコ・パストリアスとかUB40とかはちと違うんかなぁ、と。よくわかってないんだけど思ってる。

 で、この人波瀾万丈な人生っつうか破滅的な人生送ってケンカで死んだんだよね…。35歳っつうからまだまだだったのになぁ、やっぱり天才は紙一重とはよく云ったものだ。ロックのベースとは違って音にエッジが立っているワケじゃなくて滑らかにベースラインが歌っているっていうもので、当然パーカッション的なものと絡み合うところが心地良かったりする。ウェザー・リポート時代はバンドのアンサンブルの中にこのベースが入ってくるので更にスリリングなものになってきて、やっぱライブが凄いらしい。そのうち見たいなぁと思ってるけどDVD出てないよなぁ…。

Noel Redding - Fat Mattless


 本人はベーシストという自覚をあまり持ちたくないと思われるんだけど、ロック史に於いては完全にスーパーベーシストの地位にいるという面白い人、ノエル・レディングジミヘンのエクスペリエンスでのベーシストだね。この辺は結構有名な話だと思うけど、ジミヘンっつうのはアメリカ人なんだけど、英国のバンドのアニマルズのチャス・チャンドラーが発掘して、アメリカじゃなくて英国に来れば刺激もあるし必ずデビューできるからと説得してジミヘンは英国に来たんだわな。で、その時のバンドの面々なんてのはもちろん一緒に英国に来るはずもなく、単身での渡英になったわけで、で、まぁ、英国でそのヘンのツテかオーディションかで集まったのがミッチ・ミッチェルとノエル・レディング。で、ノエルの場合は美味しい話そうだったので本当はギター弾きだったんだけど、ベースを持って参加することになっちゃったってこと。ま、彼の人生としては悪くない選択でしょ。満足度は別として。

 そんなことでこの人もホントに数年間だけロック界で煌びやかなスポットを浴びてしまった人だな。いやぁ、テクニックっつうか、やっぱ元々ギタリストだからジミの弾くギターとの掛け合いは普通のギターの掛け合いと同じレベルで聴けるっつうのはそりゃそうかとも思うけど、それでもやっぱりベースとしてのラインの面白さはあって、決してルート音を引き続けないっつう面白さは多分ギタリストだからできないっつうか、感覚的にあまりなかったってトコかななんて推測。ま、ジミヘン存命時からバンドとの折り合いが悪くて途中で抜けてしまうんだけど、結局ねぇ、そのままだったな。

 ジミとはその後仲直りしてて、ジミも戻ってもらいたがっていたみたいだけどその頃には彼はファット・マットレスっつうバンドを組んでいたり、一説に依ればミッチ・ミッチェルとキース・レルフなんてのと一緒にバンドを組んだとか…、なかなか興味深い事実があったりするのだが、形として残されているのはファット・マットレスくらいで、まぁ、音は別に面白くはないのだが(笑)。それ以降はソロ活動だったようで、アマゾンで探すと結構CDが出てくるので驚いた。

 そしてほとんど知られていないが彼は2003年5月に既に他界しているのだけど、全然話題にならなかったなぁ。ま、そう言うならばミッチだって今どうしてるか知らないし…、う~む、世の中はある意味冷酷だ。

Noel Redding & Friends - Live From Bunk R - Prague Live From Bunk R - Prague

Jack Bruce - Things We Like


 ロック界ベーシストで名が挙がる人ってそんなに多くないのでは?と思うのだが、それでもやっぱ凄い人は何人かいるもので、その中でも多分、かなり有名な人…、いや、一番はポールっつうのは知ってるので(笑)、でも、話いきなり逸れるけど、ポールのベースラインってのはやっぱ凄く斬新でセンスのある見事なものなんだよね。かっこいいもん。だからやっぱり最高のロックベーシストの一人です、はい。別に音が嫌いなワケではないのでそれくらいは知ってます~。

 で、ジョン・エントウィッスルが全くもって素晴らしいベーシストなのだが、一瞬だけ光り輝いたバンドにいたがためにその才能が世界に知れ渡ってしまった素晴らしきロックなベーシストがジャック・ブルースですね。もちろんクリームの三年間が彼のアドリブプレイのセンスの最高峰だとは思うんだけど、もともとジャズ畑の人で、それがロックに飛び火したって感じなのでそりゃもうフレージングが天才的というのかベーシスト的というのか、バトル、だよな。クリームってさ、やっぱクラプトンが異質なプレイヤーだったんだと思うもん。ま、それはいいんだが…。

 結構意外なキャリアがこの後に築かれていたのだけどあまり知られてないんだと思う。驚くことにジミヘンと一緒にやっていた天才ドラマー、ミッチ・ミッチェルとラリー・コリエル、それとマイク・マンデルっつう人と一緒にライブをクリーム解散後には行っていたようで、ちょうどミッチ・ミッチェルもジミを失った頃なのかな、理想的な組み合わせだったのにねぇ、しかもラリー・コリエルっつう素晴らしきギタリストと一緒だったのにやっぱスーパーバンドは上手く行かないのだろうか。ソロアルバムで面白いのはやっぱファースト「Songs for a Tailor」かセカンド「Things We Like」かなぁ。ジャズなんだけどロックでさ、クリーム時代は結構ポップ路線で頑張ってた分、ソロでは好きにやってるな。結構ねぇ、ジョン・マクラフリンとかジョン・ハイズマンっつう面子でやってて、プレイヤーには恵まれてると思うんだよな。セールス的なところがダメだったのか、音楽が大衆に合わないのか…、確かに何度も普通には聴かない作品ではある。もちろん玄人には好まれる作品だとは思うが。その後もミック・テイラーとやったりさ…、結局表舞台に立つことがあんまりなかったんじゃないかな。でも凄くアグレッシブなプレイと激しい性格は相変わらずなんだと思う。

Jack Bruce - Songs for a Tailor Songs for a Tailor
Jack Bruce - Things We Like Things We Like
Jack Bruce - Out of the Storm Out of the Storm

Blackmore's Night - Winter Carols


 素晴らしい。とにかくリッチーがキャンディス嬢とやるようになってからのアルバム全てが素晴らしいのだが、このクリスマスシーズンを狙った「ウィンター・キャロルズ」は実に見事にクリスマスを表現しているし、もちろん古き良き音楽を原題の音にして甦らせているスタンダードなナンバーばかりらしく、もちろん日本人にはそれほど馴染みがないものばかりなのだが…、それでも、まぁ、やっぱ雰囲気はわかる。でもって、この人こんなに音楽の才能あったんか、って思うくらいにホンモノのルネッサンス音楽なんだろうなぁ、こういうの、綺麗に音を使っているし、繊細さの出し方が巧い。キャンディス嬢の歌もリバーブバッチリで凄く綺麗に空気に溶け込む感じで良いねぇ~。大好きなんだよな、こういう音楽。英国トラッドあたりとは異なった中世の宮廷音楽の再現なのだろう。気持ち良い。

 曲そのものはそれほど知ってるものはないんだけど、ファーストの「シャドウ・オブ・ザ・ムーン」に入ってる曲のリメイクは改めて名曲だったんだなぁと実感したね。他にもコーラスワークやら何やらとあるけどクドクド言う前に聴いてみろ~っていうくらい良い♪ 是非クリスマス前までに聴くことをお薦めするんだが…、多分それ以降だと気分的に聴きたくないんだと思う(笑)。しかしさ、こういうギターの弾き方ってのはどうやってマスターするんだろうね?もちろんアコースティックなんだけど爪弾き方っつうかさ、フォークでもないし、ま、ジミー・ペイジなんかもそういうのあって不思議なんだけど、リッチーもやっぱ凄いなぁ、とマジマジと思う。ハードロック時代にはここまでのアコギ技って聴けなかったしね。確かにソロのフレージングなんかはやっぱりクラシカルなバロック調のものも多かったので、それが後のヘヴィメタの基礎にもなるんだけど、その深さが違ったなぁ、ここまで来ると。いや、実に素晴らしい。

 いつも聴く音楽ではないけど、流れていたらとてつもなく心地良い音だから恋人達も盛り上がることだろう…。しかし一番不思議なのはこの二人ってほんとにまだ続いてるの??恋人っつったって年齢差ありすぎるんだからさ、いい加減終わっててもおかしくないのだが、マジでまだ恋人なのか?だとしたらその方が不思議なのだが…、でもこんなに甘ったるい作品が出来ちゃうんだからまだ付き合ってるんだろうなぁ…。いや、それが一番不思議。やっぱファザコンなのだろうか…。

Blackmore's Night - Village Lanterne Village Lanterne

John Entwistle - Master Class


 何気に日本に来ている回数が多いジョン・エントゥイッスル、結局肝心のザ・フーでの来日は果たせなかったという哀しいオチがあるのだが、イメージの中では数々のセッションワークでの来日公演と2004年のザ・フー初来日公演でのピートとロジャーのパワーを脳内イメージすることでザ・フーのバンドのパワーを想像すると、やっぱりとんでもないバンドだ…っていう結論になるのだ。ストーンズの良さとかキンクスの良さとは異なるザ・フーのパワー、これはもうやっぱ凄かったんだろうなぁ、と。

 で、哀しいかな2002年6月、ザ・フーのアメリカツアーの前日に心筋梗塞かな?で敢えなくその指裁きに終わりを告げてしまったのだが、その前夜のリハーサルまでバリバリに弾いていたらしいんだよな。あぁ…、残念。で、この人のベースってのはもう最初の頃から=「My Generation」からベースがバキバキ鳴っていて、それこそリードベースという唯一無二のステータスを築き上げ、後にも先にもこんなベーシストはいないのだ。ジャコパスあたりとは全く違うワケで、いや、それももちろん凄いんだけど、ロックバンドのベーシストの中でこれだけのベースを曲中で曲を殺さずに生かし切ってたというセンスが素晴らしい。ビデオやLDなんかが普及してきた時代のザ・フーの映像、例えば「New Tommy Live」あたりを見てると金色の弦でほとんどヴァン・ヘイレン並みのライトハンドに近い弾き方で、しかも開放弦を混ぜながら弾くので視覚的なパフォーマンスもあって、凄さ倍増~ってね。こないだ出た1996年の「四重人格ライブ」のでは「Real Me」でもの凄いベースソロがあって、やっぱぶっ飛ぶワケさ。

 で、結構ソロ活動も盛んだった人で、死んでからだけどソロライブのDVDが出てて、もうやりたい放題(笑)。他のメンバーとの格差がありすぎるくらいなんだけど、本人は凄く楽しんでやってるんだよな、これも凄いんだよ…。それと、DVDネタではよくある教則ビデオシリーズにも出ていて、それがさ、やっぱりマスタークラスという難易度最高のところで出ているのが笑える。そりゃそうだよなぁ~って。こんなん教則にしても意味ないだろ、とか思うが(笑)。

 なことで、世界最高のベーシストのトップに位置するジョン・エントゥイッスル、も~一度きち~んと聴き込むとやっぱり心地良いよ~ん♪

The Best - Live In Japan 1990


 時代はバブル全盛期、日本国は金にモノ云わせて世界のバンド浪人生に対して実に歴史的な提案を施したもので、驚くべきセッションが日本の数公演でのみ実現した、それがザ・ベストと呼ばれたバンドだった。知ってる人どれくらいいるのかなぁ、どの人のキャリアをネットで見てもほとんど載ってないので多分、世界中のロックファンでもそんなセッションがあったことを知らない人多いんじゃないかなぁ、と思う。

 1990年6月末ザ・ベストと呼ばれるバンドが来日公演を行った。メンバーはキース・エマーソン、ジョン・エントウィッスル、ジョー・ウォルシュ、サイモン・フィリップス、ジェフ・バクスター、ボーカルには当初はテリー・リードの名が挙がっていたが結局来なくって、若造が歌を務めていたことは記憶にある(笑)。しかし、信じられるか、このメンツ?…ま、てなことで、というかとは言え、この面子で出来る曲って何だろう?っていう妙な期待感があったりしたのだが、蓋を開けてみれば案の定、昔の名前でやってます、っていうヒット曲のオンパレードだったワケで、当時WOWOWが開設したばかりで無料試験放送をしていたので1時間番組でこの時の武道館のライブを放送していたはずなので録画した人も多いんだろうな。それがなかったらホント幻の公演に終わっていたような気もするが(笑)。

 で、当時、自分は横浜文化体育館かどこかに行ったのだが…、もちろんチケットは全然売れてなかったみたいで十数枚の招待券が仲間内にバラまかれて、それでも行ったのは数人程度、う~む、時代はビッグネームを求めていなかった頃なワケで、当然無料♪ しかし当日会場に行くと、何故か二階席にいる人がいて、多分チケット買った人なんだろうなぁ、あれこそ真のファンかもしれない、と納得してたりしたが…。で、曲だが、生の記憶は数曲しかない。WOWOW放送のビデオがあったので何となく思い出せるのもあるけど、リアルなところではやっぱジョン・エントゥイッスルの「Boris The Spider」とその時かっちょいい~って思ったのがキース・エマーソンの「The Nice - Five Bridges - America America」。一応ピアノの上に乗っかってナイフを突き立ててました。それとムーグのパフォーマンスも健在で、おぉ~って思った記憶があるもん。それからねぇ、ジョー・ウォルシュと来たらもう最初から酔っぱらって出てきてさ、滅茶苦茶なんだよな、あいつ。それから一切彼のことは信用しなくなって、聴いてもいない。ジェフ・バクスターはやっぱり上手かったなぁ~っていう記憶。

 そ~んなバブル期のバンド、もう見れないけど、凄い面子が集まってもう~む、やっぱバンドっていうよりはセッション大会、だよな、と。でも恩恵は被ったからヨシ♪

The Nice - Five Bridges The Nice - Five Bridges

Ringo Starr And His All Starr Band - Live In Japan 1995


 1995年6月リンゴスター&ヒス・オールスターバンド名義で来日公演決定。まぁ、いつもの如く全く興味がなかったワケなのだが(笑)、唯一気になるのはジョン・エントウィッスルがベースで来日するってことくらいか。んなことで、そのために行く気にもなれなかったのだが、どうにもチケットの売れ行きが悪かったようであちこちに招待券が配れらていたらしく、たまたま知人がそれを入手したようで、結局タダでチケットをもらって行けることになった。なんか、そういうのが多いんだよな(笑)。

 で、もちろんコンサートなんてのは全く面白くなくって、単なる喜劇にしか見えなかったなぁ…。それでも確か行った日のライブはライブ盤として「Volume.1」っていうCDが出ているらしい。見たことも聴いたこともないけど、とりあえず自分で行ったライブがCDで出てるのは嬉しいな(笑)。しかしホントにライブの記憶はほとんど残っていなくて、覚えているのはザックのドラムがリンゴとは大きく違っていて、ベースのジョン・エントウィッスルとのコンビネーションに一生懸命付いていこうというひたむきな姿勢が感動的だったことと、もちろんジョンのソロコーナー。確か「The Who - The Who: Ultimate Collection - Boris the Spider Boris The Spider」と「The Who - Who's Next - My Wife My Wife」をやったんだけど、やっぱすげぇなぁ~って。

 そういえばギタリストもマーク・ファーナーだったのでグランドファンク色も出るかというのはあったが、メンツがメンツだからやっぱそうはならなくってね、あのアメリカンハードロッカー的な要素はとんと見当たらなかった。不思議だ。ランディ・バックマンは全く興味なかったしさ。しかし今セットリスト見ても何にも驚かないし面白くもないし、それでもそこそこ人が集まるんだから凄いよなぁ、やっぱビートルズってのは。

George Harrison - Live In Japan 1991


 1991年12月ジョージ・ハリソン来日の報を聞いた。しかもバックバンドはエリック・クラプトンのバンドってことで、もちろんクラプトンも参加するとの話でえらく驚いたものだが、この頃割とこういう豪華なメンツによる来日公演というのもあったので、それでは行かなければ、と言うか、ジョージだけだったら行かなかったと思うし、クラプトンだけでも行かなかったと思うんだけど、やっぱ二人揃ったから見てみたいな、と。

 そんなことで12月何日か覚えてないのだけど、東京ドームに一回だけ見に行った。ジョージという人のソロ作品はとりあえず全部揃えていたので何となくは知っていたけど別に全曲口ずさめるほど知っていたワケじゃないし、やっぱつまらんかなぁという不安もあったんだけど、もちろんジョージ側も同じコトは考えていたようでしっかりとビートルズ時代の曲とソロ時代の曲を交えてやってたね。最初は「I Want To Tell You」っつうなるほどなぁ~って感じの選曲でしょ。やっぱね、全体的にビートルズの曲の方が盛り上がる。そりゃそうなんだけど、それでいいんなぁ~って。しかもバックではちゃんとクラプトンがギター弾いているワケで、クラプトンのビートルズなワケだしさ、そういうトコは何か興醒めしちゃってたような気がする。うん、でもやっぱ確かにジョージの曲は良い曲多いからしっとりと聴くのが多くて割と感激した。

 が、ここで問題はだな、途中クラプトンコーナーになるんだが、「Old Love」か何かでもの凄い名演奏をしてくれちゃってさ、ジョージのことなんか全部すっ飛んでしまったんだよ(笑)。何せ演奏終わった後でクラプトンとキーボードのヤツが抱き合って感激してたくらいの演奏だったから、本人達も感動的だったんだろうな、聴いてて鳥肌立つくらいの演奏で凄かった。そんなんで「Badge」かな何かでジョージが戻ってきても全然意識が行かなくて大変よ(笑)。ま、とは言え、そこからの曲はもうヒットソング満載だったからさすがに楽しめたけど。んでもって、見所はやっぱ「While My Guitar Gentley Weeps」かなぁと。「White Album」の再演なワケで、やっぱ目玉として最後の方に持ってきてたしね。結構クラプトンもフレーズをいじって弾いてたからあの感動ってワケじゃないが、やっぱさすがだな、ってのは思った。

 そういえば2001年だっけ?11月29日にジョージが亡くなってるんだよね。クラプトンはその時日本でライブをやってたみたいで、結構淡々としていたって聞いた。何でも日本に来る前にジョージのとこ行ってお別れをしてきたらしい。う~ん、彼等にとっての日本ってのは結構特別な因縁ができてしまった国なのかもしれないな。そんなクラプトンは今正に来日公演中。

The Beatles Tribute Band : Abbey Road - Live In Japan 2001


 ビートルズ・トリビュート・バンドなんてのは世界中に掃いて捨てても捨てきれないくらい存在しているだろうし、プロの世界の中でもビートルズ好きが多くて、自身の作品に見事にそれらを反映しているものも実に数多い。ジャケットのパロディや音のパロディなど表現方法は実に色々あるようだ。自分的にも別に興味はそれほど深くないので研究したことはないんだけど、面白いなぁって思ったのはトッド・ラングレンの「ミート・ザ・ユートピア」かな。曲作りから音色、空気感やジャケットまで含めて全て初期ビートルズの模倣で聴いてて笑えるくらいに完璧にツボを得ているんだもん。これくらい笑えるのもそうそうないだろうなぁ…って楽しんでた。で、更に面白いのは日本盤に付けられた邦題がこれまた笑えるんだよ。「抱きしめたいぜ」とかさ(笑)。

 で、2001年、世界最強の、そしてポールも公認のビートルズカバーバンドが出現して、日本にもやって来た。

 ジョン・エントウィッスル、トッド・ラングレン、アラン・パーソンズ、アン・ウィルソンが組んだバンドで、厚生年金会館で何日かやっていたので当然当日券を狙って行ったんだが、二階席一番前ってトコで座ってゆっくりと楽しめるナイスな座席でよかった。滅茶苦茶盛り上がるモンでもないのでそういう見方が丁度良いんだよな。

 ライブは確か「Sgt.Peppers...」から景気良く始まったような記憶があるんだけど、もう圧倒的にジョン・エントウィッスルの親分的存在感が他を制圧していて、このジョンが霞んで見えるザ・フーってバンドは相当凄いハズだとジョンを通じてザ・フーの凄さを感じてしまったのだが…、それはともかく、ライブはもう単なる懐メロのオンパレードで序盤こそビートルズのメジャーな曲を幾つか続けたものの、途中からはそれぞれのヒット曲を演奏し始めるというもので、まぁ、アラン・パーソンズにしてもトッドにしても、ハートにしてもそんなに知ってる曲もなくって思わず眠ってしまったのだが(笑)。あ、「バラクーダ」はなんとなく知ってたので聴いてたかな。しかしここでもジョン・エントウィッスルのバンドは自身が常にやっているトリオ編成の自分のバンドメンバーがバックを務めていたおかげで本領発揮の凄いライブを一曲だけだけど見せてくれたので感動。その辺からまたビートルズに戻っていって、トッド・ラングレンは「While My guitar Gentley Weeps」のギターソロのためにクラプトンから譲り受けたサイケSGを持ってきていて、クラプトンに成り切って完コピに近いフレーズで弾いていたのは笑った。さすがこだわりの男だ…。そして締めはなんと、「Abbey Road」のB面途中からのあのメドレーを壮絶な演奏力とパワーで完璧にプレイしてくれて、しかも個性もしっかり出ているというとんでもないカバーで、さすがだ…と思わず唸ってしまった出来映えだった。

 そんなことで帰り際はどの客ももの凄く満足そうな顔をして出てきたのが印象的で、自分自身もそう感じたもんな。で、なんでこんな話かってのはお気づきのように、本日はジョン・レノンの命日だから♪ この日だけはやっぱり記憶から抜け落ちないのは世間的なものもあるけど、昔通っていたジャズ喫茶でいつもはジャズなんだけどこの日だけはビートルズデーになるんだよ。それで印象的でね、で、普段ジャズ好きで通っているような常連さんもこの日フラリと来て楽しんで帰っていくんだよね。そういうのって凄いな、と。

 ちょっと早いけど気分的に「Happy Xmas!」って感じかな(笑)。

Johnny Winter - 幻のLive In Japan 1990


 1990年3月、遂に伝説のギタリスト、ジョニー・ウィンター来日!って言う宣伝文句で売り出されたチケットを当時はもちろんネットもないから新聞で初めてニュースを知って、どうやってチケットを取るのかと読んでたら滅茶苦茶マイナーな呼び屋のM&Iカンパニーの青山にある事務所でしか販売しないってことでさ、そこまで出向いてチケット買いに行ったんだよ。多分年末か年始かそのくらいの凄く寒い日が発売開始日でさ。到着してみるとこれがまたえらく狭くて小さな事務所…っつうかマンションの一室みたいなトコロで、なんだこりゃ?って驚いたんだけど、まぁ、しっかりとチケットを買ってワクワクしていたわけだな。

 しかし、しかし、しか~~~~し、だ、当日になって意気揚々と会場だったMZA有明まではるばると、ほんとに遠かった記憶があるのだが、はるばると行って到着してみると入り口にはなんと…

 「本日のジョニー・ウィンターの公演は本人事情のため公演中止となりました。払い戻しはM&Iカンパニーの事務所で行います。」

 …みたいに書かれた張り紙がしてあってさ。そりゃもう落胆よ。もっと早く情報流せよ、っつうのがひとつ。で、やっぱ何でだよ、ってのがひとつ。まぁ、当日はしょうがないからその足でM&Iカンパニーの事務所まで行くんだけど夜だからもちろん事務所開いてなくってさ、更に激怒状態。フザケやがって…、って感じだよ。で、後日また青山まで行ってチケット払い戻すんだけど詫びのひとつもなくって、チケット代だけ払い戻しで、結局交通費とかお前、金かかってんだからちっとは誠意を見せろ、とか思ったな。あの時はアタマ来たなぁ。

 それはともかく、やっぱり見たかったギタリストだから凄く残念。その前にビデオで凄いの見てたから生で見てみたかったし、初来日ってことは昔からのファンでも多くは生で見るのは同じ時っつう、なんか自己満足もあったしね(笑)。でも決してジョニー・ウィンターが嫌いにはならなかった。何でか、って…、ひとつはその怒りはM&Iカンパニーの不手際詐欺行為に近いものだと思い込んでたから。

 しかし、当時聞いたウワサでは、何と同時期にポール・マッカートニーが初来日かな?知らないが、同じような日程で来日公演を東京ドームで行うってことで、そのリハーサルとしてMZA有明が使われたために、ジョニー・ウィンターの公演がキャンセルされたっつうものだった。それで余計にポール・マッカートニーが嫌いになってさ(笑)。今でもだけど。冷静に考えれば別にポールの知ったことではないんだが、それでも腹が立つ。その横暴さが許せんって感じ。

 が、さっきネットでその頃のコト誰か書いてるかなと思って調べてみたらアチコチにあって、そこには「アルビノ患者の用いるクスリが日本の薬事法では認められていなくて来日ができなかった」ってことらしい。う~ん、ホントかウソか知らないがそういう説もあるのか、と納得してしまった(笑)。が、ポール嫌いに変わりはないので今更しょうがない(笑)。

 んなことで、当時来日公演だからってことで一生懸命聴いた「The Winter Of '88」とか「サード・ディグリー」ってのがリアルな記憶かな。実際よく聴いたアルバムは「Live Johnny Winter And」とかファースト「ジョニー・ウィンター」だけど。

Johnny Winter - Live Rock Masters: Busted In Austin Live Rock Masters: Busted In Austin
Johnny Winter - Deluxe Edition: Johnny Winter Deluxe Edition: Johnny Winter
Johnny Winter - I'm a Bluesman I'm A Bluesman

Paul Rodgers - Live In Japan 1993


 「ザ・ボイス」と異名を取る英国ロック界最高のボーカリスト、ポール・ロジャース。1975年のバドカンでの来日公演以来かなり縁遠になっていたのだが、ある時、それは1993年だったんだけど、唐突にシーンに殴り込みをかけてきたアルバム「マディ・ウォーター・ブルーズ」。歌はもちろんポール・ロジャースなんだけど、その脇を固めるギタリストに蒼々たるメンツを揃えて気合いの一発、そして尊敬の念を込めてリリースしたワケだが、それが認められないハズがない。案の定玄人ウケして、一気にツアーに出るぞ、ってことで18年ぶりに日本でのライブとなった。

 うん、もうね、見れるとは思わなかったから驚喜してチケット取って中野サンプラザまで行ったよ。1993年9月の話。連れてきたギタリストがニール・ショーンっつうのがちょっと頂けなかったんだが、ロジャースの歌声はやっぱり素晴らしくって。新作アルバムの曲ももちろんやるんだけど、それおりもバドカンフリーの曲もビシバシやってくれて、まさかなぁ、本当に本人の歌声で生で聴けるとは夢想だにしなかったもんだから嬉しかった~。ドラムのリズムもベースもギターも全然ダメだけど、フリーだよ~ってね。いやぁ、ニール・ショーンのギターがとにかく全くマッチしてなくて自分的には全然ダメ。ブルースのかけらも感じられない流暢なプレイで、さすがスタジオミュージシャンだな、って感じ。しかしそれを補って余りあるロジャース。うん。

 確か、「夜明けの刑事」の主題歌を一瞬歌って盛り上がっていたシーンもあったな…、えらくマニアックな話題なんだけど、あれってロジャース作品なんだもん。それを知ってるファンが来ていたってのは凄いことだよ。そう言えば会場の年齢層はやたらと高かったっけ。しかしあの「マディ・ウォーター・ブルーズ」ってアルバムさ、英国だと限定版でフリーとかの曲をセルフカバーしたボーナスディスクが付いたモノがリリースされててさ、一回だけ見かけたんだけど買わなくて、それ以来一度も見てない。聴いてみたいような…。うん、ドラムはジェイソン・ボーナムだったので結構良さ気かなぁと。

Paul Rodgers - Now & Live CD 2: Live (The Loreley Tapes!)) Now & Live CD 2: Live (The Loreley Tapes!)

Guns'n Roses - Live In Japan 1988


 短命ながらも一世を風靡したバンド、そして日本公演まで行ったバンドというのはなか見当たらないが、ガンズ&ローゼスはその中でも珍しい部類に入るのだろう。もちろんオリジナルメンバーでの来日という意味でだが。1988年だったと思うが、日本公演が行われたのだ。全く行く気もなかったが知人から行けなくなったから行ってこれば、と言われて半額くらいでチケットをもらってNHKホールまで行ったんだよな。丁度シングル「ガンズ・アンド・ローゼズ - Appetite for Destruction - Sweet Child O' Mine Sweet Child O'Mine」が売れまくってた時期だったので、まぁ、全盛期だよな、多分。回りもそういうかぶれた連中多かったし。

 で、まぁ、行ったワケなんだが、結論から言うとライブはもちろんアルバム一枚しか出てないワケだから一時間で終わってしまって、しかもシングルヒット曲「ガンズ・アンド・ローゼズ - Appetite for Destruction - Sweet Child O' Mine Sweet Child O'Mine」はやらないし、アンコールは出てこないしで、こないだのマイケル・シェンカーほどじゃないけどなんとまぁ観客をバカにしたライブだった。その短いライブも何かエラく不調っぽいっつうか機嫌悪そうっつうか、不良バンドだからそんなもんだろうと思ってたんだけど、その日だけだったみたいだね、そういうのって。当時そんな風に見ていたから逆に「やるなぁ、こいつら。常識をぶっ飛ばして予定調和なしか、さすがだ」って思ってさっさと会場を後にしたんだけど、後で聞いたら半分暴動が起きたんだってさ。NHKホールのガラスが割られたとか何とか。なかなかそれも気合い入ってて良いな、とは思ったけど(笑)。まぁ、あんまりいないけど今の若い連中が伝説のガンズの初来日公演について訊きたければそんな感じだよって話せるんだが…。自分としては逆にZep見た人とかに色々訊きたい~って思うから、そういうのあるんだけど、この辺のバンドだとそうでもないのかな。ま、いいや。

 面白かったよ。一時間経って引っ込んでそのまま照明点いて、それでもみんなアンコールの拍手とかけ声してて、そしたらステージセット解体され始めて、いよいよ出て行け~って感じになってたもん。バンドはさすがにかっこよかった。スラッシュがひっきりなしにタバコ吸いながらギター弾いててさ、あ~、俺も吸いて~って思った記憶がある(笑)。あとはなぁ、ま、イジーもそれなりのかっこよさはあったけど…、やっぱインパクト弱かった。不機嫌だろうが何だろうがやっぱりアクセル・ローズは凄い。あそこまでハジけれる人だからボーカルなんだろうし、だからこそ今でもガンズを一人でやってるんだな。ある意味デビカバと同じやり方でガンズをソロプロジェクトにしちゃってるワケだし。

 結局アルバム一枚しか聴いてないんだけど、やっぱインパクトあるバンドだった。

ガンズ・アンド・ローゼズ - Appetite for Destruction Appetite for Destruction
Live Era '87-'93 Live Era 87- 93
ガンズ・アンド・ローゼズ - G N' R Lies G N' R Lies

Kiss - Live In Japan 1997


 70年代ロックを聴き始めて十何年経った頃、驚くべきニュースを知り行くべきか行かざるべきか悩んだ後に結局当日券に頼ることにしてふらりと東京ドームに行ったが運の尽き、いや、ラッキーだったことにまんまと見れてしまったライブ、それが自分のキッス初体験。そう、1997年1月のお話しです。

 ロックを聴き始めた頃からキッスというバンドの伝説はそこかしこで耳にしたりしたものだが、当時80年代のため、既にキッスはメイクを落としたLAメタルシーンと同化した展開をしている時期、全くもってかっこよいとも思えないキッス不毛の時代をリアルで見ていたため、その昔の伝説と化したメイクキッスのパフォーマンスを夢見ること十何年、ようやく目にした瞬間だったのだ。全盛期に来日したあの伝説の「ヤング・ミュージック・ショウ」時代を知る人からしたら全然ダメだよ、という批判はあったのもわかるんだが、自分的にはず~っと見たかったキッスが見れて、しかもメイクして、ジーンは火を噴いて飛び上がるし、サイレンは鳴るし、フォーメーションは見れるしと、ビデオで見ていたキッスのパフォーマンスの大半が生で見れたことに大喜び。演奏がどうのとかど~でもよくて、知っている70年代の曲のオンパレードで凄く楽しかった。これこそプロのパフォーマンス、というか大道芸人技♪

 別にオリジナルメンバーで再結成初録音したアルバム「サイコ・サーカス」という作品を買うワケでもなく、ベスト盤を買うわけでもなく、単に楽しみに行っただけなんだけどさ、やっぱ「アライヴ!」気分になるんだな、これが。おかげでこの後の来日公演もメイクキッスで来てたから何回か行ってる。さすがに数回見ると飽きてきたんだけど(笑)。

 でもこないだテレビでやってたウドーフェスでのキッスはやっぱりさすがだな~って思うモン。年のせいか派手な動きは弱くなってきた気もするけど、まだまだ騙されても良いと思えるパフォーマンスだよね。

Aerosmith - Live In Japan 1988


 1984年、エアロスミスオリジナルメンバーで復活。1986年Run D.M.Cによる「Run-DMC - Run-DMC: Greatest Hits - Walk This Way Walk This Way」でスティーヴン・タイラーとジョー・ペリーをフロントとするエアロスミスとの共演によりお茶の間への大ヒットを記録。従ってエアロスミスの復活をも世間へと知らせるきっかけとなったことは言うまでもない。1987年アルバム「パーマネント・ヴァケーション」リリース、ファーストシングルの「Dude」がかなりウケ、セカンドシングルとなった「Angel」で全米を風靡してしまい、再生エアロスミス…いや、第二期黄金期を迎えることとなったワケだが、その翌年1988年には10年ぶり二度目の来日公演を果たすこととなったのである。

 で、行った。横浜文化体育館、だったと思う。武道館は混みそうだと思って横浜にしたら何と座席は前から6列目をゲットできてさ、喜んで見に行ったさ。そしたら目の前をスティーヴン・タイラーとジョー・ペリーが走り抜けていくし等身大のエアロを真ん前で見れるというラッキーさ。生音に近い感覚でジョーのギター聞こえたもんな。セットリストとかあんまり覚えてないけどジョーのスライドから始まる「Draw The Line」が凄く印象的だったのとつまらない「Aerosmith - Permanent Vacation - Angel Angel」に比べて何と美しい鍵盤の音色から始まる「Aerosmith - A Little South of Sanity - Dream On Dream On」の素晴らしさという感動をした記憶があるが、それもこれも新曲…っつってももう20年前の話だが、新しい曲は割とどうでも良くて、やっぱり70年代の曲をレコードで聴きまくっていたからそっちで燃えたよね。そうか、もう20年前になるのか。エアロのメンバーも老けただろうなぁ…。ってことはあの頃ってまだ彼等30代?そっか…、で、今でもあんなにロックしてるんだ?凄いな…。そういえば、最後の方にジミヘンの「Red House」をやってて、えらくブルースな曲を上手くやるもんだ、と感心していたのもあったか…。

 その後「パンプ」をリリースした時の来日公演も今度は武道館だかドームだかに行ったような気がするが、もうあんまり覚えてない。オープニングが「Train Kept a Rollin'」だったことを覚えてて、暗幕が一気に外されて開始したっていうシーンを視覚的に覚えているくらいかなぁ。でもかっこよかったことは覚えてる。ライブってどんどん記憶から消えていくから、こうして書き留めておくってのも重要だな。今度から気が向いたら書き留めることとしよう(笑)。

Aerosmith - Permanent Vacation Permanent Vacation
Aerosmith - Pump Pump
Run-DMC - Run-DMC: Greatest Hits Run-DMC: Greatest Hits

U2 - Live In Japan


 U2来日公演については今年初頭に来日チケットを獲得したのだが、結局ツアーキャンセルとなってしまいまた見る機会を失ったかなと思ったんだけど、延期公演が確定したってことで、まぁ、チケット余ってるなら買ってみるかってことでふらりとチケットショップの近くを通った時に覗いたらあったので、買った。ホントは座ってゆっくり見たかったので安くて後ろの方の席で十分だったんだけど、安いのがなぜかアリーナ席立ち見ってトコだったので、それにするかってことで当日を迎えたのだが…、なんと、埼玉スーパーアリーナのいわゆるアリーナ席がオールスタンデイングになっているだけなのな。それで立ち見席って…、一番ステージが見にくいアリーナ席だから、そして立ち見だから一番安い席ってのは納得しちゃった(笑)。考えてみれば当たり前なのだが、なるほど、それまではアリーナ席って言ったらやっぱそれなりにランクが上の席だったんだがな…。ま、そんなことでとりあえず当日、開演10分前くらいに到着♪

 ちなみに演奏された曲はこんな感じだったらしい。

1.City Of Blinding Lights
2.Vertigo - She Loves You
3.Elevation
4.I Will Follow
5.I Still Haven't Found What I'm Looking For - In A Little While
6.Beautiful Day - Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band - Blackbird
7.Window In The Skies
8.Walk On (Acoustic)
9.Sometimes You Can't Make It On Your Own
10.Bad - 40
11.Sunday Bloody Sunday - Rock The Casbah
12.Bullet The Blue Sky - When Johnny Comes Marching Home - The Hands That Built America
13.Miss Sarajevo
14.Pride (In The Name Of Love)
15.Where The Streets Have No Name
16.One
-encore
17.The Fly -(I Can't Get No) Satisfaction
18.Mysterious Ways
19.With Or Without You
-encore
20.The Saints Are Coming
21.Angel Of Harlem
22.One Tree Hill

 う~ん、やっぱり凄いバンドだよな。アリーナクラスの会場でのライブを熟知しているから当然パフォーマンスも演出もよくできているんだけど、それでも4人でしかやってないっていうのは凄い。サポートメンバーとかなしで4人だけなんだよね。そういうトコ好きだな。で、最初の方にノリノリのナンバーを持ってきてるから、最初に観客も疲れてしまうみたいで、それはそれは凄いノリだった。そんなに燃えるなよ、歌うなよ、ボノの歌を聴きにいったのに近場のうるさい歌声聴かされたらたまらん…。ま、で、も結局あれくらいの会場なのでメンバーの姿なんてろくに見れないから、ある意味どうでもいいか、ってのもあったかな。音のデカサと演出は見事にライブなんだけど…やっぱ生のメンバーが演奏している姿を見てる気がしないからどうにも距離感があってね。ま、そんなもんでしょうがないけど。だから結論的に悪かったかということはまるでなくさすがに凄いライブだったとは思う。ステージでは世界人権宣言がスクリーンに映されたり「共存」というメッセージを打ち出したりとさすがに音楽だけではなくきちんとしたメッセージバンドとしての機能を果たしている反面、単純に楽しみに行っている多くの人種はシラけてしまったのもあるだろう。ま、そういうバンドだ。

 1/3くらいは知らない曲だったかな。90年代のはあんまり知らないから、そんなのがアンコール後にバシバシ出てきて、これはきっと熱くなって帰らないで気を静めて帰れっつうことなんだろうな、と解釈(笑)。おかげで全く最後は冷めて帰れたもん。いや、最後の曲知らないからさ。しかし年齢層がまちまちのライブだったな。それから人数が多くてメジャーなバンドなので外人が多かった。ロック野郎的なのはあんまり見かけなかったけど、あとは女の子が一人で来てるってのもいっぱい見かけた。女の子一人でアリーナ立ち見って何も見えなかったと思うけど凄くノッてて、かなり不思議だったが…。結局騒げれば良いのかな。バンドメンバー見えないと違うところに気が散ってしまってダメだな(笑)。

 なことで、12月4日にももう一回ライブがあるらしいので、あのパワーはまだ感じられる可能性はあるよ(笑)。その辺は凄いからね。U2のサウンドがこれほど温かく聞こえたのは初めてかもしれないな。

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物心付いた時からロックが好きでいつぞや何でも聴き漁るようになり、多趣味な生活を過ごしているロックマニア。


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