ロック好きの行き着く先は…

60年代のブリティッシュロックから70年代黄金期を聴きまくり、行き着く先はマニアへの細くて深い道のみか。それでも楽しいロックこそ我が人生。 by フレ

Queen - Queen II (Deluxe Edition)

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Queen - Queen II (Deluxe Edition) (1974)
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 Amazon Primeで映画「ボヘミアン・ラプソディ」を見ていたが、確かによく出来ているし、クイーンを知るのには良い映画かもしれないと思った。バンド結成の逸話からバンドの始め頃、デビューまでの軌跡とノーマルだったフレディの姿からゲイに目覚める瞬間など、見どころはそっちかと思うが、大きな側面なのは事実だし、一方のバンドの成長とフレディのこだわり具合と自信の持ち方、プライドの高さなどそこまで尖らなければあのクイーンも無かったのだろうと想像が付く。それでも自身の才能とセンスを信じて貫き通したからこそのこだわりのアルバム作り、新しい音楽世界を切り開いていく意思、正に未来を創り上げている自負こそが70年代のバンドの強みと楽しみ。その分80年代前後でのバンドの方向性を見失いかけていた面もしっかりと描かれていて、そういう経緯でフレディ・マーキュリーのあのソロアルバムが作られ、だからこそロックバンドのボーカリストのソロアルバムが面白味のない作品になるとの理由も判明した。特にフレディ・マーキュリーのソロアルバムは期待満点の時期にリリースされ、ノエビアのCMでも知られたが、アルバムの出来映えがやたらとポップで面白くなかったのは、何もフレディ・マーキュリーが悪かったのではなく、反動や刺激や助言、アドバイスが一切与えられず自身の中でしか創り上げられなかったからこその反省だったらしい。その意味で化学反応ありきのバンドは面白い。

 Queenが1974年にリリースしたロック的には素晴らしい名盤と語られる傑作「Queen II」。ホワイトサイドはブライアン・メイ楽曲が並び、最後にロジャー・テイラーの曲で満了。ブラックサイドにはフレディ・マーキュリーの組曲がこれでもかと並びまくり、圧倒的な才能を発揮しまくった素晴らしい楽曲群が聴ける最高の一枚、いや、半枚。アナログ時代はA面B面の別無くリリースされており、白いジャケットと黒いジャケットのイメージで区分けされていたが、CD時代になりいつしか白黒のコンセプトが消え、ホワイトサイドからアルバムは始まり、ブラックサイドに流れていく曲順が常態化したが、クイーンからもその曲順に異論は無かったのか、特にクレームが付いた事もなくそのまま現代に至る。自分なんぞはどうしてもブラックサイドから、と言うよりもブラックサイドしか聴かなかったに近いので、CD時代の流れもあまり好みでもなかったが、そこはデジタル時代なので曲を飛ばすのもラクで特に気にしなかったか。だからクイーン側も何も言わなかったのだろう。とは言いつつも当然ホワイトサイドもかなりの回数聴いているし、今回も久々に聴いたがそれこそ勝手知ったる曲ばかり。「Procession」はアルバムのオープニングを飾るに相応しいシンセサイザーで鳴らされるイントロダクション、と書きたいが、この時代のクイーンはシンセサイザーを全く使わないでプレイしているとアルバムにわざわざ記載しているくらいなので、ギターオーケストレーションでこのシンセのように聴こえる音を重ねまくって出している驚き。短い曲ながらもどれだけ苦労して音を何度も重ねてここまで作り上げた事か、想像するだけでもうんざりするが流石だ。そのままの流れでブライアン・メイの曲にしては随分と美しくクラシカルな響きを持つ「Father To Son」へと繋がるが、大いにフレディ・マーキュリーの助言とアレンジが加わっているようにしか思えない、躍動感溢れるこれまでの誰も作り上げた事のない世界感を出した楽曲。フレディ・マーキュリーの美学とブライアン・メイのハードロック路線が見事に融合した壮大な一大絵巻が繰り広げられた作品。クイーンお得意のコーラスワークも見事なまでに楽曲の品位を高めており、只者ではない音楽集団を示している。その余韻を残したまま更に「White Queen (As It Began)」もシンセから、と書きたくなるくらいの妙な音色と共に始まるフレディ・マーキュリーの歌声が物語性を予感させる。これもまたブライアン・メイとは思えないメロディセンスと気品さが漂うので、フレディ・マーキュリー共作だろうと思われるが、そう思うとホワイトサイドも存分に楽しむべき面で、自分も相当聴いてたのだろうから記憶がまざまざと蘇ってくる。それにしてもなんと美しく繊細で練りに練られた音色と音使いが散りばめられている事だろう。中盤などはコーラスワークとギターオーケストレーションが幾重にも重ねられ、物語が展開していき感動的なギターソロからフレディの伸びやかな歌声に繋がる気品溢れる美しき楽曲。続いてのパートもその余韻から始められるアコースティックギターの音色が品を感じさせ、ギターオーケストレーションの重なり具合も半端ないし、アコギの重ね方も他では類を見ないパターン、更にギターの音色もどこからどこまで創り上げているのかと思うばかりのここでしか聴けないマイルドなトーンが特徴的。その一つのストーリーが終わってみればロジャー作曲の歌のヘヴィな作品がテンション高く始まり、芸術とは無縁なロックらしいスタイルがアクセント的に目立つ。

 そしてブラックサイドだ。全くの別世界への扉を開いて恐る恐る歩き始めてみるまで何も分からない状況で、「Ogre Battle」の疾走感溢れるイントロに導かれた狂気のコーラスに誘われての突入。明らかに音と歌詞を聴いて映像と物語と情景が目に浮かぶ、頭の中でその中を彷徨っている光景が映る素晴らしき表現性を味わえる。これだけ攻撃的でいながら品格溢れる情景を魅せられるのもフレディ・マーキュリーの他には居ないだろう。このオープニングでブラックサイドに確実に惹き込まれてしまう素晴らしき曲と言うよりも完全に芸術作品。最後の最後のコーラスの叫び声までテンション高く聴き、そのまま「The Fairy Feller's Master-Stroke」の可愛らしくも美しくドラマティックな小曲へと突入し、先程までの胸騒ぎを抑えて今度はワクワクおどおどするかのような印象を出した表情豊かな楽曲。ここまでコーラスワークが作り込めるものかと感嘆するほどの重ねぶりで、ギターのオーケストレーションもコーラスも繊細な絹を重ねるかのように積み上げられている。そのままの流れで美しき「Nevermore」へと繋がり、今度もまた恐るべしコーラスワークとフレディ・マーキュリーの圧倒的な表現力を活かし切ったボーカルスタイルが明らかに別世界へと誘導してくれる。この2つの小曲で物語が展開され次なるシーンへ導かれると「The March of The Black Queen」が始まり、今度は壮大なるギターとコーラスの躍動から一人何役とばかりに歌い上げるフレディの本領発揮の名曲に仕上がっている。負けじとブライアン・メイもギターで美しきメロディを奏でて曲を昇華させていくし、非の打ち所がまるで見当たらない完璧な一曲。聴く度に思うのが「黒き女王の行進」の歌詞の思い付きぶりで、どういうセンスだとこういう歌詞に行き当たるのか、見事すぎるセンス。そして楽曲はどんどんと展開していき、単なる黒き女王の行進で終わらず、ピアノとコーラスだけが残された展開へと進み、またひとつの組曲がこの中で展開されているようにエンディングに向けて更に躍動していく。その仰々しい展開から一気にテンションの高さを別次元に持ち上げて続くのが「Funny How Love Is」のある意味単調ながらもいよいよ物語の終焉を迎える手前のような壮大な交響曲。バックの音を普通に聴けばさほど大した事はしていないが、そこをフレディの歌声とクイーンのコーラスワークが重厚感を持たせ、どこか宙を舞うような印象を持たせる楽曲になっている。ユニークなのはここまでどの曲も暗さがまるで見当たらない辺りで、壮大さや美しさ、凄さはあるがどれも気品があり暖かさすら感じられるスタイルに仕上がっている。そのセンスが素晴らしいし、勢い余ってのファーストアルバムでは未完だった「The Seven Seas of Rhye」の超完成形フルバージョンが聴かれるが、今更何を言うかとばかりの躍動感とメロディアスさに加えての重厚なコーラスワークと完璧な楽曲とギターオーケストレーションが美しくも迫力を感じさせる。この曲もどうしたらこういうコーラスワークと構成が思い付くのか、常人では考え付かない展開がひたすら繰り返されて、最終章に向けて余韻を残しながら唐突に終わりを迎える意外性。素晴らしい。

 1991年にハリウッドレーベルからリマスター盤CDがリリースされ、その音の良さに驚いたが、その時点ではシングルB面だった「See What A Fool I've Been」が加えられ、このQueenですらこういうシンプルなブルース曲をやっていたのかと知る事も出来たが、単なるブルース展開の割には妙に凝りまくっているのはさすが。元々ブライアン・メイがやってたスマイルというバンド時代からの曲らしく、フレディのブルースもこれまたエロチックでなかなか味わい深く仕上がっている。このCDには他に「Ogre Battle」、「The Seven Seas of Rhye」のリミックスバージョンが収録されていたが、どちらもロックリスナー的にはあまり好まないだろうダンサンブルな様相でホントにお遊びボーナストラック的にしか聴こえないが、1991年だとフレディ・マーキュリーもまだ生きてた時代だし、クイーンの意向もOKだったのだろうか。そして2011年にデラックス・エディションがリリースされ、「See What A Fool I've Been」はBBCバージョンのライブ演奏が収録、これはギターが2本聴けるのでBBCにありがちなオーバーダビングありのテイクだろうが、スタジオバージョンよりも艶かしく生々しくプレイされているのが聞き所。続いては「White Queen (As It Began)」の1975年のハマースミスオデオンライブからで今では既にフルライブがオフィシャルリリースされている楽曲。この時に一番驚いたのが「The Seven Seas of Rhye」のインストバージョン。ホントにボーカル、コーラス系が一切ミックスされていないが、音はスタジオ盤で聴けるあのままだ。更に驚いたのがこのままのテイクで30秒弱長く収録されている点で、もしかしたらの通りに最後でリズムが突然途切れて別の歌、コーラスが一瞬入るあたり以降のエンディングのインストが記録されて、最後にフレディの声が被さってくるレアな代物。このバージョンのためだけに2011年盤は聴いておく必要あり。「Nevermore」は1974年のBBCセッションからなので、今では既にオフィシャルでリリース済み、最後は1991年盤と同じくスタジオバージョンの「See What A Fool I've Been」が収録。

 とことん作り込まれたアルバムなので、アウトテイクや未発表曲など出てくる間もなくひたすら楽曲を作り上げていった感が強かったようだが、これだけの完成品が作られて聴けるのなら大満足。どこの何にも非の打ち所がなく、完璧に美しく神々しく気品高く厳粛に作り上げられた最高傑作の一枚。









Ace Frehley - The Origins Vol.2

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Ace Frehley - The Origins Vol.2 (2020)
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 カバーアルバムにリスナーが求めるもの、割と難しい定義なのでどうしても評価は賛否両論に分かれてしまう。自分もこのブログに書いているものいないもの、どこかで聴いてて思う事を通じてみてもなかなか何を期待していたのか自分でも分からなくなる事が多い。オリジナルの曲に忠実なら納得するのか、それとも斬新なアレンジが施されてる方がアーティスティックでセンスを感じるから良いのか、大きくはこの2つに振れるような気がする。アルバム全編がその通りでなくても良いが、やはりそのミュージシャンのセンスが光るようなアレンジが施されてて、ニヤリとするような部分はそのままカバーされているような作りが良いような気もしている。70年代のロックの場合はそのままカバーしても現代的な音で蘇る的な新陳代謝も起きるからそれだけで価値が出る場合もあるし、何らアーティスティックではない感じがする時もある。やはり難しい。その時の気分や背景、そういうのを知っていると知らないとでは取り組む姿勢も変わるから結局やりたい側が好きにやってリスナーを楽しませる姿勢だけでも良いのかもしれない。

 Ace Frehleyが2020年にリリースしてきた「The Origins Vol.2」。元々「オリジンズ VOL.1」が2016年にリリースされており、評判が良かったのもあってそのVol.2をリリースしてきたのか、やはりやってみたかったカバー集だったのか、ネタ切れだったのかは知らないが、いずれにしてもこういう作品はウェルカムな方なので楽しみに聴いてみた。選曲は「オリジンズ VOL.1」と同じようなバンドばかりなので、その辺りのロックに影響を受けてのロックギタリスト志向だったか、同時代で影響を受けたギタリストだったかもあるが、概ね少々前の世代のバンドや曲が選ばれているからKISSに参加する直前のギターキッズ時代に影響を受けたバンドや曲が中心となっているだろう。そんな想いを描きながら聴き始めると冒頭からLed Zeppelinの「Good Times Bad Times」が、そのままのアレンジ、音圧で始まるので驚いた。ここまで完全にカバーしますか、と言うくらいにギターソロまでもあのまま、何ら違和感なくプレイされ歌われているので、今回はこの完コピ路線でアルバムが進むのだろうか、とアタマをよぎったくらいだ。正直、ここまでやってくれるのは嬉しいし、聴き応えもあるが、何度もは聴かなくなるのは目に見えているのでどうにも、的なスタイル。ただ、やはり上手いし凄いし、好きなのもよく分かるくらいの出来映え。そうして次の「Never In My Life」はマウンテンの曲で、これも音質のグレードアップ感は凄いが、アレンジや聴かせ方はそのままでボーカルの迫力が少々異なる程度にしか聴こえず、レスリー・ウェストのあのギターも見事に音色までコピーしたかと言うくらいに似たようなマイルドトーン。やはりカッコ良いギタープレイとセンスで、そのまま弾いてると分かりつつもこうして聴ける事を存分に楽しんでしまうので、それだけよくカバーされている話。ジャケットにも写ってる3PUのレスポールで弾いているのだろうか、さすがに今時の機材だから出る音なのか、好きで創り上げてる音なのか、かなり好みの音色。続いては「Space Truckin'」とまさかパープルのアレですか、そこからも影響受けてたのか、と訝しむ面もありつつこの曲はパープルのスカスカな音に比べると随分身の詰まったレスポールサウンド、と音の質感が全く異なり、異質感溢れるカバースタイルに聴こえるものの、アレンジはそのままなので聴き慣れた耳には気持ち悪いだけか。そして言わずと知れたビートルズの「I'm Down」とベタベタなカバーで、これこそ好きだったのだろうと容易に想像が付くチョイスながら、ギターソロはオリジナリティ溢れるエース節、ではなく、マリリン・マンソンとのジョイントで知られているギタリスト、ジョン5のプレイがクローズアップされているが、何ら捻りもなく、好きだからやりました、いつもの通り、想像通りです、的。そして名曲カバーは続き、今度はストーンズの「Jumpin' Jack Flash」をランナウェイズのリタ・フォードのボーカルで、アレンジはハードロックそのままで想像通りに誰がやってもこうなるだろう的な、こちらも捻りなしソロもさほど目立たずのプレイ。そろそろこの展開も飽きてきたが、元曲の良さがアルバムを次々に聴かせてくれる。「Politician」はご存知クリームの名曲でこれもまたレスリー・ウェストがクリームと一緒に弾いてるかのようなプレイぶりで、こちらもジョン5がギターオブリなど弾いているのか、音色や質感の異なるギターが随所で聴かれるのは良いアクセント。この辺の二人の関係性も改めて見ればどうにも不思議な組み合わせで、リタ・フォードは分かる気がするがマリマンとエースとは悪魔繋がり、とは思えないのでどこかの何かがあったのだろう。ギターソロセクションでは二人のギターが鳴りまくっているのでどこかスペイシーに宙を舞いつつ楽しませてくれるシーンが頼もしい。

 そしてThe Kinksのこれも名曲「Lola」までもがそのままのハードロック調で奏でられるのも違和感ありつつもエースならそう来るだろうと、やはりアルバム全編を通してエース・フレイリーそのままの取り組みスタイルで構えつつ、モチーフとして昔の楽曲が選ばれているような印象で、カバー曲をどうするか、のアレンジを意識したアルバムではなさそうだ。それこそが本来のカバーアルバムの姿かもしれない。だからこういう妙なカバーもエースらしい表現として捉えて聴くと、素直に楽しめて、キチンと細かいフレーズまでコピーして再現しているエースの好きさ加減も見えてくるものだ。Humble Pieの「30 Days In The Hole」にしても今度は見事にエースの音楽性とマッチした迫力あるボーカルも含めてぴったりなアルバム中で1、2を争う似合いぶりのカバー曲。もちろん音の迫力は分厚さは元祖には全く無かったが、マリオットの歌声がそれを補っていたし、それを今度はギターの図太い音と歌で奏でているから拍手喝采。まだまだ続く名曲シリーズで今度はジミヘンの「Manic Depression」も迫力増しと、安定のリズムと音圧がジミヘンには無かった質感。そうすると今度はエキサイトさに欠けるのでどっちがどうでもないが、これも好きな様子が分かるくらいに見事なギター・ソロコピーが出ている成り切りぶり。次のPaul Revere & The Raidersの「Kicks」やアニマルズの「We Gotta Get Out Of This Place」は自分的には全く通っていないので原曲を知らなかったが、こちらのアレンジを聴いている限りではカッコ良いスタイルに思えるので、エース・フレイリーのセンスがかなり良い感じに自分にマッチしてきたのかもしれない。そして最後にはKISSのカバー曲「She」はそのまま新しい音の質感で再録音し直したとも言えるが、当然今の音の質感なので現代風味のヘヴィサウンドに仕上がっている。ここで入れるのもセンスだが、本人そのままだから文句も言えまい。

 通してじっくり聴いてみれば今のエース・フレイリーそのままを味わってくれ、題材は皆も知ってるロックで、自分も好きな曲ばかりだぜ、と言っているだけの作品だ。それで何が悪い、と言われればそのままで実際こうしてじっくり取り組んでしまうのだからそれだけでリリースの価値はあっただろう。しかしギターの音が良い音色で、そればかり気になってしまったナイスなカバーアルバム。







KISS - Alive! (Remastered)

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KISS - Alive! (Remastered) (1975)
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 キッス・フェアウェルツアーと称されてから既に20年以上が経過し、今でもそのままフェアウェルツアーをやっているような気がするが、これほどの稼ぎ頭、言い換えると経済効果の高い商品を廃盤にする必要性はなく、メンバーが年齢と共に動きが鈍るだの声が出てないなどと言った表面上の事は全て目を瞑り、売れる商品をひたすらとことんまで売り続ける思惑、それはレーベルもメンバーも会社も同じ思惑に向かっているからこそ成り立つビジネス。大人になるに連れ、キッスを単なるバンドとして見る事はなくなり、ほとんどビジネスモデル的に、商品的に見てしまう。そうでなければ説明出来ない存在の手法、コラボレーション、イメージ戦略からフィギュア展開、キャラクター販売までアメリカの、全世界での全ての関われる商売に絡んではいけないだろう。それほどに知名度と商品の個性が際立った存在で、音楽ではない側面がクローズアップされる場合が多いからこそそう思う。何しろデビューは1974年だからもう相当に古い時代から存在して今でもあのままのキャラクターでまかり通っている奇跡的なバンドだ。

 そんなKISSは1974年に無名のレーベル、カサブランカ・レコードからアルバムデビューして2年足らずの間に3枚のアルバムをリリースしてシーンに飛び出してくる、と思いきや、実はまるで売れずにひたすらライブでプロモーション活動を行っていた。様々なギミックが施されていた事は今ではとてもよく知られているが、当時は振り向きもされなかったからこそパフォーマンス、エンターティンメントに精を出し、あの様々なステージギミックが生まれたようだ。それでもアルバムは期待ほどには売れず、レコード会社も含めてかなり瀬戸際まで追い詰められていたが、ライブの評判はとても良かったからこそ、起死回生のチャンスとばかりに「Rock and Roll All Nite」が売れたデトロイトでのライブをレコーディングし、以降のショウも幾つか録音して熱の冷めやらぬ内にスタジオ作業をこなして何と同年7月下旬のライブを含めて1975年の9月には本作「Alive!」をリリース。プロデューサーにはあのエディ・クレイマーを迎えての気合の一枚で勝負に出た。これが見事に吉と出て、アメリカは当然ながら欧米でもヒットを放ち、一躍スーパースターバンドの仲間入りを果たした立役者アルバム。

 元々がキャッチーでポップ、それでいて軽快なハードロックなのでレコードで音を聴いてみればそれは実に聴きやすくアメリカ人のハートどころか世界中のリスナーの、ロックやポップスに飢えていた連中にはど真ん中にヒットしただろう。悪魔メイクの話題も大きかっただろうし、ライブパフォーマンスの口コミもあっただろうが、根本的なこのロックンロールそのままの楽曲の良さがウケたハズ。スタジオ・アルバムでは落ち着いていた楽曲が、こうしてライブでプレイされていると生々しく躍動感溢れるノリで聴けるから単純に聴いてても楽しめるし、グルーブが味わえる。そもそもこういうライブ感溢れる録音をスタジオ盤でも出来ていたらもう少し早く売れたのかもしれないが、当時を考えてみればまだスタジオ盤とライブ盤では雲泥の差があっても不思議はない時代。ライブ・アルバムでその地位を不動にしたバンドもそれなりの数ある事を思えばキッスもその仲間だ。初期3枚のアルバムからのベストチョイスそのままの選曲で、これでもかとばかりに叩きつけられるキッスワールド、メンバー全員の曲と歌声もそれぞれ個性を発揮しながらそれでもキッスらしさを出している。後年に聴ける代表曲がまだ存在していなかったこの時代のライブでこれほど熱く楽しめるのだから初期キッスの楽曲の質の高さを実感できる。冒頭の「Deuce」から「Strutter」の流れなど、今でもそのまま通じるレベルでのノリで、何と言ってもエース・フレイリーのギターソロが艶かしくてバンドに色気を与えていると感じるのはギター好きな自分だけだろうか。全編に渡ってのレスポールのトーンも歪みすぎず見事なハムバッカーの音色で正にロック、生々しい音そのまま。それを80分弱に纏め上げており、後半の名曲群の怒涛の畳み掛けはこれでノらないハズもない素晴らしきドライブ感。正にロックンロールはこういうモノだ、とばかりに若々しいポールとジーンが叫んでくれる。ピーター・クリスの歌声もまたシャガレ声で個性を放ち、聴き慣れた楽曲ながらもやはり気合が入る。

 Webを見ていると数多くの人がこのアルバムの想い入れを語っているサイトを見られるが、リアルタイムで「ヤング・ミュージック・ショウ」を見ていた方々の発信が多く、それもそのハズと思いながらそこからは微妙にズレている後追いの自分以降の世代の連中でも本作はやはり永遠の名作として語り継がれており、決してあの映像がありきではなく、ライブアルバムとしての出来の良さが飛び抜けているからだ。相当にスタジオでオーバダビングを重ねて創り上げているだろう事は聴いてて分かるが、良いじゃないか、それでも。各地のライブが抜粋されて編集されているにもかかわらず、統一した音質とバランスで見事に組み立てられ、一気に聴けてしまうサイズ、曲の良さ、テンポの良さ、C面ラストの「Black Diamond」でアンコールが叫ばれ、D面からそのアンコールが開始される展開も素晴らしい。ちなみに本作は1996年に早々にリマスタリングされてリリースされたが、それも既に随分時が経っているからか、2006年に「Alive! 1975-2000」のボックスセットがリリースされた際にまたリマスターされて、曲間の継ぎ目やフェイドインアウトが一切なくなり、全く一本のライブとして聴けるようになっている。音質、音圧アップも施されているから今の所本作のベスト音質はこのボックスに収録のバージョンのようだ。今回自分もそれを聴いているが、確かにあの昔のレコードからすると雲泥の差があるほどにクリアー且つパワフルなサウンド。これもまた久々にライブ丸ごとを聴いたが良く聴いたのもあって燃えた。キッスらしいギミックを何ら味わう事なく、純粋にレコードで、ライブの音を聴いてカッコ良いと惚れた時代を思い出して聴いていた。どんなステージだったのかと想像を巡らしながら聴いていたあの頃、その期待を裏切らない超ド迫力のライブ。凄い。





Van Halen - 1984 (2015 Remaster)

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Van Halen - 1984 (2015 Remaster) (1983)
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 先日のエディの訃報から時が経つのは早いものだが、実生活にはもちろん影響のがあるはずもなく、ただ、やたらとアチコチでロック話する時にエディの話が入ってくる機会が増えた。しかもロックマニアでなく一般の同世代連中と話してて出てくるのだから、それだけお茶の間にも浸透した人物だったとつくづく実感する。自分的にもそこまでひたすらエディのギターを追いかけてた事はなく、当然あんなの弾けるハズもないしギターで挑戦しようなどと思った事もない、と言うかちょこっとコピーしてみた事あった程度で、全く歯が立たないので世界が違う人のプレイと認識していつも聴くだけだった。フレーズ単発やある程度のプレイはそりゃ弾ける部分もあるが、曲全体でなどは到底人間業ではないので無理で、それをひたすらにやってYouTubeにアップしている某氏のプレイは実に素晴らしいと思うし、昔はどうやって弾いているのか分からなかった部分も解説してくれているのでタメになる。そのおかげで再度ギターを片手に何となくチャレンジして曲が多少は見えるようになったりもしてきて楽しんでいる。改めて、カッコ良さとトリッキーさと凄さとセンスに脱帽するばかりだ。

 Van Halenの1983年末にリリースされた「1984」こそ彼らの最大のヒットアルバムとは疑いようもなく万人の認めるところ。「Jump」「Panama」「Hot For Teacher」と続々とチャートインさせたお茶の間のハードロック、そしてエディの常に笑顔でアレをプレイする超人技、そこにデイヴ・リー・ロスの正にアメリカンなエンターティメント精神溢れるパフォーマンスの高さが加わり、一般受けが加速して、キャッチーで覚えやすく、そしてハードロックながらもポップな曲が並ぶ傑作。売れないハズないとばかりにアルバムジャケットの天使の赤ん坊がタバコ吸ってるのか、とのセンスもアメリカではなかなか見られない見事な絵。あまり言われないが両上に「MCMLXXXIV」と書かれてて、実はローマ数字で「1984」となっているが、こういうのは勉強しないと分からないものだ。そんなのをティーンの頃に何だろこれ、と調べていると妙な知識がやたらと付いてくるのがロックからのお勉強。ローマ数字でよくあるのが「IV=4」、Zeppelinの4thアルバムもよく「IV」と書かれるが、これと同じ。5だと「V」、10は「X」と表記され、知られるところではiPhone 10=iPhone XやOS X(テン)と呼ばれるあたり。同じように「M=1000、C=100」なので最初の「M」=1000、「CM」=(IVの概念を用いれば5-1=4なので)「M-C=1000-100=900」となり、これで1900。「L=50でX=10」で3つ並んでいるから「50+10+10+10=80」、最後はそのまま「IV」で並べると「1984」となる仕掛け。仕掛けと言うか日本では馴染みがない表記なだけで西洋文化では普通にコレが読めるのかどうかは知らないが、そこまで一般的でもないような気がする。Van Halenの数奇暗号的アルバムはこの後も続くのでそれなりに毎回意味があるのだろう。

 Van Halenのアルバムの逸話にエディがやる気ない時は鍵盤が大抵クローズアップされ、それはアルバム1枚おきになっている、と言われたが、さほど長いスパンでもなく、実際はそういう話でもないだろう。ただ、それくらい鍵盤がクローズアップされるアルバムの時にリスナーは面白味を覚えなかったのもエディに対する期待が大きかったからか。実際ギターを聴いていればその一瞬一瞬で聴けるプレイのとんでもなさはどのアルバムもぶっ飛んでるが、そこまで聞き取れなかったリスナーの未熟さから出てきた逸話かもしれない。そして本作「1984」は「Jump」に代表されるようにシンセサイザーをクローズアップしたアルバムとなり、「Jump」も少々前からアイディアはあったようだが、デイブが軟弱なシンセを中心とした曲を嫌がって拒絶していたから完成させなかったらしい。やはりデイブはそのあたり天性のロックンローラー的なところあるから納得。エディはギターはギターでこだわりつつも音そのものの可能性を探求するのが好きな人なのでシンセサイザーも面白そうに映った事だろう。その「Jump」は曲が出来た時点でプロデューサーのテッド・テンプルマンがデイブを説き伏せたらしく、おかげであの大ヒット。タイミングも良かったが、曲の秀逸さとPVの印象、ワイルドで凄くてキャッチーでとにかく大胆。続いての「Panama」は真逆にギターリフで攻め立てるハードロックそのままのクレイジーなサウンドと独特のノリ、雰囲気が超A級バンドの証明。こういう垢抜けた感はハードロックではなかなか出し切れてこない。エアロやキッスやボン・ジョヴィのアメリカンさとは異なる抜け感がヒットチャートに送り込めたバンドの凄さ、センスの高さだと思う。それに加えてどこを斬っても探求したくなる凝り具合。これはもうエディの曲作りのクセと言うか、そのまま弾いたら面白くないから必ずどこかにトリッキーさや普通じゃないプレイを入れてくる。次の「Top Jimmy」にしても冒頭のハーモニックスの複雑なプレイの美しさからして尋常じゃないし、続いて出てくるギタープレイ全てが何やってるのかさっぱり分からない構成。自分的にはどうしてもギターを中心に聴いてしまうので、このワケの分からなさで頭混乱してくるし、そこにトリッキーなギターソロが加わり、もう宇宙へ旅立ってる状況。やはり凄いの一言。A面最後はミドルテンポでアレックスの深胴ドラムが響く「Drop Dead Legs」だが、これもヘヴィなギター中心でキメが妙なフレーズ連発で相変わらず天才そのままの曲。キャッチーさがやや欠けるからか地味な印象は強いがソロプレイにしても実験色強くギターという楽器は何が出来るかを教えてくれるかのようなプレイが連発。

 ここで息継ぎしながらB面に行くとドコドコドコとロールしたドラムが鳴り響く「Hot For Theacher」はPVの印象も強く、あんなフレーズを笑いながら学校の机の上を這いずり回って弾いている異常さ。某氏の解説で初めて気づいたが、この曲はテンポを無茶苦茶遅くしてそれらしく弾き直すと実は単なるオールドブルースシャッフルになる不思議。これは目からウロコだったが、自分で実際にギター弾いてみると、フレーズもリズムもそのままなので驚いた。そういうところがエディの天才的なセンスで、曲の作り方も常人とは異なる捉え方発想力だし、時にギターソロも単純にペンタトニックです的な場合もあるから凄い。そしてシンセ活用のもう一つの代表曲「I'll Wait」もアレックスのドラムが目立つが展開に乏しいところがこれまでの楽曲と比べると少々物足りない。それでもシングルカットしてそれなりに売れたからよく分からん。そしてまたハーモニックスプレイの妙技から始まる超人的な、いやこれは超絶バンド的なキメから始まる「Girl Gone Band」。地味ながら強烈なギターリフとヘヴィなサウンドと心地良い疾走感を味わえるシングルにしても良さそうな曲だと思う。これ、エディがステージでギター弾いてる姿を想像するだけで随分カッコ良いだろうと思うが実際今の時代はYouTubeで幾つか見られるから堪能してほしい。全く超人技とばかりにプレイしまくってる姿と曲の勢いがマッチしてもっともっと知られておかしくないナンバー。アルバム最後を締め括るのは実は1978年頃からデモが存在しているヘヴィさを打ち出した「House of Pain」でドタバタ感が強い楽曲ながらもギターのフレーズだけはストレートに抜けてくる面白さを誇る。デモと比べればそりゃ洗練された時代に合わせたサウンドが明白だが、その分勢いがやや落ち着いている感じ。

 ちなみに今回は2015年リマスター盤を聴いていたが、昔々聴いていたレコード、そしてCD初期時代の聴き慣れた音と比べてみると、音像の立ち方は明らかにクリアに感じられて、楽器の分離もしっかりしているし何よりも音圧が増したから際立ったサウンドになっている。ただ、ヴァン・ヘイレンはあまり楽器そのものの数が多くないので、音の際立ちは高かったからかリマスターだから凄く良いサウンドに生まれ変わったと思えるほどではなかった。ただ、ギターの音は元々良く録れてたのだろうし、だからこそ今回のリマスターでも凄く良い音が鳴り響く。重ねまくらない人なのでそもそものギターの音がスコーンと抜けて出てくるのも気持ち良い。改めて久々に聴いてみれば、キャッチーなシンセを使ったポップアルバムとの印象から、実はヘヴィなギターサウンドをより一層探求追求して好きにやれてるアルバム、これまでよりももっとトリッキーなフレーズにチャレンジして難易度も上げているアルバムとして、シングルヒットから離れた楽曲の充実さを味わえた。そう聴いているとやはり名盤に相応しいアルバム。凄い。







Prince & The Revolution - Purple Rain (Deluxe Expanded Edition)

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Prince & The Revolution - Purple Rain (Deluxe Expanded Edition) (1984)
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 プリンスを最初に知ったのが正にこの「Purple Rain」時代で、MTVで気持ち悪いセンスの黒人が艶かしく床を這いつくばっているPVのイメージが強烈だった。生理本能的に気持ち悪い、と思うのは抑えられないだろうが、それを醸し出すパフォーマンスもなかなか狙いすぎないと出来ない事だったろう。今なら色々と分かるし、プリンスの才能そして売り方も含めての商品センスも理解できるが、子供心に最初に見たあのイメージは印象深かった。既にロックに手を染めていた頃に唐突に見てしまった違和感たるや凄まじく、それでも出てくる音は無茶苦茶カッコ良かったから困った。見た目と音のギャップと自分の本能とセンスのギャップ、下らない事で悩まされていたが、そういう年頃のお話。しばらくしたら周り中プリンスフィーバーで、自分もアルバム聴いてたし、さすがに映画まではなかなかその頃は見れなかったが、結局しばらくしてから見たのかな。それよりも何よりもその後しばらくしたら深夜にテレビでプリンスのライブを放送すると言うので夜中まで起きててじっくりと1時間半くらい音を絞りながら見ていた記憶があり、そのライブがこれもまた無茶苦茶カッコ良くて、そこで初めてプリンスのギタープレイの凄さもまざまざと実感した。だから自分的にはその時点からプリンスはギターヒーローでもあったし、気持ち悪い人でもあったし、ピアノも弾くし踊るし、とにかく天才とはこういう事を言うのかと思った。子供心ながらもその凄さが分かったくらいだからやはり本物の天才だったのも当たり前。

 そのプリンスがこれほど早くに亡くなるとは思わなかったが、マイケル・ジャクソンもプリンスもさっさと逝ってしまった現在、改めてそのコレクションとライブラリをじっくりと楽しみ直しているが、プリンスが亡くなった時、皆が皆トリビュートした曲が「Purple Rain」で、やはり一番売れて印象に残って、さらにプリンスらしからぬプリンスとしての異質なアルバム、即ちロックに寄せた作品として知られているし、その意味ではリスナーの幅を大きく広げたアルバムとして認知されている「Purple Rain」。無茶苦茶聴いた。更にシングルカットが多かったからMTVでも散々見たし、シングルカットかどうか分からないが、PVがやたらと作られてて、ライブシーンの抜粋もあれば映画の抜粋もあったりととにかくコンテンツが山のように溢れて出てきたアルバムで、名曲揃いの作品。冒頭の「Let's Go Crazy」のペンタトニックなロックぶりから既に虜になり、「Take Me with U」のロックとファンクの合体的なノリノリのサウンドは全く斬新で、それも踊りながらプレイしていたプリンスが印象深い。脇を固めるリサとウェンディのゴスロリ感のギャップも面白く、見てて飽きなかった。「The Beautiful Ones」は時代を感じさせるドラムマシンの音がある種特徴的で気持ち悪いファルセットから始まり、その後に徐々に叫び声に変わっていきつつ歌われるこれもまた斬新な表現方法を聞かされた一曲で、陰ながら衝撃的だった。「Computer Blue」は曲よりも「コンピューター」という単語がこの時点で歌詞に登場する新鮮さが刺激的で、曲もどこか未来的なテクノを含んだ楽曲だったからかとにかくびっくりした。当時の自分にはついていけないくらいには未来感があった。そして今度は一変して卑猥さが溢れ出されている「Darling Nikki」のいやらしさ。本能で聴いててそう感じるのだから音楽は凄いし、プリンスの音の表現力の高さはそういう面でも現れている他に類を見ない楽曲。そして冒頭のロックギターからカッコ良いもののこのリズムは何者か、と意外性溢れまくっている「When Doves Cry」こそが最初にプリンスを見て知ったPVで、今聴いててもあの映像が目に浮かぶし、この楽曲の実は複雑な旋律と効果の高さがこれも素晴らしい一曲。更にこれもライブビデオが抜粋されてMTVで流れていた気がする「I Would Die 4 U」。どう取ってもロックではないサウンドなのにやたらカッコ良く聴こえてきたのも脇でひたすら刻まれる16ビートで強弱のない機械的なハイハットの音色の斬新さかもしれない。とにかく印象に残る曲で、歌詞も分かりやすかった。同じようなノリとビデオもあったはずの「Baby I'm a Star」、何ともこれ見よがしなタイトルが自信を物語っているが、そもそも映画を意識した作品だからかもしれない。正にミネアポリスサウンドと言わんばかりのお得意のビートとリズムでプリンスらしさを振りまいたノリノリのナンバー。これもまず他で聴ける事のない音。そして最後は「Purple Rain」と言わずもがなの名曲、ここでのギタープレイも凄かったがやはりライブの凄まじさは輪をかけての凄さだった。ここまでのアルバム本編も2017年にリリースされた「Purple Rain Deluxe Expanded Edition」では2015年にプリンス本人がリマスタリングしたマスターから収録されているので、音像の際立ちさもなるほどのディスク。

 続いて2枚目のディスクでは同時期に制作された楽曲の未発表分や他の人のために作った作品の本人バージョンなどとかなり貴重な記録が一気に初登場したデラックス・エディションの醍醐味と言わんばかりの放出作品。先の「Computer Blue」も実は12分強もあったミックスバージョンが元々で、そこから切り出されたのがアルバムに収録されたのか、それでも全く飽きないテンションの高さが凄まじいので、この頃のプリンスの迸る才能が分かる。他の未発表曲にしても「Purple Rain」の作風とは大きく異なる曲ばかりだが、やたらと制作された曲というのは良く分かる。常に曲が出来上がっていたプリンスの天才ぶりの中でも選ばれた楽曲がアルバム「Purple Rain」に昇格して収録されたと思うと、そりゃ高品質高品位のレベル高い楽曲ばかりになろうと言うものだ。この未発表群も決して劣っている作品ではないが、どこかスジを通せないようなバラエティに富んだ作品、もしくはもっと磨けるような作品ばかりにも聴こえる。だからこその幻の楽曲群としてこうして残されており、また本ディスクのようなタイミングで陽の目を見たのだろう。それでも面白い曲調ばかりだ。3枚目のディスクは今度は各種シングルやB面、エディットバージョンやロングバージョンを一気に纏め上げており、これ以上のコレクションは不要だとばかりに纏められているありがたさ。聴くと言うよりも所有している安心感のために近いが、そもそもデラックス・エディションとはそういうものだ。

 そして1985年シラキュースでのライブDVDまでもが付されているが、これこそ正に自分が深夜眠い目を擦りながら、ではなく眠い目が一気に目覚めてしまったテレビで放送していたライブそのまま。以前から映像化されていたようで、それを入手して見ていたが、ここでめでたく再登場してくれたのは嬉しい。見ているとまざまざとあの頃の思い出やこうして見てたなとの記憶も蘇り、加えてライブ映像そのものの記憶も蘇ってくる。それこそ強烈にカッコ良いオープニングの登場シーンからリサの嫌がる表情から最後のスーパーギタリストと言わんばかりの、そうジミヘン並みに弾きまくっているプリンスの魂入りまくったギターソロプレイの凄さは圧巻。ここまでギター弾ける人そんなにいない、とばかりに見ていた。当然今でもプリンスの中ではこのライブが一番好きな作品。そういったアイテムが全て一気に詰め込まれた「Purple Rain Deluxe Expanded Edition」は文句なしのプレゼント。







Bette Midler - The Rose (Original Soundtrack)

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Bette Midler - The Rose (Original Soundtrack) (1979)
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 80年代頃まではロックの映画と言えば精々バンドのドキュメンタリー形式やライブモノ、またはイベントの記録映像がある程度で、ロック映画として制作されたものなどはホントに数える程度しかなかった。「Tommy」が1975年、「四重人格=さらば青春の光」が1979年、「The Wall」が1982年、その昔の「Easy Rider」が1969年と主だったところではその程度だろう。ほかはイベントモノばかりだし、「Saturday Night Fever」を入れるかどうかは人それぞれだろう。そしてそんな数少ない中にジャニスの伝記映画とも言える「The Rose」が1979年に制作公開されてて、自分はリアルタイムでは見てなかったが、その存在を知ってレンタルビデオ屋に行けば普通に置いてあったくらいには普及していたのはありがたかった。まだベット・ミドラーの名前も知らず、ジャニスのブルースにひたすら感動してレコードを聴いていた頃だったので、モロにジャニスと重ねて見ていた。映画「Janis」も1974年公開で、当時ビデオソフトがリリースされたばかりくらいだったからそれも並行して見ていた時期だし、見事にその辺のジャニスかぶれになっていた。だから結構な回数どちらも映画を見て感動していた。

 「The Rose」のオリジナル・サウンドトラックながらほぼBette Midlerのライブアルバムの様相を示している傑作。基本は映画で使われているライブステージでの曲や流れている曲が収録されているが、さすがベット・ミドラーなだけあって、演技も全て自分でやってるし、歌もライブも全て自身でこなしているので、ベット・ミドラーありきの、彼女のための映画にもなっている。音楽プロデューサーにはジャニスのアルバムでも活躍したポール・ロスチャイルドが着任して、このオリジナル・サウンドトラックも監修しているからか妙に信頼度の高いアルバムが出来上がっている。以前から聴いていたが、今回は細かいクレジットや情報がネット上でも流れているので改めて見ていると知らなかった、気づかなかった出来事ばかりを発見してまた楽しんでいる。

 アルバムは映画と同様に冒頭から序盤は軽快で順調なライブステージや楽曲が鳴らされてアメリカンな傾向は強いものの正に夢を掴みに行ってるようなムードで、中盤はカバー中心に熟成したステージングを醸し出してロールしているような雰囲気。そして過度期では悲痛さすら漂う人生の難しさをそのまま出しているかのようなムードで、最後は静寂の「The Rose」と映画そのままの一大絵巻として作られている。映画を見ているとシーンがまざまざと目に浮かぶのでその想い入れが深いからそう感じるのかもしれないが、上手く演じられて作られているアルバムだ。楽曲単位では冒頭の2曲はオープニングに相応しいR&Rそのままで、軽やかなホーン・セクションも古き良きアメリカン・ロックらしい。その後にわざわざ「Concert Monologue」を入れたのはあまりにもアルバムに、ライブにハマり過ぎていたから、そしてベット・ミドラー的にも素晴らしいモノローグだったからか。「When a Man Loves a Women」はパーシー・スレッジのオリジナルが有名だし、それ以外でもカバーしている人も多く耳にする機会も多いからカバーだとは知っていたが、改めて聴いているとホントに凄いボーカル、歌唱力でアルバム中でも上位に入る素晴らしいパフォーマンス。そこから続けられるのはこれも軽快でストレートな「Sold My Soul To Rock'n Roll 」だからノリノリの絶頂期ぶりが伺える作品だ。そして「Keep on Rockin'」のクレジットにサム・ヘイガーとあったので、もしかしてサミー・ヘイガーかと調べてみればその通りで、1976年のサミー・ヘイガー名義のアルバム「Nine on a Ten Scale」に収録されているナンバーのカバーだった。アレンジや迫力やライブ感が違うから比べられないが圧倒的にベット・ミドラーバージョンの迫力が凄まじく思える。

 そして今度は「You've Got to Love Her with a Feeling」と1938年に発表された古きブルースソングをカバーしたバージョンで、ロックリスナー的にはフレディ・キングのバージョンが一番知られているのかもしれないが、ここでも見事に3連を多用したブルース展開そのままをベット・ミドラーが歌い上げている傑作。続いての「Camellia」はライブのクライマックスで盛り上がっていくシーンそのままを体現できるゴージャスで壮大な楽曲だ。こういう懐の広さはアメリカでしか出てこないかもしれないが、実に素晴らしい大円団とばかりの演奏陣の凄さが際立つ一方、どうしてもベット・ミドラー演じる主役の歌手の孤独さ寂しさが浮き上がってきてしまう面も持つ不思議なイメージは映画を見ているからだ。それも次の「Homecoming Monologue」のセリフが繋がっているから余計にその悲哀が伝わってきての「Stay With Me」。この曲は1966年にロレイン・エリソンがヒットさせた熱唱の楽曲で、ベット・ミドラーの歌唱力もとんでもなく凄まじいのでオリジナルを超えたと言って良い程の出来映えで涙が流れてくる素晴らしき演奏。ここまで想い入れたっぷりに熱唱出来るものかとただただひたすらに感動の嵐。キレイに着飾らず、ジャニス、ロックだったらこういう歌声でもありだし、とにかく情感溢れる、正にブルースな歌が心に突き刺さる。そしてまたどうしようもなく悲しい「Let Me Call You Sweetheart」をアカペラで歌い、直後にステージに倒れ込んでしまうジ・エンド。そして最後の最後を締める「The Rose」が静かに静かにピアノの単音から鳴らされ、実に美しいメロディと想い入れたっぷりのベット・ミドラーの歌声が心に染み入る。元々この曲が持ち込まれた時の映画製作陣営は却下したらしいが、ポール・ロスチャイルドが耳にして絶対これを入れるべきだ、と主張しまくってベット・ミドラーに渡された所、彼女も気に入ってこれだけの名作として仕上がったらしい楽曲。曲が進むに連れてコーラスワークや音色が徐々に重厚になり、壮大な聖歌にまで仕上げられ、最後はまた孤独感を味わせての終焉と正に物語の終わりに相応しい名曲。

 やはり映画ありきのアルバムだが、単発で聴いてもステージの様子がありありと伝わってくる作り方が凄い。本作に感動したので他のベット・ミドラーのアルバムも何枚か集めて聴いたが、ここまでの感動を味わう事はなかったので、彼女の最高傑作だろうし、ロック界の名盤の中にも入る傑作だと思っている素晴らしい楽曲、歌唱力、ステージと構成、そしてアルバム。