Jimmy Rogers - Chicago Bound


 シカゴブルースの名門レーベルと云えばすぐに思い出すのがチェスレーベル。実に数多くのブルースメンを育て上げそして巣立っていったが、中でもチェスと最も密接なイメージをもつブルースメンとして思い出すのがジミー・ロジャース。多分、最もシカゴブルースらしいサウンドを出していたのが彼だからなのかもしれない。

 例えば誰かにブルースってどういう音楽をイメージする?って訊いてみると大体の人がイメージするのが多分ジミー・ロジャースの演奏するブルースなんじゃないかな。それくらいモダンでブルースらしいサウンドを奏でていて、それでいて全く堅苦しくなく疲れるものでもない自然な音楽なんだな。多分その辺は彼の人柄なんだと勝手に想像しているんだけど、それが故に集まってくるメンバーも結構豪勢なものでおかげでリラックスしたチェスレコードの集大成とも言えるセッション的アルバムが出来上がったのだ。

 「Chicago Bound」。ま、1950年から1956年頃の彼の作品をまとめたベスト盤なんだけどコレをひたすら聴いていたので他の作品をまともに聴いてない(笑)。この人、結構古い人でして…、1945年にはマディの脇で既にギターを弾いていたんだよね。んで、どっちもうだつがあがらなかったんだけど、この頃のこの辺のプレイヤーは皆ジャズメンみたいに誰かが音頭を取ったアルバムに集まる、みたいな雰囲気があって、特にチェスには顕著だったみたいで多分イメージ的にはブルーノートを目指していたのかもしれないな。それで色々と人脈ができていたんだけど、1950年頃になってマディの録音の後にそのままジャムったりしたのかな、というような感じの雰囲気が出ているんだけど、実に良いね。何と云っても裏ジャケを見れば一目瞭然で、マディはいるわリトル・ウォルターはいるわオーティス・スパンはいるわで、どうりで初っ端からハープが強烈だったりピアノがエラク良い雰囲気出していたりするわけだ。ギターそのものは結構シンプルなギターサウンドで派手さはないんだけど味があるっていうのかな、渋いよね。

 ロック畑ではあまり取り上げられることがなかったので、多分イギリスでの知名度がイマイチだったのかもしれないんだけど、それでも1999年には超スペシャルゲスト陣に固められた作品「Blues Blues Blues」をリリースする。こいつもロックファンならば絶対に聴いておかなければいけないでしょ。何てったってメンツが凄い。
ジミー・ペイジ、ロバート・プラント、ミック・ジャガー、キース・リチャーズ、クラプトン、タジ・マハール、ジェフ・ヒーリー、ローウェル・フルソン、スティーヴン・スティルスで、しかも最後の「Boom Boom」ではペイジ、クラプトンとジミー・ロジャースをバックにプラントがあの声でブルースを歌うというあり得ない姿に感動するよ、ホント。ミックやキースなんかの演奏でも一緒でなんか聴き慣れた声やギターが鳴るんだけど、それがやっぱりホンモノと一緒にやっちゃうとエラク可愛く聞こえちゃうんだよね。でも最後の最後まで息を抜けないとんでもないセッションアルバムでだからさ、これもジミー・ロジャースの人柄のおかげ、かな。

Muddy Waters - The Best of Muddy Waters


 ロバート・ジョンソンが酒場でブルースを奏でている様子をエルモア・ジェームズと共に食い入るように見つめていたもうひとりの男、マディ・ウォーターズ。ハウリン・ウルフと共にロック界に於いてはよく語られるブルースの偉人として名高いが、この人も実は戦前ブルースマンの一人のハズなのだが、シーンに名を馳せてきたのは1948年の「I Can't Be Satisfied」という曲のヒットからということだ。以降デルタブルースがシーンを制覇する時代がしばらく続くのだった。

 …とは云えども更に有名人となったのはもちろんストーンズからのラブコールによるものというのは否めない。何処の名盤コレクションにもジャケットが登場する「The Best Of Muddy Waters」というアルバムは正にベスト・ブルースと呼ぶに相応しい曲がいっぱい入っていて、入門編の一枚という点では共感できるし、実際に自分でもこいつはよく聴いた。好き嫌いが判断できる前にとにかく聴いた。なんつうか、こういうのって子供の頃に聴くんだけど、これを理解できなきゃロックなんてわからねぇぜ、みたいなのがあって、とにかく理解できるようにいっぱい聴いたってのが真相なんだけど、その分吸収したなぁ(笑)。おかげで、ストーンズがカバーしている曲なんてのは下手したらコッチの方が先に聴いていたりして、まあ、当たり前と云えば当たり前なんだけど、年代からしたら普通ストーンズ聴いてから原曲聴くよな、って感じなんだけど…。しかしどの曲を取ってみても誰かが必ずカバーしているものばかりでその偉大さがよくわかる。

 結構淡々と歌っていたりサラリとギターを鳴らしていたりするだけなんだけど、深いんだな、これ。一生懸命コイツをコピーしてなりきろうとしているイギリス人はそのクササがいいんだけど、ホンモノはやっぱりサラリと軽くブルースをこなしてしまうのだよ。1980年頃にストーンズとマディが一緒のステージで共演するビデオとかあるんだけど、ここでのストーンズの面々は単なるファン(笑)。ミックも凄いんだけど、マディが一声唸るともうそれが全てみたいな感じでさ(笑)。ポール・ロジャースなんかも思い切りこの人をカバーしたアルバムをリリースしているし、やっぱその世代への影響力は凄いんだな。

 ちなみに個人的にはちょっとモダンすぎてしまって、戦前ブルースのアクの強さからするとやっぱり物足りなくて、結構ポップス気味に聴いてしまう部分もあるし、あまりこの人のを聴いてギターをコピーしようとは思わないってのも不思議。曲の骨格を掴むのはあるけどフレーズっていう意味ではあまりなくって、ま、どっちかっつうとブルース歌手って感じだからかもしれないね。最近ではこのアルバムもデジタルリマスター+8なんてのが出ていて驚いた。あとは、ライブ盤とか「I'm Ready」ってのとかが聴きやすいんかな。自分的にはやっぱり「Fathers & Sons」が大好きだけどね♪

Howlin' Wolf - Moarnin' In The Moonlight


 いわゆる戦前ブルースメンという括りではあまり語られることのないハウリン・ウルフだが、実は結構古い人で生まれは1910年と言うから、まあ同じミシシッピー州出身なのでロバジョンあたりともセッションしたりというのはあったようだ。その最初期の頃は音源として残されていないようなので、やっぱりロバジョンやらエルモア・ジェイムズって人はかなり特別視されていた人なんだな、と言うのがわかる。

 さて、ハウリン・ウルフがいわゆる表に出てくることになったのは1950年代過ぎてからなので彼自身も40歳を過ぎてからのレコーディング経験者となったようだが、時代はエルヴィスを輩出したサン・レコードがビジネスを始めたばかりの頃で録音した音源を当時弱小だったチェスレコードに売ったりしていたようで、この頃のレコードに記録されたレコーディングデータなどをよく見ていると録音はサンで行い、発売元はチェスだったりすることもあるのはそういった背景から。ま、それでもまとまった音源として我々が触れられるのがもっと後になってからのもので、1959年リリースの「Moarnin' In The Moonlight」と1962年リリースの「Howlin' Wolf」が有名。何というのか、いわゆる聴きやすい部類に入る最もブルースらしいサウンドを出しているのがこの人の特徴とも云えて、そんなにクセやアクが強くはない。ギターも既にエレキを採り入れているのでいわゆる戦前ブルースのようなエグさは丸みを帯びた形になり、洗練されている様が聴いて取れるだろう。歌にしても元々はもっとエグイ人だったんだろうなぁと想像はできるんだけど、ここでの録音を聴くとやっぱりマイルドに歌心を出した感じで、悲壮感が漂う戦前ブルースのものとは異なる。そしてこれがシカゴブルースとして定着していくんだろうな、聴いているとよくわかるもん。

 で、面白いのはこの辺の音を聴いていたストーンズやクラプトン、ペイジと云った連中がこぞって真似して採り入れようとしていたもので、そこかしこに知った曲の名前が出てくる。中でも「Spoonful」や「Going Down Slow」、「Tell Me」「The Red Rooster」なんてのはもうその辺のロックファンなら知っての通り。あ~、なるほどなぁ、って納得でしょ。そしてこれを聴いてアレが出来上がるってのもやっぱり聴いていて面白いし、ルーツは楽しめるものだ。そして過去誰もあまり追求していなかった、もしくは追求があっても解釈が異なっていたと思うのがレッド・ツェッペリンの「How Many More Times」のパクリ元と云われている「How Many More Years」なんだけど、個人的にはこれじゃなくて4曲目に入っている「Baby How Long」っていう曲が元になってるんじゃないかと思うのだが…。こちらも歌詞の始まりは「How many more years...」って始まるし、曲のリフもZepのアレに似ているのはこっちなので、高校生の時にこのアルバムを初めて聴いた時から思っていたんだけど、どこの雑誌でもそういう書き方されてなくって、自分のレコードはきっとクレジットミスなのだ、なんて解釈してたんだけど、今改めて聴いてみてやっぱりそう思う。ま、ネットで自分の意見云うだけだからいいでしょ(笑)。

 ちなみにこの辺の作品になると後のシカゴブルースを代表することとなるジミー・ロジャースやあのウィリー・ディクソンなんてのも参加していて、まぁ、ある意味ジャズメン達のセッションみたいに著名な人間達が所狭しと交流してレコーディングを行うことになるのだ。チェスレコードってかっこいいんだよな…。ちなみに極めつけのボックスセットってのもあってなかなか魅力的♪

Sonny Boy Williamson - Eyesight to The Blind


 ブルースという音楽表現の中でいつからかハーモニカという楽器がクローズアップされており、ロック系の白人ブルース系でその筋の有名人と云えばポール・バターフィールドが唯一無二の存在だが、ロックのボーカリスト達もブルースに影響されたと公言している人達は多くがハーモニカを吹くシーンが見受けられる。例えばZepのロバート・プラントだったりエアロのスティーヴン・タイラーだったりするワケだが、彼等がこぞってお手本にした人と云えばサニー・ボーイ・ウィリアムスンを於いて他にない。エルモア・ジェイムスがついて回った最初のブルースメンはこの人手見事なブルースハーピストだったワケで、だからこそ横でギターを弾いていたのかもしれない。

 しかしこの人が音を吹き込んだ、と云うのはそういった伝説とは別に結構時期が遅くて1950年代になってからとなり、最も全盛期であった1930-40年代あたりの音が残されていないので残念。…とは云えども50年代初期にはかなりの量の音源が吹き込まれており、そこではエルモア・ジェイムズのギターがクローズアップされているであろう曲もいくつか散見されるのも面白い。そういえばエルモア・ジェイムスの「Dust My Bloom」のトランペットレーベル時代の録音音源ではこのサニー・ボーイ・ウィリアムスンがハープを一緒に吹き込んでいるのも忘れてはいけない。で、この初期の音源の中に「Eyesight To The Blind」と云う曲があって、後にこいつを自身のコンセプトアルバム「Tommy」に唯一のカバー曲として流用することとなるThe Whoのピート・タンジェンドという天才の目にかかったものがあるのだ。これはこれで凄いセンスなのだが、この初期の作品集の中でも「Eyesight To The Blind」という曲は確かに傑出した曲という気がしないでもないな。

 この時代を生きた人達ってのはとにかくパワーをそのままぶつけてくる感じで普通に聴いているだけっていう音楽ではないので疲れた、っていう印象が一番。その後心して聴いていくとしっかりと響く音ってのは楽器がどうであれ凄いもんだよね。それで一時期このアルバムを結構聴いたなぁ。ブルースってのは本当に奥が深い。そういえばこの人、ヤードバーズとも一緒にやってたりするんだよね…。ちなみにロバート・プラントはこの時イギリスに来ていたサニー・ボーイ・ウィリアムスンのライブを見て、楽屋に進入してハープを盗んだんじゃなかったっけ?まぁ、それくらい好きだったってことなんだろうけど、イギリスのシーンに登場したサニー・ボーイ・ウィリアムスンはこれもまた印象的でロックシーンとの絡みが出てきて話題になるんだよな。

Son House - Death Letter


 ロバジョンの師とも云われているデルタブルース界の大御所、通称「Father of Delta Blues」と呼ばれるサン・ハウス。今のところこの辺りが歴史的に漁れる最古のブルースマンの系譜らしく、時代は1930年と云われており、チャーリー・パットンなどと共に参加しているオムニバスアルバムが最初の音源だろうと思われるんだけど、いやはや時代の産物…。この人の面白いところはそんなことしながらもいつの間にか身近にいたロバジョンにギタープレイを盗ませておきながら、いつしか自分自身よりも凄くなっていくロバジョンそのものも見ていたことだろう。この辺の話って誰もサン・ハウスに訊いてないのだろうか?彼は1988年まで生きていて、十分に歴史の生き証人としてインタビューなんかでもされていそうなのだが、残念ながら自分は読んだことがない…、生の声で彼がロバジョンを語るってのは是非読んでみたかったのだが…。

 この人も面白い経歴を持つ人で、元々は牧師さんだった(ブルースマンには希にこういう人いるのだが)ようで、悪魔の音楽であるブルースに出会ってからというものロクなこともなく、何と正当防衛ながらも殺人までしてしまうという恐ろしさ。模範囚となったために一年で出所してきて、ギター弾きになるんだけど、ロバジョン話が出るくらいまではまだウワサもあったのだが、その頃からプッツリと消息が途絶えてしまい、彼は今どこへ?ってなもんで、消息不明、もちろん誰も探しやしないので世界の片隅で話題になっても意味不明なんだけど、1964年、とあるブルース研究家がその行方を捜し出して発見し、そこでシーンにお呼びが掛かる。その頃の録音が「Father Of The Delta Blues: The Complete 1965 Sessions」っつうCDで丸ごと聴けるので、多分コッチの方が有名。実はそんな経緯があった後の録音なので既に60歳前後の頃なんだけど、驚くことにテレビで演奏している(口パクだろうけど)様子が残されていて、何かで見たことがあるんだよな。え~!ってなもんで、見入ってしまったんだけど、人間業じゃなかった(笑)。人間自体がリズムマンで、腕は変態的なギター職人で、歌はもうエグくってさ…、音だけで聴いていても刺さる音だなぁと思っていたけど、映像見るともっと驚くわ。やっぱブルースって凄いな、と実感したもん。まぁ、使ってるギターがドブロだからってのもあるけど、そのギターをバンバン叩いてリズムを出しながら弾いているっていう凄さ…、やっぱ独創的な人です。



Robert Johnson - The King Of Delta Blues


 ブルースを語るには外せないキング・オブ・ブルース、ロバート・ジョンソン。ちなみに同姓同名の人間はアメリカには山のようにいるだろうし、あまりにも一般的な名前が伝説の人物になってしまったために同姓同名のミュージシャンは皆が皆ミドルネームによるあだ名を自分の名前として呼ばせるというくらいに強力な個性を放つこととなったブルースメンなのだ。ん?まあ、そういう側面も持っているってことですが(笑)、通称ロバジョン。英国ロックミュージシャンの間では伝説として語られ、クラプトンからジミー・ペイジ、ブライアン・ジョーンズやキース・リチャーズ、ピーター・グリーンなどなどありとあらゆるミュージシャンをしてその歌とギタープレイの強烈な印象をレコードで聞き込んだ彼等はこぞってそのフレーズをコピーしては自身の曲に反映させている。

 流れ流れて辿り着いた先がミシシッピー州で、どうやら悪魔に魂を売り渡してから辿り着いた先だったようで、その十字路を歌にした「Crossroad」はあまりにも有名、クリームによる独特の演奏はそのアドリブプレイにより賞賛され、惜しげもなくロバジョンの曲だと言い張ったクラプトン。そしてその十字路の話は後に映画も制作され、そこではライ・クーダーの音楽映画にも出演したスティーヴ・ヴァイによるパフォーマンスが象徴的で面白い。…が、もちろんロバジョン本人はそんなこと露知らず、27歳で人生を終えてしまうのだ。毒殺。それも女癖の悪さからということで、まぁ別にかっこいいものでも何でもなくてどうしようもない人間だったんだけどギターを持って歌わせたらとんでもないヤツだった、と云うことだ。

 1930年代にいくつも吹き込んだ音源が残されており、それらを纏め上げたのがアナログ時代から有名な「King of Delta Blues Singers」というものだが、CD時代になってからはソニーから怒濤の2枚組CD「The Complete Recordings」がリリースされて、そのアウトテイクやら何やらとほぼ全てのロバジョン音源を網羅しているのでこいつで決まり、って感じで聴いていた。当然ながら最初は全く何が楽しいのやら、どれもこれも強烈な歌と刺さるようなギターってのは衝撃的だったけど、一曲一曲の違いなんてのは大して感じないもので、いくつか聴くと非常に疲れてしまう音楽だったのだ。今でも立て続けには聴けないね。だが、一曲づつ時間をかけて聴いていくと、それぞれの持つ曲の凄さに驚くことが幾つも幾つもある。歌詞についてもよく取り上げられるのだが、非常に直接的なブルースソングが多く、それでいてそのまま読むと全く現実味のない歌詞もあって、何気にセンスを光らせているのだ。「Devil」ってのが入ってくるあたりが良い♪ そしてサウンド…、ギター一本で弾いているとは思えないくらい多彩なサウンドが散りばめられているので、ギターを持ってちょっとでもコピーしながら聴いてみようと思った方ならわかると思うが、全く手が出ない。それをロバジョンが好きだから…なんてコピーしよう、してたっていうクラプトンとかペイジとかってやっぱり変態だよ。まぁ、素人にはどういう聴き方したらコピーできるんだろ?って思うだけなのでその辺がやっぱり偉人なんだろうなぁ。今日本でギター弾いてますって人、プロも入れてロバジョンコピーできます、って人何人くらいいるんだろ?しかもジミヘンもね、って人はもっと少ないだろうし…、それくらいヘン。この人ももちろんアコギでのプレイなんだけど、マーシャルの音より歪んでる(笑)。すげぇんだよなぁ…。

 昔々…っつっても20年くらい前までは写真一枚も見つからなかった伝説の人物。ようやくあのタバコをくわえてアコギ持ってる写真が発掘されたって云うので話題になり、ちょっとしたら「The Complete Recordings」のジャケにもなったスーツ姿の写真が出てきてとんでもなく話題になったものだ。多分、この二枚しか写真はないんじゃないかな。それくらい希有な人なんだよね。

Elmore James - Dust My Bloom


 スライド三連ギターの代名詞ともなっているエルモア・ジェイムスの超有名曲「Dust My Bloom」だが、もちろん彼には他にも多数同じようなスライド三連ギターをメインとした曲を録音…いや、「吹き込み」をしており、今日のCDで入手できるソングリストにはあらかた同じようなものが収録されているので容易に聴くことができる。

 インターネットというものは実に便利な情報収集手段だ。ちょっとググって「エルモア・ジェイムス」と入れるだけで多種多様の人が彼について判明していることをアップしてくれているので、今までではあちこちの文献を再度探してフムフム、なんて言いながらつい目的を忘れて読み耽ってしまうことが多かったのだが、目的に対して素直に検索ができるのは良いね。で、彼の生い立ちなんかはかなり明確にされているみたいなのでそういうのを見る方が良いんだろうなぁ、詳しいし。ざっと見ると、20歳くらい年上のサニー・ボーイ・ウィリアムスンにくっついてあちこちの酒場をふらついてギターを弾いていたようだ。サニー・ボーイはブルースハープなのでこのような若者は適当に使えたことだろう(笑)。そしてある日、流れ者のロバート・ジョンソンというとんでもない女たらしが街にやってきて酒場でギターを弾いていたということで、見た瞬間から今度は彼にくっついて回ったという。そこで「Dust My Bloom」を伝授されたということらしいが、ついでに女癖と酒癖の悪さも教わったようだ(笑)。

 今ではロック界の人間、クラプトンやレイ・ヴォーン、ちょっと前ではジェレミー・スペンサーやブライアン・ジョーンズなどがこぞってエルモア・ジェイムスの曲やらギターやらをコピーしていて我々のようなロック畑のリスナーにもその素晴らしさを伝導してくれたが、こうして元ネタCDを聴くと最初は「ちゃちぃな、全部同じ曲だし」と思ったもんだが、聴いていくウチにとんでもないことに気づき始めるのだ。単純に、この時代、ディストーションなんていう歪み系のエフェクターなんてもちろんないワケで、っつうことはエレキそのものですら怪しいワケで、ってことは何?アコギ、生ギターでこんな音出してるワケ??「え?」ってなもんで、しかも「吹き込み」なワケだからもちろん歌もギターも全部一発録音で、ま、普段から酒場でやってることって言えばそのままなんで本人達からは大したことないんだろうけど、それで、これかよ?歌だって滅茶苦茶ナマナマしくって魂吹き出てるぜよ…。「Dust My Bloom」や「The Sky Is Crying」がメジャーになってるけど、結構まだまだロックミュージシャンがパクれそうな曲いっぱいあるんだよな。ところどころのフレーズはジミー・ペイジも結構パクってるなぁ…(笑)。

 で、正直言ってオリジナルアルバムというものが存在しているのかどうかわからんけど、結構ベスト盤がいっぱい出ている…っつうかそれしかないんだけど、どれもこれも寄せ集めでしっかりと収録されているので安いのから手に入れれば良いんじゃないかな。ちょっとアマゾン見た限りでは「Blues After Hours」ってのが酒場の黒人女性をジャケットに持ってきていて、なかなか良い。選曲的には初期に偏ってるけどね。ま、万遍なくって感じなら「The History of Elmore Jame」とか「Rollin' & Tumblin'」ってのが良いかな…。

Gastunk - Dead Song

DEAD SONG GASTUNK EARLY SINGLES GASTUNK EARLY SINGLES
 自分の好きな日本のバンド群の中では多分五本の指に入るのは確実なんだが、それがまさかインディーズのバンドになるとは本人も思ってなかったんだが、ロックを聴き始めて20年以上の月日が流れた中、実に多種多様のロックを聴いた。それでもこのバンドのかっこよさは今でも褪せることなく結構なヘビロテで聴くことが多いのだ。そして今でも飽きないし、もっともっと聴きたいと欲求を募らせる、そして聴く度に生き返ったような刺激をもたらしてくれるのだ。

 「ガスタンク」=「GASTUNK」

 メジャーデビューしてからは「GASTANK」になってるんだけどもちろんインディーズの頃のが圧倒的に好き…というか、滅茶苦茶カッコイイのだ。記憶が正しければシングル三枚出した後に超名作「DEAD SONG」と言うファーストアルバムをリリースして、これも当時で一万枚くらい売れたようだが、ハードコアパンクそのものなのに「Heartful Melody」と呼ばれる旋律が奏でられていたり歌われていたりするので、凶暴さと美しさが同居している作品。まずはシングル三枚の方だが、今では「GASTUNK EARLY SINGLES」というCDで聴けるので以前に比べて入手が容易になったのは嬉しいね。どれもこれも良いが、三枚目のシングル「GERONIMO」が何と云っても最高にカッコイイ曲ということに疑いはない。正にタイトル通りインディアンの登場としか思えないアコギを掻き鳴らしたイントロからスネアロールのドラミングが加わり、更にあのバキのシャウトボイスによる雄叫びでノックアウト。こないだYouTubeで探したらこのシングル発表後のライブの模様がアップされていたのでつい見入ってしまった。これってさ、ギターソロもメロディアスで良いんだけどこの頃ギターのタツってまだ17,18歳くらいだったんじゃないかな。さすがにマイケル・シェンカー好きなだけあっていいセンスしてるんだよなぁ。

 で、超名作アルバム「DEAD SONG」だ。もうジャケットからしてインディーズの香りがプンプンしていて、裏ジャケ見るとなるほど、って思うのもあるんだが、やっぱりインディーズってだけあって音の作りがやっぱりちょっと物足りないが、これはしょうがない。もちろん中に詰まっているサウンドには何の影響も及ぼさないし、CD時代なんてのが想像できなかったワケだからまあ、よしとしよう。冒頭「黙示録」…いきなり超重苦しい地獄の底で鳴っているようなイントロに単調ながらもスリリングで何かが飛び出してきそうなリズムとハードなギターがメロディを刻む…そして地獄の底から唸るようなボイスが響き渡る、正にガスタンクの序章らしい楽曲で緊迫感が漂うね。そして地獄からのボイスだけがしばらく残り、何かを呼び出しているような被せ方に続いてノイズ混じりの混沌とした音の洪水の中から紡ぎ出されてくる歪みまくったギターリフから始まる「Night Sight Light」では早くもバキの独特の歌声によるシャウトともメロディアスとも云える歌が心地良く叫ばれ、タツのギターソロにしても見事な展開を持った一級のプレイで、もちろんベイビーのベースは一糸乱れぬヘヴィーさと正確さを持って迫ってくる、そして間髪入れずにハードコアパンクの真髄とも云えるようなパワーに満ちあふれた「War Bird」がまたしてもバキの強力なハートフルメロディーと共に聴く者に旋律を与えてくれる。更に続けて叩きのめされるのはもう暴れ出したくなるようなリズムとパワーを叩きつけてくる「胎児(SAD)」。若者だろうと年寄りだろうとこのヘンまで来るとホントに血が騒いでくることは間違いないね。ベイビーのベースがもの凄い音で掻き鳴らされているのがクローズアップされているのも特徴的で、暴力的なガスタンクというバンドの真骨頂を体現しているとも云える。

 アナログ時代ではB面に突入して先ほどまでの暴力的なハードコア路線から少々離れたベースのリズミカルなイントロに合わせて始まる軽めのリフから始まり、ちょっと息を抜けるかと思いきや、それは全く単なるイントロであり、A面どころではないくらいに究極のハードコアパンクとも云えるエネルギーで本当に聴く者をぶっ壊すパワーで迫り来る「Computer Crime」…楽曲として捉えてもリズムや雰囲気が変わりつつもこのハードコア路線で貫けるという意味ではかなりレベルの高い曲だが…、そんな冷静に語っていられるような場合ではないな(笑)。やっぱB面も恐ろしいわ。で、またしてもタツのギターとベイビーのベースが絡み合って紡ぎ出されるサウンドの中にバキの美しいメロディが溶け込む、素晴らしき「Lastest Dream」…。単調な面もあるが、ここはバキのメロディと表現力の豊かさでハードコアパンク調ながらも5分間という長い曲を持たせているが、最後の最後で新たなリフによる展開を見せてフェイドアウトしてしまうのだが、これだけで立派な曲ができると思うようなリフなのだが、惜しげもなく単なるエンディングで使ってしまうのは自信の現れだろう。で、お~、またか~、もうダメだ(笑)。最高にハードコアパンクな曲「Inter Lader」が始まってしまう。こんなのライブで聴いてたら多分ホントに暴動起きてもおかしくないもん。それでもタツのギターやバキの歌にはしっかりメロディがあるので単なる単調なパンクに終わらないで音楽としてきちんと聴けるんだよな。でもやっぱ2分半が限界。さあ、ここまで来たらもう最高の二曲しか残っていないが、まずは「The Eyes」。ガスタンク史上でもかなりの名作に入るバリバリのハードコアサウンドと美しきサビのメロディが重なり合った傑作で、ギターの旋律も当然良いのだが何と云ってもハーモニックスのタイミングがもの凄く心地良いし、ギターソロも見事なまでの凶暴さと色気を持っていて、特に後半でのメロディアスなリフレインについては、日本で最高のものと言っても過言ではないくらいに美しいフレーズを奏でているのだ。傑作中の傑作。そして…、そしてガスタンクの、いやロック史永遠の名曲「Dead Song」。ここまで来てようやく単なるハードコアパンクではない証とばかりに美しくも激しい楽曲を見せてくれるのだ。美しいアルペジオギターにこれまた素晴らしいメロディを刻むベースラインが絡み、そこへハードなギターが登場してこれ以上はないくらいに素晴らしいハートフルメロディが歌詞そのままに歌われ、これしかないっていうギターソロが続く…、そして美しきアルペジオと風の音に包まれる中間部の後エンディングに向かいこの素晴らしいアルバムは終わりを迎えることとなるのだ。

 …やっぱ疲れるけどカッコイイよなぁ、聴く度に刺激を受けて、目つきが悪くなるかもしれん(笑)。彼等もルックスではキワモノ的なものあったけどそれ以上に音楽もしっかりしていたんだよね。もっともっと受け入れられても良いバンドだと思うんだが、そうじゃないところに留まっていたのも好きかな。う~ん、以降はまた今度書こうっと♪

The Willard - Good Evening Wonderful Fiend

GOOD EVENING WONDERFUL FIEND(紙ジャケット仕様)(DVD付)
 インディーズパンクバンドと呼ばれる類の中には色々な連中がいるものだなと実感することはよくあったのだが、どちらかと言うとナゴム系のイロモノ的なバンドにはあまり興味がなくただひたすらストイックに自身の音楽やスタイルを追求しているバンドを好んで聴いていたのだが、そういった面から見ても結構不思議だったのがウィラードと云うバンド。今でこそダムドのキャプテンのモノマネって知ってるけど、インディーズを聴き漁っていた当時1985年頃に見たインパクトは結構なものだった。松本零二の漫画くらいでしかお目に掛からなかった海賊が被る帽子で、しかもドクロのピンがついていてさ、でもってメイクもしていて結構お似合いで、ふ~ん…ってのが最初の印象。

 興味はあったもののインディーズバンドなので音を聴きたいって思ってもレコードを入手するしかなくって、結構悩んだんだけどたまたま店で流れていたので聞きかじってしまったのが最初に音を聴いた時。う~ん、かっこいいっつうか余裕シャクシャクのインディーズバンドっつうか、歌メロがいわゆるパンク的なものとは一線を画していて、メロディアスでリズムに左右されないというか、歌にリズムがないんだよね。バックは結構しっかりしていて、バンドらしい音なんだけど、そのビジュアル面でのインパクトと音とが凄くギャップがあるような感じだったな。ファーストアルバム「Good Evening Wonderful Fiend」をインディーズで二万枚売ったって云うんだから結構なセールスだよね。コアなファンとかいたんだろうな。そういえば最近ボーナストラック付きDVD付きでリマスタリングされて再発されたみたいなんだけどアマゾンにはないみたいなので、オフィシャルサイトからでも買えるらしい。映像は見てみたいな。

 セカンドアルバムからメジャーに躍り出てきて、ちょっとしたヒットとなった「Suburban Cowboy」も結構メロディアスなロックで一番人気が出てきた頃じゃないかな。取り立てて音楽的にどうってのはあんまり感じなかったけど、何か印象に残ってるバンドで、こういうのもパンク、なのかなぁと今でも不思議だが、まあ深くは考えまい。宝島全盛期だしな(笑)。

Laughin' Nose - Broken Generation


 1980年代初頭から半ばにかけて日本でインディーズブームが巻き起こったが、多くがパンクというジャンルにカテゴライズされるバンドだったが、その中からパンクをポップなメロディに乗せてわかりやすく打ち出した、今でも活動しているのがラフィン・ノーズ。残念ながらメジャーシーンに躍り出た時の作品は今では入手不可能らしいが、ベスト盤として中味そのものは聴くことができるみたい。

 初期のインディーズバンドなんてのは大体がオムニバスへの楽曲提供って形が多くて、伝説の「ハードコア不法集会」っつうアルバムがあったりするんだけど、ラフィン・ノーズもいくつかのオムニバスにいくつか提供参加した後、インディーズでの大ヒットアルバムとも云える「Pussy For Sale」という粗野なアルバムをリリース。インディーズではかなりのセールスを記録したことで、10年後くらいにメジャーでCD化されたことがあったような気がする。その後もソノシートばらまきで話題を作ったり、宝島のオムニバスカセットに参加したり結構なブームを作り出していた。

 で、一般的なメジャーデビュー作となったのが「Broken Generation」なんだけど、もちろんインディーズ時代のモロにハードコアなパンクのサウンドではなく明らかにメジャー路線を意識した売るために世に出てきましたという姿勢を全面に出したサウンドで、インディーズ時代から知っているファンはこのアルバムによって彼等を裏切り者呼ばわりする人もいたし、実際インディーズのサウンドを知っているとそう言いたくなる。魂売ったな、って。が、もう少し彼等は知恵が働いていたようで、アルバムセールスとライブとは切り離して新たなパンクシーンの象徴になろうとした節があり、ライブは相変わらずのパンクノリのままでレコードを聴いて飛びついたファンがそこに感化されるという構図となり、結果パンクが一般へと浸透していった事実が残された。

 曲云々では「1999」と題された曲は元々は「戦争反対」という過激なアジテーションを持った歌詞だったのをメジャー向けに歌詞変更したもので、ライブでは「戦争反対」のまま叫んでいた。「Paradise」では印象的なギターのイントロと所詮スリーコードという組み合わせが爆発的なノリを出していて、後年にも引き継がれる傑作になっているし、当時のハードコアパンク魂を見せつけた「Get The Glory」はいわばアンセム的な曲になっている。パンク好きが何人か集まって最後にセッションする曲はコレ、みたいなもんだ。その後すぐにリリースされたミニアルバム「SOS」も結構よく聴いたな。「聖者が街にやってくる」…、そうあの曲のパンク版なんだけどこれがまたかっこよくてね、良かったんだよ。何かのイベントでライブを見たんだけど異様なノリで完全にひとつのブームを作っていた。チャーミーのファッションセンスも結構かっこよかったってのも受け入れやすかったんだろうな。

 しかしどのバンドもメジャーに躍り出るとそこから先に良いことはあまりなく、いつしか大きな路線からは外れていくことになり、聴かなくなってしまったんだけどね。今でも、と言うか今になっても再度インディーズとメジャーの中間で活動をしていて、そのパワーを発揮しているみたい。嬉しいよね、そういうの聞くとさ。自分もまだまだ頑張ろう、なんて気になるもんな。

SION - S.I.O.N


 一気に時代を超えて1985年、日本のインディーズシーンが絶頂期だった頃、数多くの際立ったミュージシャンが圧倒的にメジャーシーンよりもマイナーシーンの方に浮上してきた。商業ベースで考えれば全く採算が合わないバンドやアーティストが続々と活躍しており、今考えればこれもバブル経済のおかげかと思える節も多々あるのだが、それでもこういったシーンがロックの風穴をどんどん広げていったのも事実で、この時期あたりまではまだ日本のロックがマイナーシーンとして捉えられていたのもよかった。そんな中、一際異彩を放っていた人がシオンと呼ばれる人だ。

 周りが派手に気合いだ根性だっていうロックをインディーズで叫んでいた中、彼一人だけフォークギター一本でしゃがれた哀しい声で一日を生きる辛さを歌にして現実をそのままナマで素のままにつぶやいていた作品で世に出てきた。元々はインディーズでリリースしたファーストアルバムだったがテイチクから1986年にメジャーリリースされている。とにかく当時の日本のロックシーンでここまで赤裸々にナマの声で心の中を吐露したアーティストは思い切りメジャーなシーンでは尾崎豊という希有な人がいたが、全く異なる角度から訴えかけてきたシオンの叫びはピュアなロック少年少女には大層響いたものだ。日常を生きる苦しさ、そこまでしないと生きていけないロックの人生。一般人がロックンローラーを見るときってのはステージの上だったりするので煌びやかな世界のスターだと信じているが、実際にはこんなことこんな生活を一生懸命一日一日暮らしている、みたいなのを聴けた…。気合い入れ直す作品だったね。

 ファーストアルバムからは「新宿の片隅から」と「街は今日も雨さ」が特に痺れたなぁ。セカンドアルバム「春夏秋冬」はもちろん泉谷しげるのあの名曲なんだけど、コッチの方がはるかに切羽詰まっていて真実味がある(笑)。いや、「今日で全てが終わりさ…」っていうフレーズひとつ取っても単なる歌詞じゃなくてホントに終わりそうな歌い方と声なんだよな。ま、でもやっぱファーストのインパクトが強烈で当時はあまり聴かないようにしていた。落ち込むから(笑)。もちろん今でも滅多に聴かないけどグサリと心に刺し込む刺激が必要な時には聴くかな。最近でも活動しているし今じゃweb上で本人のエッセイやらメモやら書いているのでより一層身近に感じられる人になっているみたいだけど、どっちかっつうと別世界の人みたいに見えるなぁ。不思議だね。

RCサクセション - Hard Folk Succession

HARD FOLK SUCCESSION 初期のRCサクセション シングル・マン

 高校生の頃から日本のロックに名を残す存在になっていくとは本人も思っていなかっただろうが、結果的に日本のロック史を築き上げていく過中に身を置くことになったのが忌野清志郎だ。1972年に「初期のRCサクセション」でアルバムデビューを果たすが、大体自分の最初のアルバムにこんなタイトル付けるセンスがもの凄い(笑)。後世に残る自信がなけりゃこんなの付けられないもんな。続くセカンドアルバム「楽しい夕べに」も同年リリースされたもので、高校生の遊びとはかけ離れたメッセージ色の強い個性を放つ作品となった。そしてしばらくはシーンから遠ざかることとなるが、1976年に「シングル・マン」でフォーク時代のRCサクセションの集大成として花火をブチ上げることとなる。

 さて、自分で最初に聴いたRCサクセションの作品は1981年にリリースされた「BLUE」だったが、翌年1982年にリリースされた「HARD FOLK SUCCESSION」も当然すぐに聴いたワケで、当時はこのアルバムが初期のRCの作品を再収録した作品だというコトなんて知らないので、何これ?って感じで聴いてたのだが、その時から「BLUE」よりもコッチの方が好きで良く聴いていた。いつしかこれが初期の作品からの抜粋なんだってことを知るんだけど、まあ、初期の作品なんて手に入らない時期だったからまあいいか、ってことで気にしなかった(笑)。後に「シングル・マン
」を聴くのだが、ほとんど被ってるんだよな、これ。で、邪道なんだけどやっぱ「HARD FOLK SUCCESSION」に思い入れが強いね。もっとも聴いてたのが思春期そのものだったので歌詞に凄い共感性があったんだろうな。

 「キミかわいいね…でも、それだけだね…、それだけさ。」う~ん、のっけから凄い歌詞。10代にしてこの感性…凄い。「三番目に大事なもの」の歌詞によると「一番大事なものは自分、次は勉強で、三番目が恋人」なんだそうだ。実に鋭い視点で歌詞を書いて歌っていたんだなぁと舌を巻かざるを得ない。やはり高校生からロックに名を残す人である。「ぼくの好きな先生」でのタバコを吸いながら授業をする先生なんて今だったら速攻で消される先生だよな(笑)。でも、そういう表現に愛があるんだよな、そこがフォーク時代の面白さで後にバリバリのロックになって「愛し合ってるかい?」っていうフレーズはまんざら冗談ではなくて、こういう下地があるんだよ、と子供心に思った。そしてこのアルバム中で一番好きなのは多分「2時間35分」だな。時代性を物語っているのが冒頭のダイヤル式電話のダイヤル音とチリリリリーンっていう効果音だね。そのうちこれは何の音なんだろう?って知らない世代も出てくるんだろうか?コワイ話だ(笑)。で、なぜこの曲が好きか?多分このアルバムの中において一番ロックっぽいメロディとリズムを隠し持っているからだと思う。アニメソングみたいなアレンジでもあるんだが(笑)。歌詞の内容は所詮長電話の話なんだけど、それだけで歌詞が出来てしまうっていう才能が凄い。好きな子と2時間35分電話してたんだ、っていう歌なんだもん。多分、時間が具体的だから事実なんだろうな(笑)。あ、「どろだらけの海」もストレートで好きな歌だな…。

 …とまぁ、結局全部好きなんだけど、とにかく辛辣な歌詞をセンスの良いメロディに乗せて聴かせていくロックらしさは音がフォークであってもしっかり伝わってくるもので、早いウチに出会えて幸せなバンドのひとつだね。後のアンプラグド云々というブーム的なものとは異なりそれしかないからそれで魂を訴えるんだ、っていうスタンスが好まれるんだろう。ちなみに最初の頃のRCのアルバムは全部バックミュージシャンにより差し替えられていてキヨシローの歌だけが残されている状況らしい。それでもしっかり伝わってくるので、結果としては良かったのだろう。

 あ~、いいな…。こういう人間クサイのって(笑)。

Ego-Wrappin' - 色彩のブルース


 ある日CDショップをフラフラしながら試聴コーナーで物珍しいものを散策している中、何やら思わせぶりなキャッチコピーが付けられた作品に出会った。悪いがCD屋の店員が書くポップによるキャッチコピーなんぞに惹かれることはまずあり得なくて、それ自体がきっかけとは思えないのだが、やはりそういう素晴らしい音楽ってのは人を寄せ付ける魔力が備わっているのだろうか。そうして出会ったバンドがEGO-WRAPPIN’という日本の、大阪のバンド。

 そこで出会ったサウンドは「色彩のブルース」と呼ばれるマキシシングルで、クレジット上では4曲だが実際には5曲収録しているというヒネたサービス精神もなかなか良いのだが、それよりも曲そのものが素晴らしいのだ。バンド自体は今ももちろんあって、結構売れてるんじゃないかな。ちなみにCDは2001年暮れのリリースなのでウチのブログサイトには珍しく異常に新しいバンド…と言うかユニットなのだ。名前は知らないがボーカルのお姉ちゃんとギターのお兄ちゃんが組んでるんだけど、もちろんバックには様々な楽器があって、しかし、それらは全てジャズ系のミュージシャンで固められている。何せサウンドは古き良き昭和のブルースを奏でていて、怪しさや混沌とした街並みなんてのも表現できているなんか凄い世界で、一発でハマり込んだもんな。この「色彩のブルース」ってのがとにかく素晴らしいんだけど、続く「Nearvous Breakdown」っつうライブバージョンも場末のバーで演奏している堕落したミュージシャンっつう雰囲気がしっかり醸し出されていて、酒とタバコと男の日々、って感じでさ、桃井かおりやマリリン・モンローあたりが役者として登場しててもおかしくないんだよ。で、このバンドの歌のお姉ちゃんがこれまた凄い声量と歌のいやらしさを持っていて聴いていると気持ち良いくらい思い切りの良い歌が聴ける。こういう曲を奏でるんだったらライブはコンサートホールなんかでやっちゃいけないね。ホントに場末のライブハウスやバーでやるのが良いが、日本にはなかなかそういう場所がないのも事実でもったいないな。面白いことにこういうサウンドが若者にウケているみたいでまだまだ日本も捨てたモノではない、なんて微笑んでしまう。

 この人達のサウンドの根本には日本のブルースはもちろんあるんだけど多国籍的音楽集団という面も感じられ、特にサックスの奏でるメロディがもの悲しさ=叙情を引き出していて、楽器の持つ表情の豊かさが素晴らしく全面に出されている。これはピアノでもギターでも同じコトが云えるし、特に「かつて」という曲のイントロから奏でられるサックス→ピアノ→ギター→ハイハットという音色の情緒に加えて感情表現豊かな歌声がとどめを刺す。たかが5曲入りのマキシシングルのくせに10数回聴いても飽き足らない音楽の深さをしっかりと教えてくれる作品で、アルバム「色彩のブルース」、次作「満ち汐のロマンス」あたりの濃い世界が実に好ましくて良い。最近の作品がどういう兆候なのか知らないんだけど、この時期のが一番輝いているんじゃないかな…。

上田正樹と有山淳司 - ぼちぼちいこか


 きっかけは何だったか全く覚えていないのだが、聴いた途端にハマり込みまくった日本の誇るユニットによる何とも気の抜ける最高の一枚が上田正樹と有山淳司による「ぼちぼちいこか」だ。アルバムリリースは1975年、当時サウス・トゥ・サウスというバンドで一緒だった二人による作品だが、当時のサウス・トゥ・サウスのライブはもちろんライブハウスだったのだが、第一部と二部と分かれていたらしく、第一部ではこのアルバムで聴かれるようなリラックスしたラグタイムブルースを大阪弁で気楽に歌っていたもので、第二部ではバンドでファンキーな演奏をしていたとのことだ。まあ、そういった背景を知らなくてもこの作品はそれだけでしっかりと楽しめるので是非聴いてみることをオススメしたいね。

 音楽的には別にロックじゃないよ。なんつぅのか、ラグタイム、だよね。大阪ブルースってのもあるけどやっぱラグタイムが基本。そこに面白おかしい歌詞が乗っかってきて日本でしか味わえない、演歌じゃなくって日本的…というか大阪的ラグタイムブルースの出来上がり。エレキ楽器はほとんど使われていないので凄くリラックスして聴きやすいし、のどかな情景が目に浮かぶそんな作品なんだよね。「とったらあかん」とか笑わないでは聴けないし(笑)。でもね、音楽的素地がしっかりした人達だからギタリスト的に聴けば、一体どうやったらこういうギターを弾けるんだろう?なんてマジメに考えたりするし、歌だってやっぱ凄い感情表現が上手くて、何と云っても歌詞が素晴らしいし、ナマナマしいのも良い。ミュージシャンってこういう生活なんだよな、っていう、素直な内容が心に染みるし、わびさびの世界だよね。

 この作品を聴いてからこういうラグタイム系のものを洋楽邦楽問わずに探したんだけどなかなか出会えない。元ネタとなるのは多分アメリカの方のヴォードヴィルミュージックと呼ばれるものだと思うんだけど、ここまでリラックスしたものはなくって、どっちかと言うともっと音楽的になってしまう…、それよりもくつろげる音に出会いたいんだけどないねぇ。そういう見地から見るとこのアルバムは今のところこの分野ではダントツの愛聴盤ということになり、かなり最高の作品なわけだ。残念ながら今はCD廃盤らしいんだけどちょっと前には1500円シリーズで発売されていたので中古品でも見られるはずなので万人にオススメするよ、こいつは。ちょっと歌詞が古いので懐かしい言葉が聴けるのも面白いかな。

 有山淳司はここから20年後くらいに憂歌団の木村氏とユニットで同じようにリラックスしたサウンドの作品を作ってるけど、やっぱコッチの方が面白いよ。まぁ、それでもやっぱり似たような連中ってのは集まるもんなんだねぇ←憂歌団のことね(笑)。どんなに落ち込んでいても絶対に笑えて元気の出る作品♪

U2 - War

WAR(闘) Boy October

 U2。2006年になってみてこのバンド名を見ると、超大物バンドとして捉えられる光を放っている。動くだけで話題になるバンド、ストーンズなどと同様に語られつつあるビッグネーム、そしてボノのボランティア業への献身が世界の話題となり、今をときめくiPod&iTunes Storeには最初から賛同したアーティスト。根はストリートミュージシャン的気質を持ったバンドなので今でも反骨的な精神は健在だ。

 そして1983年U2は三枚目のアルバムをリリースする。「WAR(闘)」だ。

 当時のヒットチャートの中では異質な香りを放ち、煌びやかさとは無縁のサウンドが実にナマナマしく流れ、その存在感をアピールしていたが、それは「寒い」音楽だった。「血の日曜日」を最初に聴いた時、なんて寒々しい曲なのだろう、と思った。それからU2はあまり聴かなくなった。マジメに初期の作品を聴き直したのは2000年を超えてからである。もちろんリアルタイムに聴いていたのでそこそこ知っていたが、かっこいい、っていう感じでは聴いていなかった。当時を思い返してみるとこの曲の持つボノの魂の叫びとシンプルなエッジのギターのトーンが異質だった。ディストーションバリバリのサウンドが主流だった時にこの音だ。何年も経ってからこの音がこれほど熱い音だということに気づき、歪んだギターの音はそれだけでは熱い音ではなく、言葉と魂が込められたものがホンモノのロックなんだ、ってね。それでも記憶ってのはやっぱ残っていて「New Year's Day」の旋律なんかも何かと頭の中で鳴るものだったし、「Surrender」も然りだ。当時あまりにもメッセージ色の強いバンドカラーがあまり好みでなかったのかもしれない。別に学ランを着ていたからではなく(笑)。

 …素直に書こう(笑)。かっこいいんだよ、このバンド。そしてホンモノなんだよ、彼等。タイトルは「WAR(闘)」で少年の怒りが象徴するジャケットもまた素晴らしい。これは「Boy」でジャケットになった少年だ。彼等の初期三作はナマのサウンドで音楽と魂だけで勝負している見事なロックアルバムだ。後の作品も素晴らしいが野性味のある本作はアメリカ進出というキーワードがあるにせよ、素晴らしきアルバム。

 今年4月久々の来日公演が予定されていたが、エッジの娘さんの病気のためにツアーをキャンセル。またいつか実現するだろうと思われるがチケットを取った自分には残念なことだった。事情が事情だからもちろん正しい選択である。そんなところも生身のU2らしいところだ。

Bon Jovi - Bon Jovi

Bon Jovi 7800° Fahrenheit ワイルド・イン・ザ・ストリーツ

 80年代のもうひとつのブームとしてLAメタルシーンの一般ポップスシーンへの浸透が挙げられるだろう。ヒットチャートにHR/HMを送り込んだバンドはいくつもあったが、中でも最も成功した例がボン・ジョヴィではないだろうか。アルバム単位ではデフ・レパードもかなりのセールスを博したが、圧倒的な売上げ戦略としてはボン・ジョヴィのやり方には敵わなかったと見ている。しかし彼等が最も面白かったのはメガセールスアルバムとなった「ワイルド・イン・ザ・ストリーツ」をリリースする前まで、彼等自身で曲を書いていたバンドらしい時期に注目したい。

 セカンドアルバム「7800° Fahrenheit」までの彼等は仲間内でしっかりと曲を書き、それなりの名曲もいくつも発表していたが、やはり売れ線とはほど遠い部分があったのは確かだ。しかしルックスの良さが売れ線に目を付けられて便乗した戦略としては大成功。だが、真のロックファンはそれを好意的に思わなかったのではないだろうか。…と云っている自分のことなんだけどね(笑)。そういうワケで最も思い入れ深いアルバムとしてはやはり「ファーストアルバム」とセカンドアルバム「7800° Fahrenheit」だ。デビュー曲「Runaway」のキーボードで始まるイントロは後に石川秀美…いや、パクられていたとは云わないが(笑)…その鍵盤の使い方は当時のヴァン・ヘイレンの「Jump」と同じく印象的なイントロだった。そしてそこから紡ぎ出されるキメとギターのハーモニクスダウンの心地良さこそHR/HMの原型でもあるか。曲の中枢を担うメロディラインの良さは後のボン・ジョヴィにも通じるのだが、マイナー調の美しさをしっかりと持っていてアメリカらしからぬラインを備えていたのではないだろうか。また「She Don't Know Me」というキャッチーなメロディーを持った曲も心に残る曲で、それよりも何故「She」という女性名詞に対して「don't」なのか、常識的には「doesn't」だろう、と思われる言い回しをタイトルにしていた英語の奥深さも子供心ながらに認識し、この頃から口語的表現と文語的表現の英語の違いを認識したのかもしれない。答えは簡単明瞭で、単なる強調的な言い回し及び実現不可能な意味合いを持つ時の表現方法だと云うことだ。ん?何を書いてるんだっけ?

 で、セカンドアルバムにも日本人の心をくすぐる「Tokyo Road」を収録していて、「サクラサクラ」のオルゴールから始まるメロディはボン・ジョヴィが最初にブレイクした日本へのお返しだ。日本人の女性諸君は本当にルックスが良くてかっこよいバンドを捕まえるのが上手いのだ。古くはクイーンなんかもその例だね。で、このアルバムからの名曲は「Only Lonely」だろうね。PVでのドラマティックなジョン・ボン・ジョヴィの演技ぶりは後に俳優としてスカウトされるのもよくわかるくらいダサイ…否、ハマってる(笑)。いや~、曲はもの凄く演歌的で良いんだよね。日本人的には嫌いではないはず。

 …とまぁ、彼等の人気を決定的にしたのはサードアルバム「ワイルド・イン・ザ・ストリーツ」での「Bad Name」や「Livin' On Player」なんかだろうけど、それ以前に一生懸命メジャーを目指していた姿を記録した初期の作品は今や語られることもないけれど、リアルで聴いていた世代には思い入れ深いんじゃないかな。

Dead or Alive - Youthquake


 ちょっと時代がズレた感じがしないでもないがこの時期に同じく強烈なインパクトを持ってシーンに躍り出てきたバンド…と云うか人達としてはデッド・オア・アライブってのもいるのだ。モロにゲイ、っつうかバイセクシャルな香りを匂わせてシーンに登場したピート・バーンズのその容姿はディスコっつうよりも圧倒的にロック系のファッションだったし、えらく優雅に見えたものだ。後に彼等はユーロビートの第一人者的なサウンドを奏でていたということに気が付くのだが、当時はただ単に衝撃的なルックスを誇るかっこよい人のやってるかっこよいサウンドっていうイメージだったかな。

 アルバムとしては「Youthquake」っていうセカンドアルバムになるんだけど、やっぱりシングルヒットでの印象が強いのであそういう意味ではダントツに「You Spin Me Round」に軍配が上がる。今聴けばまあ、完全にユーロビートなディスコサウンドだったんだなぁと思うんだがえらくかっこいいビートとメロディラインだったワケだ。その前か後のシングル「My Heart Goes Bang」ってのも凄く破壊的でかっこよかったので、新鮮なロックバンドだなぁと思っていた。うん、まあ、そういうモンだろ。

 後に冷静になってこのバンドを分析してみると実に面白いことにドラムとボーカルはともかく鍵盤二台による構成で、しっかりとライブなんてのもやっていたワケで、結構前衛的なバンドだったようだ。数年前にテレビで最新のライブを放送していたが、これまたかなり前衛的なサウンドを出していて、そのバンド形態と音世界は間違いなく英国的なアグレッシヴさが前に出ていた実験的要素の強いものだった。20年ぶりくらいに見た彼等の最先端の姿を見て、もちろんピート・バーンズの容姿の変貌さは驚くくらいのもの(老けたとかではなく、中性的な容姿になっていた…)だったが、サウンドは相変わらず攻撃的で面白かった。もっとも本国では全然ウケていないようなので、まあやっぱり過去の人なのかもしれないが…。DVDになってるのがそうなのかな?

Frankie Goes To Hollywood - Welcome To The Preasuredome


 第二次ブリティッシュインヴェンジョンの波もまた実に多くの変人奇人バンドを世にリリースしてくれたのだが、中でも露骨なまでにその変態性を打ち出してきた(本人達にその意図があったかどうかは知らないが…)バンドが、バンド名からしておかしなフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド。

 う~ん、二つの事実を書かなければいけないバンドであるのも事実だな(笑)。一つ目、子供心に刺激を受けたリアルタイムでのインパクト。いきなりメディアに登場してきて、しかもシングル曲は「The Relax」っつうなんともかっこ良い正に80年代を代表するに相応しいドラムパターンと云い、12インチバージョンでの曲の長さと云い、圧倒的なかっこよさが目立っていてそれだけで皆飛びついていたような気がする。セカンドシングル「Two Tribes」でのPVのインパクトは子供心にも絶大な刺激を与えてくれて、当時ああいう生々しい暴力的なPVはあまりなくって、もっと映画っぽいっつうか虚構の世界的なものだったんだけど、あれはかなりエグいPVだったな。それで一瞬で消え去ったっていうトコなんだが…。二つ目の事実に気付いた今、全く異なる視点を持って見てしまうのだなぁ…。もちろん今でも80年代オムニバスCDには入っていて聴くと懐かしいしやっぱりかっこいいなぁ~って思うことに変わりはないのだが。

 で、その二つ目のこと。こういうワケのわからんものには必ず仕掛け人がいるもので、このバンドの場合はなんと、イエスのトレヴァー・ホーンが仕掛け人だったんだな。バンド全員楽器の演奏なんてできない連中ばっかで、ボーカルのホリー・ジョンソンの歌だけはそのままだが結局全てのプロデュースがトレヴァー・ホーンによるものとして判明。そんなことから当時の全てのイベントにこのバンドは参加することなくライブもほとんど行われなかったようだが、何と驚くことに日本公演は実現しているんだなぁ。で、変態性ってのも結局ティーンエイジャーを巻き込むための刺激的要素だったようで、メンバーが全員カップル、というようなウワサはホントだったのかどうか今でも確認されていないみたい。まぁ、そんなことで結局商業主義的論理に乗っ取ってしっかりと売れるべくして売り出されたバンドで、ファーストアルバム「Welcome To The Preasuredome」もいきなりの2枚組でリリースされたんだけど、音楽的な面ではさすがに全てを架空のもので名作を生み出すことまではできなかったようで、かなりの駄作(笑)。

 しかしそういう事実を前にしてもリアルタイムで通ってきた世代からするとこの「The Relax」という曲と「Two Tribes」のPVは超強烈なインパクトを放っており、今でも印象的な曲として残っているのだ。ああ、英国のヒネた戦略に見事に載せられた哀れなティーンエイジャーなんてことは認めたくない…(笑)。

Howard Jones - Human's Lib


 無機質サウンドも80年代のひとつの特徴として挙げられるが、中でもダントツの無機質さの一部を担っている孤独なアーティスト的位置付けとして存在しているのがハワード・ジョーンズ。1984年3月にリリースされたみたいなんだけど、シングルヒットの方が先だったのかな、多分「New Song」がデビューシングルだったような気がするんだけど、まあ、とにかく一人で全てのパートを演奏してしまい、一人でアルバムを作ってしまったというくらいのオタクな人手それはもちろん顔にも表れていたんだろうなぁ、でもあのヘアスタイルは結構かっこよくってどうしたらああいう髪型になるのか、なんて議論もあったのだが(笑)。

 さて、サウンドの方はもう完全なる無機質テクノポップ路線で、今じゃコンピュータと一緒に戯れていれば簡単に出来ちゃうことなのかもしれないけど、当時はまだまだシンセサイザーが台頭してきたばかりで、YMO全盛期…、ん?ちょっと遅いか。それだけYMOが進んでいたってことだろうけど、それはともかくとしても英国からもこのような人間がシーンに登場してくるという豊富さはさすが。セカンドシングル「What Is Love」が多分最大のヒット曲だと思うけど、実に美しい曲とメロディラインで構成されていて、PVでの哀愁漂う姿もナカナカ印象的で良いよなぁ。アルバム単位になってくるとさすがに当時かなり上位を占めていただけあって、どの曲も捨て難いくらいのレベルを維持していて、このアルバム「Human's Lib」にかける意気込みが見えるというものだ。冒頭「Conditioning」から軽快なポップサウンドで、シングル「What Is Love」でしょ?その後はこれもシングルカットされた「Pearl In the Shell」、う~ん、こいつもしっかりと記憶に残ってるわ(笑)。で、「Hide And Seek」は邦題の元ネタになるくらいだし(かくれんぼ)、で、「New Song」でまた聞き覚えのあるメロディーで引っ張っておいて後半突入。まぁ、正直言って今全部危機通すのはちょっとキツイけど秀作は揃ってるよね。でも無機質なのでやっぱりそういう面で飽きちゃうんだよな。

 そのせいかセカンドアルバム「Dream Into Action」ではちょっと幅を広げようとしたみたいだけど見事にスカしてしまって、以降シーンから急速に消えてしまったんだよな。もっとも本国ではそれなりにステータスが確立されているみたいなので今でもちょこちょことシーンに出てくるようだ。去年あたりにも新作出てるしね。日本も来たんじゃなかったっけ?ま、今なら80年代ポップスが再注目されているから良いんだろうね。記憶が正しければ初来日公演以降くらいから彼とそっくりの弟をメンバーに加えて活動していたような…。ま、ベスト盤聴くよりもこのファーストアルバム聴く方がベストかもしれんな(笑)。

Eurythmics - Sweet Dreams


 ロックファンへの露出度として名を上げたシーンとしてはクイーンのフレディ・マーキュリー追悼コンサートへの出演で、デヴィッド・ボウイとのコラボレーションによる強烈なインパクトを放った演出が今でも目に焼き付いているのだが、もともと英国的ビッグイベントには必ず出演しているというトコロから彼等…いや彼女へのリスペクトという点が表れていると云えよう。そう、圧倒的なシンボルとして君臨していたアニー・レノックス嬢、元ユーリズミックスという呼ばれ方もいまや古しと言ったところか。

 な~んてかっこつけて書いてみたものの、彼女の存在が圧倒的に広まったのはやはり栄光の80年代の頃、時は1983年にリリースされた彼女たちのセカンドアルバム「Sweet Dreams」に収録されていたタイトル曲「Sweet Dreams」の大ヒットにより日本のお茶の間MTVにも進出を果たし、そのバイセクシャル性が妙に目を引いたPVが印象的。もちろんサウンドそのものも当時のままで語るならば「なんか機械的で人間味がなくて、でもやけにキャッチーに聞こえてきてクールだなぁ」ってなトコ。インテリアミュージックとも形容されていたようなんだけど、言い得て妙なり。これほどシンセサイザーにスポットを当てながらもYMOなどのテクノポップとは大きく異なるヒューマンタッチのアニー・レノックスのボーカルを入れ込む、それもかなりソウルフルな歌い方をする彼女の声と無機質なサウンドの融合が非常に面白味を増しているんだよな。続く三枚目の「Touch」も更に洗練されたサウンドでアルバムジャケットが印象的なのもあって、面白いかな。まあいずれにしてもこの人達ってえらくセンスが光っているのは間違いない。

 一言で言えば「かっこいい」のだ。

 ちょこちょこと調べていて気付いたんだけど1981年のアルバムデビューから1990年の第一次解散期までの間に何と7枚+ベスト盤をリリースしているという楽曲の多さに驚く。こんなにアルバム出てたんだ…、どちらかというとシングルで追いかけていた人達だったのでアルバムを意識しなかったんだけど、この数の多さはハンパじゃないね。全部聴いてないから知らないけどこういうサウンドで変化を付けていくってのも難しいだろうからやっぱりアニー嬢の歌で惹き付けていくしかないんだろうな。最近新たなベスト盤がリリースされて、PVをいっぱい収録したDVDも同時に発売されているのでコレも懐かしさを楽しむには良いね♪ 更に言えばやっぱりアニー・レノックスソロアルバムってのがこれまた良くってねぇ…、「青い影」とか「Train In Vain」なんつ~のをカバーしてるんだけど、全然全くアニーの作品になっちゃってるんだもん(笑)。この辺はまたいつか詳しく…ね。



David Bowie - Let's Dance


 過去の全てに別れを告げて、新たなる意気込みと新たなるサウンドに挑戦し続ける男、デヴィッド・ボウイ。彼もまた80年代ポップシーンにおいて重要な役割を果たし、ボウイ自身の歴史からは既に抹殺されている時代ではあるが今回の切り口はエイティーズってことなので彼の歴史そのものの肯定否定論は抜きにして語っていこう(笑)。

 クイーンがレコーディングしているスタジオに遊びに行って即興で出来上がった曲が「Under Pressure」で、フレディが生きている間はクイーンでのライブで聴くことはあってもボウイのライブで聴くことはなかったが、フレディ追悼コンサートにおいて、ボウイと"絶世の美女"アニー・レノックスのデュエットにより新たな息吹を与えられてこの曲は再度スポットが当てられることとなった。90年代中期に作られたPVではアニー・レノックスの映像がとことん消されて、あたかもボウイとフレディのデュエットというような作り方になっていて、それまでを知っているとえらく興醒めしてしまうものだったが、元々のPVは工場地帯のモノクロっぽいやつであんまり印象に残ってない。しかし、この時のアニー・レノックスとの共演は正にハイライトシーンとも云えるもので、演劇派ボウイとアニーによる二人の世界を演出した素晴らしいもので、当然フレディの高音パートをアニーが歌い上げるというものなので文句なし。最高の一幕だったなぁ。

 で、話は80年代に戻って、ボウイさんの80年代と言えば、もちろん「Let's Dance」ですね。タイトル曲の大ヒットもさながらのこと、「Modern Love」というかっちょいい、正に80年代のサウンドをしたポップソングもチャートを駆け上り名実共にスーパースターとなったボウイ。このアルバムのギタリストにはあのスティーヴィー・レイ・ヴォーンを起用して、単なるポップスター的アルバムには仕上げなかったボウイのギタリストへのこだわりもあったのか、おかげでスティーヴィー・レイ・ヴォーンは一躍若きロックスター&ブルースメンとしての知名度をアップした。何せその時の評判は「あのアルバート・キングみたいに弾くギタリストは誰だ?」ってのが話題だったくらいだから。ツアーを蹴ってソロアルバムの売り込みに奔走したスティーヴィー・レイ・ヴォーンはその後超メジャーな人となることは言わずもがなか。

 また話を戻して、もう一曲売れたのが「China Girl」。キャッチーなラブソングで胸がちょっと苦しくなるような切なさももっている名曲でPVで中国人との恋物語ってのも多分結構なタブーに近いモノあったんだと思うけど、印象的だったね。で、後に有名になるんだけど、この曲はもともと77年頃にボウイがイギー・ポップの制作に絡んだ時にイギーにあげた曲だったワケさ。イギーの「Idiot」ってアルバムに入ってるんだけど、これがまた全然暗いイメージのアレンジで同じ曲がここまで変わるのかってくらいに変わっている。そのセンスは凄いものがあるよね。ちょっと後にボウイは再度イギーのアルバムの制作に関わるんだけど、面白い時期だね、ほんと。

 んなことで、ボウイの「Let's Dance」、もしくは「シリアス・ムーンライトツアー」のライブビデオはこの時期を通るならば見るべしって感じ。今のDVDだと絶版だった「リコシェ」っていうボウイが中国公演を行った時のドキュメンタリー映像も入っているんじゃなかったっけ?入ってなかったらこれも探すの大変だろうなぁ。。パワーステーションサウンドも完璧で聴いていて気持ち良いサウンドだよね。

Queen - The Works


 栄光のエイティーズ…で行くつもりなのだが、何故かどうしても皆さんのコメントからすると…ちょっと曲がっていかないといけないらしい(笑)。んで…んで、ね、ジョージ・マイケル一世一代の大勝負且つ栄光の瞬間、そして世界のそれが認められた日と言えば1992年4月20日、栄光のフレディ・マーキュリー・トリビュート・コンサートに於ける「Somebody To Love」。個人的にはこの日のハイライトはアニー・レノックスなんだが(笑)、確かにジョージ・マイケル君も素晴らしかった!偉大なるクイーン。

 そしてクイーンが音楽的にも戦略的にも大きな変換を果たした80年代、彼等のスパイスはジョン・ディーコンの音楽性に惹かれていく、そう、即ちブラコン志向。「地獄へ道連れ」とかね。が、栄光のエイティーズ最中で最高の記録を打ち出したのがもちろんロジャー作の「Radio Ga Ga」だ。あのPVによる宣伝効果は絶大なものを誇っており、以降クイーンのライブでのこの曲のサビ部分によるあの手拍子は永遠に不滅だね。丁度その時にリリースされたアルバムが「The Works」で、ここからは更に「ブレイクフリー」=女装クイーンの正に英国的コメディーセンスの光るPVが印象的で、先のフレディ・マーキュリー・トリビュート・コンサートの時もリサ・スタンスフィールドが同じ衣装で登場したものだ。しかし今聴き直してみるとこのアルバムの秀逸さがよくわかると思うが、「Tear It Up」は正にハードロッククイーンの象徴だし、更に、更に印象的な、あの目玉のいっぱいくっついた赤い衣装を着た正にフレディが君主として崇められるべき、彼の栄光を象徴するPVが強烈な印象で、そして楽曲の秀逸さと歌詞の重みがフレディの人生を語っているかのようだ。後にフレディがソロアルバムで「Living On My Own」と言う曲で更に赤裸々に人生を物語ったことも今や昔の話か。「It's A Hard life」…クイーンの危機を一人で背負うと意気込んでいた頃のフレディの想いなんじゃないかなぁと憶測してます♪そしてラストは、クイーンを追いかけている人には思い出深い、末期クイーンのコンサートではアンコール後に演奏される、これは「We Will Rock You」と「We Are The Champion」という切っても切れないメドレーの中に意気揚々として登場することとなる「哀しき世界」の美しさ…、正にフレディの声が胸に響く、そしてクイーンはこの曲、いや、ここに書かれた曲のほとんどをライブ・エイドで強烈なパフォーマンスを魅せて解散寸前のバンドを止めたのだ。何よりもそれはクイーンの力によるものだった。

 ん~、やっぱ80年代のクイーンのロックもやっぱり捨てがたいよ。エイティーズの流れもあるけど、フレディの歌を心の叫びがポップスの中でも際立った存在感を魅せていた。子供心にこのフレディとジョージ・マイケル、更にはフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドのボーカルのアンチャンの人とは違う雰囲気=(ホモ・ゲイ)っていうのが分かってしまうってのも才能でしょう。

Wham! - Make It Big



 80年代にヒットチャートを賑わせたデュオと言えばホール&オーツ…ではなく(笑)、もっとミーハーなのだと何を思い浮かべる?まぁ、筆頭にはやっぱりワム!なんだよ、それ。あ~、懐かしい思い出が甦ってきた…もちろん淡い恋の思い出♪こんなロックンローラーでもそういう青い時期ってのがあったんだよ、実際(笑)。ま、しかし不特定多数閲覧のネットの前で書くことではないか、な。いや、ま、いいか、凄く可愛いお話しなので。

 いや、単純にその頃好きだった…というか彼女だった子の部屋に行ったらワム!のファーストアルバムがあってさ、それで最初に聴いたんだよね。もちろんシングルの「クラブ・トロピカーナ」なんかが売れた頃だったと思うんだけど、そんなのよりも彼女の部屋で聴いたってことの方が印象残ってるんだもん(笑)。「Bad Boys」なんてキャッチーで凄く覚えやすいしさ。なんとなく「バッド・ボーイ」ってフレーズがロックっぽくて良かったのもある(笑)、しかしこんなの聴いててロックも何もないんだが(笑)。

 そしてその後しばらくしてセカンドアルバム「Make It Big」がリリースされる、のかされた、のか覚えてないが、シングルPVでの「ウエイクミーアップ」がこれまた軽快でイギリスらしからぬ明るさを持っててるくせに妙にメロディーはイギリスらしい曲で、さすがだよな、ホモ野郎…じゃなくてジョージ・マイケルの音楽センスは抜群に冴えてるよ。それからシングルでは確か名曲と呼ばれる「ケアレス・ウィスパー」がヒットして、これは中間のナイロンギターでのギターソロに哀愁があって凄くよかった。ああいうギターってどうやって弾くんだろう?ってこの頃から思ってたような気がする。歌上手いしなぁ…。で、やっぱ「Freedom」これが一番色々な意味で恋の物語の続きで印象に残ってるんだよ、うん。「ドー、レー、ミッ」っていう音階のリフなんだが(笑)、歌メロもリズムもアレンジも実によくできたもので売れないハズがないってくらいにキャッチーでポップでかっこよいんだもん。あぁ、彼女元気だろうか(笑)?

 そういう印象のワム!なんだけどその後か前か…、「ラスト・クリスマス」が売れて今でも一世を風靡した名曲ってことでシーズンにはよく流れるよね。リアルタイムで聴いていた時だったのでそのクリスマスの思い出も毎年甦るのがこの曲に対する嫌い度なのかもしれんなぁ…、いや、良い曲なんだけどシーンが悪かった(笑)。これは内緒(笑)。

 んなことで、最もときめく青春時代の思い出の一ページに残っているワム!、さすがに音楽センスは抜群な実力あるポップシンガーのデビュー期というのもあって、優れた楽曲が多いよね。もっともこの辺以降の彼の堕落ぶりはボーイ・ジョージと張るものがあるのだが…。

Culture Club - Colour By Numbers


 ニューロマンティックスブームと呼ばれた1980年代サウンドの中、実に多くの個性的な人がイギリスから現れてきたが、中でも強烈なインパクトを放っていたキャラクターとしてボーイ・ジョージの名が挙げられるだろう。カルチャー・クラブと言えば一世を風靡したインパクトを与えたバンドだが…、と言ってもバンドという意識で聴いていたこともあまりないのでなんつうかアイドル的に聴いていたんだろうけど、れっきとしたバンドだったんだよな。

 ドラムはカルチャークラブ以前にはあのザ・クラッシュのドラムのオーディションにも参加していたとのことで彼にとっての音楽の方向性嗜好性ってのは一体どういうものだったのか、はたまたドラムを叩く人にはあまり全体の音楽性に興味はなく、リズムが叩ければ良いのか、はたまたカネのためなのかと色々とあるが、やっぱり成功したモノ勝ちなのであえて追求する必要もないんだろう。そしてカルチャークラブ=ボーイ・ジョージという図式に収まるのだが、デビュー曲「君は完璧さ」でのヘンな魅力はMTVにおける功績が実に大きいと思われる。音楽的に聴くと、ものすごく軽いポップスなのだが、その中に結構なブラックミュージックテイストが散りばめられており一般的な80年代ポップスとは一線を画していたのも後になってから気付いた彼等の音楽性だった。この辺になるとアルバムというよりもシングル…ヒットチャートに登場するシングル曲で聴くという感覚だったのでロックバンドのそれとは大きくことなり、そういう意味では第二次ブリティッシュインヴェイジョンとはよく言ったものだ。

 アルバム単位で言えば、ファーストアルバムよりもセカンドアルバムの方が粒ぞろいの曲で占められていて、サウンド的にも煌びやかな印象が強いね。ま、この中のほとんどがシングルでヒットしたってのが大きいんだけど、バックコーラスのオバチャンが凄い実力派で聴いていて心地良いんだな。何だっけな、「Miss Me Blind」か何かのPVでは日本を意識したものを作っていたんだけど、これがまたいい加減なもので、もう少し研究しろよと言いたくなるんだが、どのPVもボーイ・ジョージの怪しげな姿がクローズアップされていて、やっぱり化け物だよ(笑)。以降麻薬漬けになっていたとか色々物議を醸し出した人でもあるけど、この頃の彼等はホントに光り輝いていたね。「カーマは気まぐれ」なんて可愛いったらありゃしないくらいの曲で面白い。う~ん栄光の80年代って今聴いてもやっぱ面白いね。

The Power Station - The Power Station


 デュラン・デュランで一世を風靡したジョン・テイラーとアンディ・テイラーが正に全盛期に別バンドを結成し、そこでもまた当然の事ながらも大ヒットを放つこととなったザ・パワー・ステーション。ドラムには80年代ドラマーを代表するトニー・トンプソンを据え、更にボーカルに至ってはロバート・パーマーという布陣で挑んだデュラン・デュランチームのロック魂が実を結ばないはずがない…、と云えるのも今だからこそという面は否めないなぁ。当時はなんでデュラン・デュランを蹴ってまでこんなワケのわからんメンバーで妙なリズムの曲をやるのかなぁなんて思ってたし(笑)。まぁ、でも聴いていて気持ちの良いリズムパターンであったことは確かだな。

 最初のシングルが多分「Some Like It Hot」だったと思うんだけど、ドンパン鳴るリズムに新鮮さと衝撃を感じたけど歌が好きじゃなかったんだよね。でもアイドルバンド視されてた彼等がどれくらいロックできるのかって言う興味は誰もが思ってたのかもしれないし、そしてそれは見事にアンディのギターがエラク派手に鳴っていたおかげで十分に認められたことだろう。ジョンのベースについてはデュラン・デュラン時代から割と定評はあったみたいなので、ここでのベーシストとしての役割は至極普通(もちろんそれよりかっこよいのだが)に見られていたみたい。今思えば、だが(笑)。でもって「Get It On」でしょ?これには結構驚いたよなぁ。当時はまだT-REXの原曲を知らなかったので滅茶苦茶かっこよくてシンプルなロックだぜ~って思ってたんだけど、その後だよね、更なる驚きは。

 ファーストアルバムリリース後すぐにロバート・パーマーが離脱したために世紀の一大イベントともなったライブエイドでのステージでこのバンドのフロントを勤めた男があの元シルヴァーヘッドのマイケル・デ・バレスってんだから面白い。ま、これも今だから云えるけど、当時はそんなこと全く知らないので「誰これ?」って感じだったんだけど(笑)。

 しかしアマゾンレビュー見てて思ったけど、そういえばロバート・パーマーもトニー・トンプソンもプロデュサーのバーナード・エドワーズも全員亡くなってるんだよなぁ。トニー・トンプソンってライブエイドでZeppelinのステージでドラム叩いてたんだよなぁ…。それだけでこの人に対する評価ってのが高まっててさ、きっと音がでかくて抜けるドラムだったんだろうなぁ…と。



Duran Duran - Seven And The Ragged Tiger


 「懐かしのエイティーズ」なんてフレーズでしばらく前に巷を賑わせていたが、リアルタイムでまともにその時代に洗脳されていた自分としては単純にひとつずつの曲にそれぞれ何かしらの思い出があったりして、世間と波長を合わせることはないが密やかにレコードやカセットテープで持っていた音源をCD媒体で入手しやすくなったという環境に甘んじてせこせこと集め直していたりした。聴き直すたびにそれぞれの思い出が甦ってきて楽しいやら嬉しくないやら(笑)。そんな若かりし時代なんてのは大して長くはないもので、せいぜい数年程度のことだったのだが多感な時期に聴き漁るもので、しかも「ベストヒットUSA」全盛期且つMTV黎明期という時代性は音楽をイメージとして聴くことのできた新鮮さがあった。そこで人気が出てくるのはどうしてもプロモーションビデオで印象に残るモノだったりして、音楽性はその後に付いてくるものだったりすることも多々あった。そんなバンドは得てして真の音楽ファンやアンダーグラウンドなロックファンからは見向きもされずに軽視されてきたものだが、なかなかどうして実力のあるバンドも多々あったが、なまじっかルックスが良かったためにアイドル視されてしまい、本当の意味で評価されにくかったバンドもあり、その代表格としてデュラン・デュランが挙げられるのではないだろうか。

 結構な下積み経験を重ねたジョン・テイラーとニック・ローズの二人による努力がアンディ・テイラーというロック気質バリバリのプレイヤーと組み、更に聖歌隊にも所属していたルックスバリバリのサイモン・ル・ボンを発掘して、あろうことかライブハウスではなくディスコバンドという路線に方向を定めた瞬間から一気にメジャーデビュー…どころか大ブレイク。1981年にはファーストアルバム「Duran Duran」をリリースして…なんて書いているんだけど、どうにも馴染めんなぁ(笑)。いや、今アマゾンとかで買えるファーストアルバムって多分元々のジャケットなんだろうけど、自分の知ってるのは日本盤の「プラネットアース」っつうヤツで、ジャケットが違うんだよ。そんなの今初めて知ったんだもん(笑)。日本独自ジャケットだったのかなぁ…、ま、あってもおかしくないけど、どこをどう探してもアマゾンでは出てこないので勝手にアップしとこう。やっぱこっちでしょ。

 いや、で、書きたいのはそうじゃなくって、今日は月曜日なのでデュラン・デュランの中でもかなり好きな曲の上位に入る「New Moon On Monday」ってのに引っ掛けておきたいなぁと思ったんだが…、このプロモビデオがかっこよくってさぁ、革命前夜っていう設定だったと思うんだけどジョン・テイラーが良いんだよ。女の子に人気あったハズだよ、これ。その実音楽的には…って、後になってからこそそういう聴き方出来るようになったんだけど、バックの演奏と歌メロって全然かけ離れてるのな。浮遊間が凄く英国的なメロディーで面白い。もちろんポップさはダントツの英国さなんだけど…、それとアルバム「Seven And The Ragged Tiger」の冒頭を飾る「The Reflex」もダントツのかっこよさを誇る一曲で、ギターのカッティングからうねるベースライン…、そして「フレッフレッフレッフレッレレレレレ…」っていういわゆるディスコミックスがデフォルトで重ねられているっていうのはもう衝撃的だった。あ~、「Hungry Like The Wolf」も良いよなぁ…、とにかくこのアルバムっていうかどれもアレンジは凝ってるし、楽器もかなり上手いし、完璧なプロモーション戦略だし言うことないよ。ここまでアルバム2枚しか出してないのにも関わらずこの完成度は凄い。

 う~む…、やっぱり冷静にアルバム分析しながら書くっていう対象じゃないから難しいな。2001年と2003年に再結成来日公演してるってのが凄いよなぁ。20年経って初めて音楽的に伸び伸びとバンドやってるのかもしれないね。

Nena - Willst Du mit mir gehen


 一番最初にドイツのバンドとして意識した音楽って何だろう?自分の場合は即座に思い起こせるのだが、ネーナである。そう、80年代に「ロックバルーンは99」の世界的大ヒットを飛ばしたあの可愛いお姉ちゃんのバンドである。何を隠そう、多分生まれて初めての洋楽バンドのライブって彼女たちの初来日公演だったような気がする。1984年10月頃かな…。世界的ヒットを飛ばしたと言っても今ネーナのオフィシャルサイトに載っているツアー日程を見ていると、実はライブなんてのはドイツばかり、せいぜいヨーロッパ圏止まりで極東の日本からツアーに呼ばれるなんてのは滅茶苦茶異常なことだったようで、そりゃ飛んでくるわな。そうでもなきゃ日本なんて見ることもない国なんだから(笑)。

 で、日本に来てライブを行ったのだが、エラく明るくて元気でキャッチーで舞い上がったステージだったような気がする…。遠い島国日本でのライブをファンはともかく彼女たちが満喫しきっていたような感じなのだが、当時のその後のインタビューなどを読んだことがないので実際どういう感じだったのか知らないが、翌年1985年にも来日しているので呼ぶ側も呼ばれる側も気に入ったんだろうな。

 そんなことでドイツのバンドで最も印象深く、今でも胸がキュンっとなるようなネーナだが、実は2003年にデビュー20周年記念を迎えていて、その前後で一大イベントが行われていて、ドイツ国内ではもうこれが結構盛況なんだよな。日本では手に入らないんだけどDVDがリリースされていて、そのライブの様子を見ていると滅茶苦茶最近のロックバンドの様相を示していて、古い曲も最先端のアレンジが施された凄く斬新なライブの模様が見れるので驚く。旧ネーナのバンドメンバーもゲストで参加してきて結構楽しめるんだが、そこで再度意欲が出たのか2005年には待望の新作「Willst Du mit mir gehen」がリリース、プロデューサーには元ネーナバンドの鍵盤奏者ウヴェがクレジットされている。この新作、赤盤とオレンジ盤の二枚組になっているんだけど、これがまた凄い。赤盤の方はどちらかと言うとかなりポップセンスが散りばめられたいわゆる良い曲がいくつも収められていて、特にシングルカットされた「Liebe Ist」なんてのはかなりの名曲でネーナの歌い方も素晴らしいし楽曲が良い。一方オレンジ盤の方では相当アバンギャルドで異色なサウンドを展開しているものもあって、やっぱこういうのを持ってくるってのがドイツなのかなぁとまざまざと感心してしまうのだが、それでもカラフルなポップ色は何となく感じられるのでこれもまたアリかな、なんて思うね。

 しかし80年代に世界を取ったが今でもドイツ国内では大スターとして君臨しているってのは良いよな。日本でも同じ状況があるだろうし、それはどこの国でも一緒なんだろうけど、少なくとも日本から彼女を今でも追いかけているファンって多いと思うんだよな。だからもっと簡単に日本でCDやらDVDやらを手に入れられる状況にしてもらいたいものだ。おかげでこんなところでもマニアックに入手しなきゃいけないってのもちょっと違うよな…。ま、好きなモノを入手するっていうことに変わりはないんだけどね(笑)。

Michael Schenker Group - Tales of Rock N Roll

Tales of Rock N Roll

 ドイツが産んだ世界に誇る最高のギタリスト…否、「神」と呼ばれる男、マイケル・シェンカー。本ブログ3回目の登場♪ちなみに過去のはこちら↓を参照

神 - フライングアロウ
マイケル・シェンカー近況

 んなことで何かと好きなギタリストでして(笑)、やはりドイツの流れでは入れて置かないとなぁってことですが、丁度ちょっと前にシェンカーソロデビュー25周年記念ってことで歴代ボーカリストとの再共演を目玉に新作をリリースしたので、こいつで書こう。古き良き作品であればアルバムってのは冒頭から最後までの曲順も含めてアーティストの作品だと言う解釈をしていたのだが、このデジタル時代にリリースされる作品ってのは作り手も当然iPodやデジタル配信でのアルバム購買形態というものを認識していて、とにかくCDというフォーマットに曲を詰め込みまくるという感が強くてさっさと悪い曲や面白くない曲は切り捨てられてしまうワケで、全く恐ろしい時代になったものだが、このシェンカーの25周年記念新作「Tales of Rock N Roll」は全曲がフェイドイン・アウトで繋げられており、もちろんチャプターは分かれているのだが、どうやらひとつのコンセプトアルバム的に聴かせたがっているようで、かっちょいいイントロやリフでシビレたりすることもなく、どちらかというとすぐに歌が入ってきて曲間を繋いでいるようなトコロが多いのが問題だ。しかもリズム的にはあまり豊富ではなく、19曲もこれが続くというのはコンセプトアルバム的とは言えどもかなり厳しいよなぁ…ってのが本音。

 が、しかし、17曲目に収録されたグラハム・ボネット参加の作品「Rock'n Roll」と言う曲は思い切りずば抜けていて…って云ってももちろんグラハムのあの歌声がかっこよいのでって云うことなんだけど、突出した出来映えに聞こえてしまう。それからその前のゲイリー・バーデンとのコラボによる曲も懐かしい感じすら思い起こさせるパートナーシップがきちんと出来ていて、やっぱりMSGって云ったらこの人だよなぁ、と。下手とか何とか言われていたとしてもこの人はやっぱりMSGに必要な人でしょ、と思うワケさ。それ以降のマッコリー君とかからはあまり馴染みがないので大して気を惹くことはないんだけど、新ボーカリストのフィンランド出身のヤリ君はなかなか良い。ついこないだドイツの伝説的ロック番組「Rockpalast」でもこの新MSGのライブが放送されていて、そこで見られるMSGは見かけは全くかっこよくなく、あの美しき煌めくようなHR/HM時代のようなステージではなく、真っ黒なライブハウスであまりファッションセンスのよろしくない連中と一緒にステージに立っているマイケル・シェンカーを見たのだが、それ自体は残念だったけど、ギターはやっぱりさすがで、昔と同じ弾き方でギブソンではなくディーンのフライングVを弾く姿を見せてくれていた。11月に日本に来るらしいが見たいような見たくないような…、覚えていたら行こう(笑)。

 しかしこの新作、25周年記念って云っても実は昨年の話で、リリースが遅れて26周年目の今年に発表されるし、アルバムジャケットは全くセンスがないし、中味そのものも楽曲はイマイチだし…。しかしギターのトーンやフレーズやギターフレーズを差し込むセンスはやっぱり「神」なだけあってさすがに素晴らしく、それで涙してしまうってのはあるなぁ。今からでも遅くない、90年以降のマイケル・シェンカーをきちんと聴き直そうと思った。

Scorpions - In Trance

In Trance Virgin Killer [Import] Lonesome Crow

 ドイツが世界に放つ最高のヘヴィーメタルバンド、スコーピオンズ。来歴はかなり古く、1971年にファーストアルバム「Lonesome Crow」がリリースされている。もちろんこの時のギタリストはマイケル・シェンカーとルドルフ・シェンカー♪ 以降マイケル・シェンカーは英国のUFOに勧誘されて10代後半から世界的なギタリストとして有名になっていくのだが、その時にマイケルご推薦だったギタリストがウルリッヒ・ロートであり、そこからスコーピオンズの第一次黄金時代が始まるのだ。

 ウリが在籍した中での傑作と云えば1976年リリースの「In Trance」か翌1977年リリースの「Virgin Killer」あたりだろう。どちらも捨て難い魅力を放っているんだけど、「In Trance」の方が暗いかな(笑)。ここでのウリは冒頭のかっちょよい「Dark Lady」からわかるようにスペイシーな音空間を鳴らすのに凝っていたようで、そこかしこでそんなジミヘンを彷彿とさせる音世界を紡ぎ出していて、自分でジミヘンもどきに歌っている曲まで収録しているという快挙!素晴らしきボーカリスト、クラウス・マイネを差し置いてまで出張ってくる必要があったのかどうか不明だが、このためにアルバム全体の評価が些か下がっていることは否めない。しかし、それを補って余りある楽曲群の素晴らしさは特筆に値する。

 なんと云っても「Dark Lady」のインパクトがかなり大きいのだが、コレを聴いていると時代的なモノも含めてレインボウを彷彿としてしまうのは反則だろうか?深くは言及しないが(笑)。アルバムタイトル曲となった「In Trance」では後年のスコーピオンズ時代まで含めても実にスコピらしい曲で、美しさからハードさ、そしてその繊細さにマイナーな曲調と歌のモノ悲しさが実に日本人魂をくすぐる傑作で、正直言って「クサい」(笑)。が、良いんだな、これがまた。ギターソロももちろんかなり「クサい」のでぴったりとハマる。「Top of The Bill」の意外な歌メロも結構新鮮で、個性を出しているし、「Robot Man」のカチャカチャと鳴るロボットらしさを出したギターカッティングもそれなりのアイディアで面白いなぁと。もちろんビート感もかなり好みなんだけど、この辺になってくるとドイツかどうかなんてのはどーでも良くなってきて、純粋に先進的なハードロックバンドのアルバムとして楽しくなってくるから面白い。「Longing For Fire」なんてのもマイナーなメロディとベースラインの豊かさが良くて、そこへ美しいギタソロが被さってくるバンドらしい絡みも見事なもので素晴らしいね。

 次作「Virgin Killer」で更に才能を開花させていくウリ時代のスコーピオンズだけど、まずはコイツでドイツのハードロックの美しさと暗さを定義して後のHR/HM界の序章とした感じの作品♪

Amon Duul II - Made In Germany


 ドイツ産音楽の中でようやく普通のロックの範疇内でメジャーな(?)バンドが出てきました。アモン・デュール2です。一般的にはもちろんファーストアルバム「Phallus Dei」「Yeti」「Tanz Der Lemminge」が語られることが多いんだけど、自分の場合はたまたま最初に入手したのが「Made In Germany」だったので、これが良いのだ(笑)。

 もともとはアモン・デュールというコミューンが構成されていて、その中からバンドが出来上がっていったみたいなんだけど、脱退した連中が同じように「2」を付けてバンド活動を開始したためにこういうバンド名になったらしい。さすが偏屈なドイツ人(笑)。んなことで1969年に「Phallus Dei」でデビューしているがこれももちろん独特の音世界なのでオススメではあるが、今回の「Made In Germany」♪ 1975年作品で、大作は一曲くらいで全然大作なし。驚くばかりのカラフルでポップ感覚に溢れた軽快な曲が羅列されていて、もの凄く良いのだ。この作品で聴ける音はストリングスを始めとする多数の楽器を用いて多彩な音世界を出している。もちろん歌下手だし、演奏もそんなに大したもんではないけど、このキャッチーさは英国サイケデリックポップの世界に通じるね。まさかドイツのバンドがこんなサウンドできるとは思わなかったって云えるくらい意外な衝撃を受けた記憶があるなぁ。常に大作志向のプログレバンド、みたいな印象だったんだけど全然勘違いする作品で、これは英国ロック好きには気に入られる作品なんじゃないかな。オープニングから綺麗なストリングスが奏でられて「ん?」って感じで曲がスタート。いいね、これ!コーラスの響きもたまらんし、メロディーも良いよ、ほんと。どっちかっつうとベルベット・アンダーグラウンドがもうちょっとメジャーになった感じもあるかな。もちろんそれでもやっぱりヘンなアングラ系サウンドもしっかりあるのでバンドの魅力が深まるね。

 あんまり真剣に取り組んだことの無いバンドだったので今回の発見は結構新鮮で、妙な偏見でバンドを見てはいけないなぁと改めて考えさせられたバンドのひとつ。

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物心付いた時からロックが好きでいつぞや何でも聴き漁るようになり、多趣味な生活を過ごしているロックマニア。


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